第94話 いらない
新天地目指して移動を続けている理人と奴隷ちゃん。
一日で目的地にはつかないため、野営をしていた。
今は、奴隷ちゃんが食事の準備をしてくれていて、理人はその間に川に水浴びにやってきていた。
馬車もぶっ潰されてしまったので、自分の足で移動しなければならない。
歩くと汗もかくので、水浴びは必須だった。
奴隷ちゃんは『全然汗をかいたままの状態でいいと思います。むしろ、そのまま押し倒してください』とかなんとか言っていたが、余計に水浴びしなければならないと理人に強く思わせるのであった。
「いやー、懐かしいのう」
水浴びに当たり前のように付き合っているマカが、そう呟いた。
汗をぬぐうためにやってきた理人は当然ながら上半身裸になっているが、なぜかマカもそれに合わせて脱いでいる。
しかも、全裸である。
かなりメリハリの利いた身体のため、男の眼に映ると非常に毒である。
まったく恥ずかしがらず、隠そうともしないため、余計に質が悪い。
まあ、それなりに付き合いも長い理人は、今更そんなことで興奮も怒りもしないので、呆れたように彼女を見るだけだ。
「何が?」
「貴様と初めて会った時のことを思い出してな。それほど昔の話ではないはずじゃが、かなり時間が経過したように感じる。封印されておった時は暇すぎて何も記憶が残っておらんが、貴様と行動を共にしてから色々と濃すぎて思い出すことが多すぎる」
「俺もお前がいなかったらとっくにミムリスに食われて死んでいただろうなあ」
「全部わらわのおかげということじゃな!」
満足そうに胸を張るマカ。
それに合わせて巨大な乳房も弾む。
「お前も全部自分のためだから、そんなに感謝しないぞ」
「それでよい。結局、最後にわらわのものになるのであれば、感謝されようが怒りを向けられようが、何ら問題ないからの」
「そのメンタルの強さは見習いたいわ」
呆れた目を向けてきていたのは理人ばかりであったが、その言葉にはマカが彼に白い眼を向けた。
一体だれが何を言っているのか。
「貴様の精神面の強さは、もうこれ以上必要ないじゃろ。今でも化け物じゃぞ」
目玉をえぐり出されて悲鳴を上げない人間なんて、ほとんどいないだろう。
人智を超えた存在であるマカでも、我慢できないはずだ。
「しかし、まああとちょっとじゃな」
「……あ、やっぱりそうなのか? 俺、自分じゃ寿命がどうとか分からないんだけど」
主語はなかったが、何のことを嬉しそうにマカが話しているのかは、理人は理解していた。
彼女は、自分の死後の魂を強く求めている。
ならば、そちらの方向の話に決まっていた。
あとちょっとというのは、理人の寿命である。
……死後の魂を求めるって、がっつり悪魔だなと思ったけど口に出さなかった。
「うむ。最近はわらわの力を使わんようにしておったが、昔は結構頻繁に使っておったしな」
「今みたいに戦い方も分からなかったしな。今も分かっているとは言えないけど」
昔を思い出して遠い目をする理人。
戦い方が分からなければ、強大な力に頼るのは仕方のないことだろう。
今でこそ、何とか逃げたりいなしたりすることくらいはできるようになっているが。
昔はそれこそ殴り合いの喧嘩すらできなかったのだから、眼を酷使して寿命を削り続けていた。
「それに、わらわの力がなくとも、貴様の身体はボロボロじゃ。凄惨な拷問を受けていたわけじゃからな。どちらにせよ、早世していたことじゃろう」
「ふーん」
理人は、色々とミムリスに食われて失っている。
臓器だってそうだ。
生命維持にかかわる部分は必要最低限残されているが、健康体よりはるかにダメージが蓄積している。
それを聞かされて、理人は他人事のように鼻を鳴らした。
「……自分の死が間近であると告げられて、ここまで動揺しないのは、やっぱり精神的にめちゃくちゃ強いからじゃと思うが」
