第95話 非道
ぐでーっとアジトでだらけているのは三ケ田である。
彼女も最近表に出て活動を始めた【禍津會】の一員として、やることをこなしてきた。
とはいえ、あまり大規模な攻撃は、あの王国の主要都市を一気に落としてからはない。
しかも、一緒に行動する構成員が全員復讐に燃えて張り切りまくっているため、三ケ田が何かをする前に徹底的に破壊してしまうため、ほとんど何もできていなかった。
勇者に負けてから、再び厳しい鍛錬を積んできた彼女。
その成果を発揮しようとするのだが、その前に機会をことごとく潰されてしまっているため、不完全燃焼であった。
だらけにだらけている姿を見て、若井田が苦笑いを浮かべた。
「三ケ田さん。あなたが望んでいたことをやりましょうか」
「んあ? 何のことだ?」
顔を上げる三ケ田。
寝ていたのか、よだれが垂れていた。
「コソコソとしていないで、一気に世界を潰す。そういうことをやろうと言っているのですよ」
「本当か!?」
バン! と勢いよくテーブルをたたいて起き上がる三ケ田。
その目はキラキラと輝いていた。
「長かった……。このヘタレ陰キャ野郎を、どうしてやろうと思っていたが……我慢してよかった」
「へ、ヘタレ……陰キャ……。あ、あの、私をどうするつもりだったんです?」
「それはお前……言えないだろ」
「言えないことをしようとしていたのですか? 仲間なのですけど?」
基本的に、禍津會の仲間意識は強い。
転移者という同じ境遇を持ち、苛烈な経験を受けてきたという共通点もある。
そのため、若井田も三ケ田から何かをされるかもしれなかったということにショックを受けていた。
「まあ、これで気を取り直してください」
「何をするんだ?」
「とりあえず、王国を潰しましょう。あそこが一番転移者を弄ぶ連中が多いので、そこを潰したいという構成員は多いのですよ」
多くの転移者……というより、望月以外のほぼすべての転移者は、奴隷やそれに類する立場で酷使されてきた。
とくに、転移者を社会構造の最下層に位置付けて社会を成り立たせている王国は、その最たる場所だ。
そのため、最もヘイトを集めている国でもあった。
あの国を滅ぼしてもいいと言われたら、禍津會の多くの構成員は、嬉々として何よりも優先して襲い掛かることだろう。
それは、三ケ田も同じであった。
獰猛な笑みを浮かべて、戦意を露わにする。
「あたしもそうだよ。全員大人から子供まで、皆殺しにしてやりたいね」
「ええ、もう構いませんよ。王国に潜入してこちらの支援をしてくれていた舞子さんの回収も終わりましたので。目につく人は全員殺して構いません」
「おおっ、太っ腹だな!」
「これを太っ腹というのかは分かりませんが……」
苦笑する若井田。
何だか三ケ田の保護者みたいな形になっているが、こんなぶっ飛んだ子供はしんどいな、と思う。
ここで、三ケ田がある疑問を抱く。
「でも、本当に全員殺してもいいのか? そう言ってしまうと、目につく奴を見境なく殺しにかかるだろ、あいつら」
「まあ、恨みが深いですからねぇ……」
誰か殺してはいけない人間はいないのかと思う。
禍津會の構成員たちは、全員がかなりの能力を持つ。
そんな彼らを解き放てば、それこそ本当に皆殺しにするまで止められないのではないだろうか?
若井田も気持ちは完全に理解できるので、それを止めるつもりはないが。
「誰か、他にこっちの協力者とかは残っていないのか?」
「愛梨も雪も回収できていますから、本当にいませんよ。……ああ、いや、一人だけ残っていますが」
「え、残っていていいのかよ? あんた、全員目につく奴は殺していいって言ってんだぞ?」
些細なことのように若井田が言うので、三ケ田は怪訝そうに眉を顰める。
彼女がこの組織に入ってから分かったのは、仲間意識が非常に強いということ。
同じ境遇でこの世界では迫害される少数者ということもあり、団結しなければならないと環境にも強いられている気がするが、それは確かな事実である。
仲間を売るような真似をするとは思えず、三ケ田は首をかしげる。
心配そうな彼女を安心させるために、若井田は営業スマイルをニコリとさせる。
「ええ、大丈夫ですよ。残っているのは、リーダーだけですから」
「いや、なおさらダメだろ。あんたらの大切なリーダーが、死ぬかもしれないんだぞ?」
「ああ、大丈夫ですよ」
リーダーならなおさら大切にしなければならないだろう。
そんな気持ちの三ケ田を安心させるために、若井田は真実を告げる。
「――――――私たちが束になって襲い掛かったところで、返り討ちにされるだけですから」
◆
「おそらくですが、近々禍津會による王国への全面攻撃が始まります」
ニッコリと笑顔を浮かべて言うベアトリーチェに対して、ルドルフはもはや驚くことはしなくなっていた。
自分の妹が非常に優秀であることは知っていたが、まさか未来予知に近いことを平然としてくるレベルとは思っていなかった。
こんなのと本気で王位継承権を奪い合おうとしていたら、命がいくつあっても足りない。
そんなことにならずに済んでよかったと、心の底から思った。
「……それはどういうことだ?」
「集めた情報と環境、彼らの性格や目的から考えると、簡単に推測できることです」
「……いや、そんな簡単に推測できれば、困ることなんて何もなくなるのだが」
未来予知に近い推測ができるのであれば、どれほど素晴らしいことだろうか。
すべてを予見し、事前に準備をすることができる。
ベアトリーチェはルドルフを見て、にっこりと笑う。
「できます。私は現にできていますから」
「……本当、お前を閉じ込めようとしていたことは、完全に間違っていたんだな。まさか、国家間の戦争でなく、こんな形で知ることになるとは思ってもいなかったが」
「私も、こんなに表に立って自分の智謀を披露できるとは思ってもいませんでした」
こんなに出しゃばっていたら、本来なら幽閉されていてもおかしくない。
それこそ、王位に執着していたルドルフに殺されていたかもしれない。
ベアトリーチェは身体を動かすことは得意ではないため、暗殺者を差し向けられたら非常に困る。
だが、今はまさしく国家存亡のかかる非常事態。
この状況が、彼女を表に立たせていた。
「で、敵が動くことは分かったが、どうやって対応する? 兵数は圧倒的にこちらが多いが、個の能力はあちらが圧倒的に上だ。神出鬼没で出現を予測できず、ごく少数で動くから機動力もある。……言葉にすると、どうすることもできない気がするなあ」
「正々堂々と戦えば、負けることはなくともこちらの被害は甚大なものになるでしょう。あちらは死ぬことすらいとわないのですから、そもそもの覚悟が私たちとは違います」
ふうっとため息をつくベアトリーチェ。
こんなことはしたくないのだが、国家のためなら仕方のないことだ。
「――――――ですから、彼らにとって非道な私たちらしい方法を取りましょう」




