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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第4章 禍津會のリーダー編

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第93話 絶対に嫌だよ

 










 冒険者として名声を轟かせる者は、大なり小なり特別な能力を持っている。

 名をはせるためにはそれだけの功績を上げる必要があり、それに見合った能力がなければ不可能である。


 まず、ミムリスは近接戦闘に優れている。

 見事な剣の振りは、剣自体は細くとも、硬いはずの人間の首を容易く飛ばすことができる。


 しかし、強者であることは間違いないのだが、それだけでは高名な冒険者にはなれなかっただろう。

 そこそこどまりの冒険者で終わっていたはずだ。


 少なくとも、今のように小さな貴族をも凌駕する財を成すことはできなかっただろうし、人肉食という趣味に手を出しても公権力にしょっ引かれないということもなかった。

 ミムリスが好き勝手出来ている理由は、彼女の魔法にあった。


「痛い」

「真顔で言うことじゃないじゃろう、貴様」


 痛いと言うなら本当に痛そうな顔をしろと、マカはなんだか理不尽な感想を抱いていた。

 しかし、平然としているとはいえ、理人の身体のダメージは深刻だ。


 なにせ、身動きを取るたびに、スパスパと皮膚が切れて、勢いよく血が噴き出ているのだから。

 攻撃を受けている様子はない。


 ミムリスも、今は剣を振るって彼に迫っていることもない。

 だというのに、理人は一方的にダメージを負い続けていた。


「身体が切れる、皮膚が裂けるという痛みは、人体が感じるものでもかなり上位に位置するわ。怪我の見た目も派手だしね。真っ赤な血が自分の身体から飛び散るのを見れば、誰だって恐怖を覚える。だから、これだけで簡単に戦意喪失するのよ。冒険者をしていた時、山賊とか討伐したこともあるけど、これをするだけで簡単に抵抗を止めて逮捕されてくれたわ。美味しかった」

「山賊を討伐して感想が『美味しかった』って色々おかしいよね……」


 過去を思い出してうっとりしているミムリスを、引いた表情で見る理人。

 人肉食というまったくもって理解できない趣味。


 その餌食にずっとなっていたので、より理解不能だった。


「で、この現象って聞いたら教えてもらえるのか?」

「いいわよ、別に。隠すつもりなんてないし、知ったところでどうすることもできないだろうしね。あなたはずっと監禁していたし、異世界からやってきたから知らないだろうけど、私の能力って意外と知られているのよ」


 自分の血が出ている部位を見せつけながら問いかけると、ミムリスは平然と宣った。

 慢心でも油断でもなく、確固たる自信であった。


 理人を侮っているわけではないが、絶対にどうしようもないと確信していた。

 理人の傷を負った部分は、鋭い刃物で切り裂かれたようになっていた。


「不可視の刃。あなたを傷つけているのは、それよ」

「不可視って……本当に魔法だな」

「魔法よ。それ以外に何があるのかしら」


 ふうっとため息をつく理人。

 魔法なんてない(はずの)世界からやってきた感性からすると、見えない刃物で身体を傷つけられるなんて、脳が理解しようとしない。


 この世界に来たばかりの時なら、絶対に受け入れていないだろう。

 だが、それなりの年月囚われて、拷問を受けていたらさすがに受け入れざるを得ないが。


「あなたの周りに、すでに大量の見えない刃を潜ませているわ。だから、あなたが動くたびにスパスパと身体が切れちゃうのよ。もう分かっていると思うけど、切れ味は抜群。不用意に動かない方がいいわ。さっき転げた時、首とか手が飛ばなかったのが不思議なほどなのよ」