「もともと長生きしたいと思っていたわけでもないからな。早死にしたいとも思っていないけど」
元の世界で社畜をしていた時は、本気でなかったにせよ、死にたいとばかり思っていた。
こちらの世界にやって来てからも、拷問を受けて臓器をえぐられ、生きたまま食べられるという素敵な体験をさせてもらっていた。
……本当、クソみたいな体験だな。
理人はそう思った。
「まあ、色々と考えた結果がこれだ。こうなることは想定できていたし、ショックはない」
「ほほー、格好いいのう。よいぞよいぞ」
満足げに頷くマカ。
これは完全に彼女の好みの話だが、死を間近にしてみっともなく慌てふためく人間は欲しいとは思わない。
別に、それが普通なのだと理解はしているのだが、今まで自分の力におぼれて破滅した人間は往々にしてそんな反応を見せるものだから、飽きてしまった。
だから、珍しい反応を見せる理人は好きだった。
「……で、お前までなんで服脱いで川に入ってんの? 思念体だし、必要ないんじゃないか?」
ここに至って、理人はマカに今更な質問をぶつける。
マカは全裸である。
真っ白な髪は長く、川の中に入ってしまうほどだった。
その髪で隠されている片目は、今は理人にある。
蠱惑的な整った顔立ちは楽しそうに笑っている。
大きく膨らんだ乳房は、周りに実りのある女性が多い理人でも、見たことがないほど大きい。
それで不格好になっていないのだから不思議だ。
括れとまではいかないが引っ込んだお腹や、また大きく曲線を描く臀部。
肉付きのいい太ももから伸びる長い脚。
すべて理人の眼に入ってきていた。
マカは指摘されても恥ずかしがることなく、むしろ見せつけるように胸を張った。
「気持ちの問題じゃな。身体に刺激を受けるのは楽しい。冷たいとか、スッキリするとか、それだけでも楽しいものじゃ」
「ふーん」
「なんじゃ。別に見ても構わんぞ」
「いや、いい。あとから何を求められるか分からないし」
いきなり目を押し付けられて激痛を与えられ、寿命を奪われた理人はまったくマカを信用していなかった。
厭らしい目ではなく、白けた目を向けられるのは、さすがのマカもなんだか釈然としなかった。
「別にこれくらいで求めたりせんわ。それに、本当に欲しいものはどうせ手に入るのじゃからな」
ふんっと鼻息荒くするマカ。
死後の理人の魂。
それは、喉から手が何本も出るほど欲しいものだ。
そして、それは必ず、しかも近いうちに自分のものになる。
なら、これ以上何か求める必要はなかった。
「それよりも、肉体的な快楽というものは、わらわも多少興味がある。人間は性欲のために身を亡ぼすこともあるからな」
求めることはないが、興味はある。
マカはスッと理人に近づく。
その些細な動きでさえ、重たげに胸部が揺れていた。
「それは確かに馬鹿らしいと思うな、俺も」
「別に貴様も性欲がないわけではなかろう? あのパトロンの女であったり、勇者パーティーの女であったり、女騎士であったり、手を出しまくっておるじゃろ」
「いや、まあ……うん」
自分全然エッチなことに興味ないですよ、という感じを醸しだしておいて、一瞬で窮地に追いやられる理人。
基本的に四六時中一緒にいるマカなのだから、隠し事も何もなかった。
一瞬で小さくなる。
「あれには手を出しておらんようじゃが」
「怖いんだもん……」
「それは確かに」
そんな理人も、奴隷ちゃんには手を出していなかった。
骨の髄までしゃぶられそうという、何とも失礼極まりない理由だが、マカも否定しなかった。
あの奴隷、怖い。
「わらわは怖くないぞ? この圧倒的な胸に飛び込んできても、何ら問題ない」
大きく腕を開けるマカ。
長い白髪が胸の先を隠しているが、そのボリュームは微塵も変わらない。
息をするだけで柔らかそうに揺れるそれを見て、理人は……。
「……いらない」
「揺れたな」
ニヤリと楽しそうに笑うマカであった。




