第96話 復讐を
俺は埃の積もっていた地面を軽く払いながら、一つ息を吐く。
何かやばい奴らに襲撃されるという経験をしながらも、俺と奴隷ちゃんは新天地にたどり着いていた。
まあ、そんな偉そうなことを言っているが、実際は人里離れた場所の小さな一軒家である。
「ふう。引っ越しって、やっぱり大変だなあ」
「私たちの場合は、ほとんど家財が消失していたので、まだマシだと思いますが」
「いや、本当にな。これで家具も家に入れないといけないとかだったら、マジで大変だった」
雑巾を絞っていた奴隷ちゃんに頷く。
正直、この子がいたら一瞬で重たいものも運んでくれそうなものだが……。
俺は色々と身体にダメージがあるから、そういう力仕事は苦手だったりする。
しかし、こんなこじんまりとした一軒家にメイドは必要だろうか?
いや、不要である。
奴隷から解放させてくれないだろうか?
……させてくれないだろうなあ。
「ところで、良い所ですね。どういう伝手ですか?」
「舞子さんだよ。あの人が使っていた別荘の一つだ。ほとんど無料でもらえた。ラッキー」
そう、ここはもともと舞子さんが持っていたものだ。
今ではすっかり行方不明になっているが、まだ所有権はあの人にあるだろう。
そんな舞子さん所有の物件だが、こんなところになんで家なんか持っていたのだろうか?
よく分からないが、今は俺たちが助けられているから、不思議なめぐりあわせである。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫だろ。俺たちを害しようとする理由もないだろうし。積極的に禍津會と戦闘をしているわけでもないからな。何だったら、奴隷ちゃんのことを考えたら、関わらないようにするんじゃないか?」
奴隷ちゃんが危惧しているのは、舞子さんが俺たちと敵対するということだろう。
あの人は戦闘能力なんて持ち合わせていないが、この情報を禍津會に流して襲撃させるということくらいはできる。
可能性はゼロではないが……限りなく低いと思っている。
禍津會はともかく、舞子さんとは明確に敵対しているわけではないし。
別に、あっちから突っかかってこなければ、俺も禍津會の邪魔をすることはない。
仮に、舞子さんが俺たちと敵対し、情報を禍津會に流し、襲撃を受けたとしても俺はまったく怖くなかった。
だって、絶対に襲撃犯は奴隷ちゃんに勝てないんだもん。
片手で縊り殺している姿が目に浮かぶ。
「貧弱脆弱なメイドを怖がるとは思えませんが……」
「それ、ひょっとしてギャグで言っている?」
貧弱脆弱……?
どこにそんなメイドが……?
「まあ、とりあえずこの人里離れた場所から新生活スタートだな。掃除もある程度片付いたし……とりあえず、家具の購入でも考えるか……」
一切合切吹き飛ばされてしまったので、一からである。
まあ、奴隷ちゃんの活躍で少しお金はあったので、家具を集めてもまだお金には余裕があるだろう。
「では、私が……」
「いや、お前が行ったらなんか色々余計なものを買ってきそうだから、俺が行くわ。まだ水場とか手入れできていないし、そっちを頼む」
ついて来ようとする奴隷ちゃんを止める。
食料とか大量に買い込まれても困るしなあ。
ということで、奴隷ちゃんがお留守番になった。
「……かしこまりました」
「恐ろしく不服そうな雰囲気を醸し出すのを止めろ」
表情には出さないが、雰囲気には出す奴隷ちゃん。
恐ろしいまでに不満そうである。
しかし、仕方ない。
こうするしかないし、こうするつもりだったのだから。
「――――――じゃあな」
そうして、俺は奴隷ちゃんに別れを告げた。
◆
「お待たせしました」
ニッコリと営業スマイルを披露する若井田。
元の世界で毎日さんざんやっていたことだから、その胡散臭い笑顔は染みついてしまっていた。
そんな彼を、何かと付き合いの深い三ケ田が呆れたように睨む。
「遅いぞ。あんたが最後だ、若井田」