「マジか」


 ボーッと突っ立っている理人の周りには、今も大量の不可視の刃が控えていた。

 彼が少しでも動けば、簡単に身体を傷つけることができる。


 硬い骨も容易く切断できる程度には、切れ味がよかった。


「さて、どうするかなあ。どうすることもできないなあ……」

「なら、さっさと諦めて牢獄に戻ってくれるかしら? これからも大切に食べてあげるわよ」

「あー……何も力がない時だったら、それも受け入れていたかもしれないんだがな。なまじ力が手に入ってしまったから、難しいところだな」


 少し前までの自分なら、あっさりと諦めて牢獄に戻り、ミムリスに食われていたことだろう。

 無駄なことはしたくない。


 普通の一般人として生きてきた自分が、不可視の刃を駆使する魔法使いに勝てるはずもない。

 対応策も微塵も思いつかないので、諦めても不思議ではない。


 だが、理人に抱き着きながらしたり顔を浮かべているマカがいた。


「ふっふっふっ。わらわの眼が最適の相手じゃな」

「……それでちょっと気になることがあるんだけど」


 確かに、マカに強制的に移植された眼があれば、対応が可能かもしれない。

 まったく理解できない力で、人を触りもせずに殺害できたのだから。


 だが、ずっと気になっていたことがある。


「なんじゃ?」

「今もめっちゃその目が痛いんだけど、これっていきなり移植されたからだよな?」


 そう、激痛である。

 眼をえぐり出されても悲鳴一つ上げなかった鋼のメンタルの持ち主である理人が、不可視の刃さえなかったら地面をのたうち回っていたほどの激痛。


 それが、今彼の目を襲っていた。

 恐る恐る尋ねる理人に、マカはキョトンと首をかしげて答える。


「いや? 力を使うたびに激痛が走るじゃろうな」

「……なんで?」

「わらわに適合できたのは素晴らしいことじゃが、そもそも人間程度に扱えるような力ではない。それを無理やり使おうとしたら、当然反動が来るじゃろ。当たり前じゃな」


 マカの力は強大で、だからこそ副作用も強い。

 強烈な効果を持つ薬が、副作用で人を苦しめるようなものだと笑う。


 別に求めていないのに無理やり押し付けられて苦しんでいる理人としては、まったく笑えないのだが。


「死後お前に魂を奪われるだけに飽き足らず、痛みもあるのか……」

「ついでに寿命もガンガン削っていくぞ」

「おい」


 後からとんでもない条件が付け足され、思わず声を上げる理人。

 さすがの彼でも、寿命を削られていくと聞いては穏やかではいられない。


 そんな彼に対して、マカはやれやれと首を横に振った。


「仕方ないじゃろう。これは力に耐え切れん人間の脆弱な身体を恨め」

「……お前、早く俺の魂が欲しいからさっさと死ねって思っていないだろうな」

「……おっぱい揉むか?」

「誤魔化すな」


 ほれほれと自分の胸を上下させるマカを、白い目で見る。

 転移前なら目を引き付けられていただろうが……。


 マカは理人以外には見えない思念体になっているので、ミムリスは怪訝そうに彼を見た。


「さっきから何をブツブツと一人で……。やっぱり、精神的にもうやばいのかしら? だとしたら、味にも影響してくるかもしれないし、早く食べたいわね」

「怖いことを言わないでくれるか?」

「で、どうするの? もう数百は不可視の刃を忍ばせているから、勝ち目はないわよ。大人しく私に食べられなさい」


 理人の周りを囲む不可視の刃。

 もはや、埋め尽くされていると言っても過言ではない。


 どこにどのように逃げても、必ず命を落とす。

 身動き一つとることは許さない。


【人食貴人】。

 そのような二つ名で恐れられている、元高名な冒険者の実力がそこにあった。


 理人にはどうすることもできない、圧倒的な力の差。

 だが、今の彼には、それを埋めることができるほどの力を押し付けられていた。


「……それは困る。俺、ちょっとやりたいことができたんだ」

「なら、どうするのかしら?」

「こうする」


 うまく使い方を把握しているわけではない。

 だが、理人は眼を使った。


 人の目には捉えられないはずの刃が、彼の眼に映った。

 ミムリスが宣言していた通り、びっしりと空間を埋め尽くすそれは、圧巻の一言だ。


 本当に一歩でも進んでいれば、首を切り裂かれて血の噴水を作り出していたことだろう。

 それを視認して……動かした。


 身動きがとれるように移動させたわけではない。

 その刃を、すべてミムリスに向かって動かしたのだ。


 自分の魔法が勝手に捜査される違和感を覚え、とっさに身体を動かしてしまうミムリス。

 それで、決着はついた。


 全身から血を噴き出し、身体の一部を斬り飛ばされる。

 立ち続けることもできず、あおむけに倒れ込んだ。


 真っ赤な血が、ゆっくりと広がっていく。

 彼女の近くに理人が向かうと、かすれるような声を発した。


「……こ、んなこと、できたのね」

「うん。最近」

「……お願いがあるのだけど」

「なんだ? 介錯なら頑張ってするぞ」


 散々苦しめられてきたが、理人はマカにも言ったとおり、特定の個人に対して怒りを持っていなかった。

 それは、ミムリスにも当てはまる。


 無駄に苦しませるようなことはしたくなかった。

 そんな彼に、うっすらと笑みを浮かべて、ミムリスは最期のお願いをした。


「私を、食べてくれないかしら……?」

「絶対に嫌だよ」


 あっさりと断られた。

 その後、理人はついでとばかりにほかに囚われていた転移者などを解放しながら、脱走したのであった。




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