第98話 ……開かにゃい
飛来するのは、多種多様な魔法攻撃。
まずは、弓矢や投石ではなく、魔法で攻撃しようと言うのだろう。
禍津會の構成員ならば、それをしのぐことができると考えているからだ。
魔法は、魔力さえ回復すれば、何度だって行使することができる。
一方で、弓矢などは消耗品で、使用すればなくなるものだ。
長期戦になることを見越して、先に魔法攻撃を選んだ。
「(まあ、私はそんなに長い間生きていられないでしょうが)」
ベアトリーチェは自分の命について、冷静に判断していた。
この作戦で、禍津會を潰さなければならない。
王国に恨みのある転移者がやってくると考えていたから、幹部も来てくれるのではないかと想定していたが、これだけ多くのメンバーが来てくれるのは幸いだった。
これで潰せないと、後はひたすらに蹂躙されるだけだ。
だから、この作戦には自分の命を懸けるだけの価値がある。
自分は間違いなく殺されるだろう。
魔法攻撃などの巻き添えになる前に、怒りに燃える禍津會のメンバーによって。
だが、そんな彼らを道連れにできるのであれば、それで充分である。
後はどれくらいの禍津會の構成員がいるのかは分からないが、ここで主力を潰すことができれば、戦うことだって可能だ。
「……私たちからすると最悪の犯罪者集団ですが、仲間を守るために必死に戦っている姿は、守ってもらう側からするとヒーローのように映るのでしょうね」
そう言うベアトリーチェの眼前では、迫りくる魔法攻撃から十字架に張り付けられた転移者たちを守るために奮戦する禍津會のメンバーたちがいた。
自分がまだ死んでいないのも、彼らがすべて魔法攻撃を相殺させているからである。
「まさか、あなたたちに守ってもらえるとは思いませんでした。嬉しい誤算です」
ニッコリと笑って言うベアトリーチェ。
ドームの外から、絶えることなく連続で打ちこまれる攻撃をさばいている禍津會の構成員たちは、視線だけで殺せそうな目を彼女に向けた。
鍛えられた大男でもちびってしまいそうな恐ろしい光景だが、ベアトリーチェは平然と笑顔を浮かべたままである。
メンタルお化けにもほどがあった。
「姫様ぁ、あまり煽るようなことはしない方がいいよ? 皆、目が血走っていてすごいことになっているから」
「あなたはそうでもないんですね」
呆れたように雪はベアトリーチェを見る。
そりゃ、付き合いが長いからだ、とは面倒だから言わなかった。
ベアトリーチェから視線をそらし、彼女自身も剣を振るって攻撃を相殺させながら、ポツリと呟く。
「どうなんだろ。一回致命傷を負わせているから、案外スッキリしちゃったのかも」
「凄い言葉ですね、それ」
死にはしなかったが、間違いなく致命傷だったのだから、大人しくしてくれとは、今思ったことである。
「あとは……やっぱり、長く付き合いすぎたっていうところかな」
「……そうですか」
二人とも、顔を合わせない。
一度たもとを分かつことになった二人。
そして、再び同じような関係に戻ることはできないだろう。
それは、お互いが一番よく理解していた。
情というのは厄介なものだ。
そんなものに振り回されるなんて馬鹿だとばかり思ってきたが、二人はそれをバカにすることはできなくなっていた。
「まあ、私はあなた諸共死ぬつもりですが」
「見逃さないのはさすが姫様。人の気持ちが分からない系王女」
しかし、きっぱりと答えたのはベアトリーチェである。
彼女にとって、この王国と社会構造を維持することこそが肝要。
それを守るためなら、自分の命すら平然と投げだせる。
なら、友人と敵対して殺し合うことも、必要なら受け入れることができた。
「私みたいなのが他にもいるんですか?」
「いたら困るよ」
ベアトリーチェ一人でもかなりしんどいのだ。
これが後数人、十数人もいたら、胃がストレスで破裂して死ぬ。
雪はそう思った。
「しかし、本当に容赦ありませんねぇ。あなたたちの大切なお姫様が巻き添えになるというのに、躊躇がない。あなた、もしかして嫌われていませんでした?」
「どうでしょう? ですが、信頼できる身内はほとんどいませんね。その信頼できると考えていた人にも裏切られて殺されかけたわけですが」
「若井田ぁ! 余計な事言わないでくれるかなぁ!?」
皮肉を言えば、皮肉を返してくる王女。
最終的に全ダメージを受ける雪が、激しく狼狽した。
「これは失敬。ですが……」
薄く笑いながら、若井田は状況を俯瞰する。
絶え間なく降り注ぐ、命を奪う攻撃。
それを、禍津會の構成員たちは、各々の力で迎撃している。
「これ、我慢比べになっていますね」
どちらかが音を上げれば、それでおしまい。
王国側が倒れればその間に結界を何とか破壊して抜け出すだろうし、逆なら禍津會の幹部が全滅する。
命を懸けた根競べが、繰り広げられるのであった。
◆
「ふう、ようやく終わりました。あの女も所有するのであれば、しっかりと管理をしておいてほしいですね」
無表情でとりあえず悪態をつく奴隷ちゃん。
彼女は普段ぶっ飛んでいると主に理人から思われているが、家事能力に関してはずば抜けているところがあった。
長年放置されていた埃だらけの家も、見事にぴかぴかに磨き上げていた。
「しかし、暇ですね……。いつも暇になったらマスターにちょっかいをかけていたので、一人になるとやることがありません」
家財はほとんど破壊されたので、その分仕事量が減った。
まあ、理人が買ってきたら、また忙しくなるのだろうが。
さて、そうなると彼が帰ってくるまでの間の時間を、どのように潰すのかが問題になる。
「んー……マスターを想って自家発電するのもいいのですが……。ちょうど帰ってこられるときに鉢合わせするようにしたいですね。そのまま一気に最後までなだれ込みたい」
とんでもない計画を一瞬のうちに立てる奴隷ちゃん。
この思考回路で理人の胃を破滅寸前まで追い詰めているのだ。
色々試行錯誤してもまったく手を出してこようとしない理人。
これは、エッチなことを一人でしているという扇情的な場面に出くわさせ、さすがに興奮した彼に押し倒されるという素晴らしい計画である。
「よし。そうなると、いつくらいに戻るのか予想を立てなければなりませんね。とりあえず、今マスターがどのあたりにいるのかを確認しましょう」
やる気満々で動き始める奴隷ちゃん。
どこに理人が行ったのかは知らないが、匂いを嗅いでいけば簡単に見つけられる。
まあ、匂いをたどる方法は、彼が対象の時しか発揮できない力によるものなので、あまり幅広く活用することはできていないが。
奴隷ちゃんはそんなことを考えながら、扉を開けて外に出ようとして……。
「…………ん?」
ガチャ。
ガチャガチャガチャガチャ。
鍵かかかっているわけでもないのに、扉が動かない。
「……開かにゃい」
奴隷ちゃんは酷く怪訝そうな顔を浮かべるのであった。
過去作『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~』のコミカライズ最新話が、ニコニコ漫画で公開されました。
下記から飛べるので、ぜひご覧ください!