最後。
その言葉が示すように、ここには若井田と三ケ田以外にも多くの人間がいた。
一般の構成員はもちろんのこと、禍津會の幹部である響、蒼佑、杠。
そして、スパイとして暗躍し、敵の特記戦力を削るという大金星を挙げた愛梨と雪の姿もあった。
「なるほど。しかし、お伝えしていた予定時刻の三十分も前なのですが……」
「皆我慢できないって感じじゃないか?」
「それは納得できますね」
「やっと報復できるんだな。あいつも喜んでくれるかな……」
遠い目をする蒼佑。
報復。それは、禍津會の構成員の全員が持っているであろう強烈な願望だろう。
自分たちを苦しめ、食い物にした世界と人々に復讐を。
特に強い思いを持っているのが、蒼佑だった。
一方で、復讐に燃えながらも、非常に懸念を抱いているのは杠であった。
「……王国を滅ぼすのはいいけど、あれだけは怖い。若井田が何とかして」
「あれ、というのは、あの奴隷のメイドですかね? 確かに……本当に何なんでしょうね。その力に見合った立場でもないですし。まったくもって理解できません」
彼女が警戒しているのは、奴隷ちゃんである。
拳でドラゴンを破壊できる奴隷である。
どんな字面だよと誰もが思う、恐ろしい女だ。
杠はそんな彼女と死の追いかけっこをした間柄である。
もう二度と顔を見たくないと思っていた。
「しかし、大丈夫ですよ。しっかり対策はしていますので」
「じゃあ、私たちの邪魔をする奴はいないのねぇ?」
響は自分たちの障害となる者がいないのか確認する。
まあ、多少の障害は障害になりえないだけの実力は持っている。
ただ、特記戦力の勇者のような者がポンポンと現れたら、さすがに面倒だ。
「うーん、邪魔は入るかもしれませんね。今度は一人で行動してもらうのではなく、これだけの人数で行動するので。軍勢というほどではありませんが、個人で動くよりは察知されやすいと思います」
主要都市を一気に落とすことができたのは、相手が警戒していない隙をついた奇襲であったというところも大きい。
最初から来ると分かっていれば準備もしていただろうし、作戦も考える余裕がある。
それらがなかったから、強大な力を持つ禍津會にろくに抵抗することもできずに、主要都市を落とされたのであった。
だが、さすがに個人で今回は動くわけにはいかないので、事前に動きを把握される可能性が高かった。
だが、若井田はそれでも何の問題もないと考えていた。
「それに、私たちの前に立ちはだかる者もいるでしょうが……それも敵になりません。基本的な戦力は、すでに功労者たちのおかげで削ることができていますから」
チラリと、若井田は愛梨と雪に目を向ける。
愛梨はため息をつきながら答えた。
「優斗は出てこないし、彼より強い奴なんてリーダー以外知らないから、たぶん敵はいないと思うわ」
「王女はどうだろうなあ。直接戦場に出てくるタイプではないけど、裏でコソコソ動かれるのは具合悪いかも。一応致命傷を負わせておいたけど、勇者と違って身体は動かさないから、その分復帰は早いかもね」
雪はあくびをしながら答える。
彼女の異常性は、一番近くにいたからよく分かっている。
目的のためならすべてを計画的に浪費することができる。
それは、自分や他人の命も容易に含まれている。
感情というものが大きくそがれているそれは、元居た世界の人工知能を想起させる。
「ならば、策を弄される前に終わらせましょう」
若井田がそう締めくくると、彼らは立ち上がる。
この世界に、復讐を果たすために。
「頑張ってきなさいな。私の金を使っているんだから。スポンサーの求める結果を出すのがあなたたちの仕事よ」
「言われなくてもそうするっての」
ひらひらと手を振って見送る舞子に、三ケ田は答える。
「さあ、行きましょう。今度こそ、復讐を果たしましょう」
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