第90話 ちゅき♡
「のう。力が欲しくないか?」
目玉をえぐられ食されてから数日。
マカは飽きることなく理人の傍にいて、会話を続けていた。
今まで誰にも認識されなかったためか、話題が尽きることはなかった。
そんな彼女が、ふと出会った当初と同じ言葉を吐いてくる。
理人は眉をひそめて彼女を見た。
「またなんだ急に?」
「まあまあ、答えてみろ」
「前も言ったけど、貰えるんだったらほしいぞ。タダならな」
元日本人、タダという言葉に弱い。
まあ、まともな日本人は、タダよりも高いものはないという言葉も作り出すほど、警戒しているが。
理人の回答を受けたマカは、嬉しそうに笑った。
「おお、それはよかった。わらわは対価を求めぬぞ。力をあげよう」
「嘘つけ。俺はお前のことをほとんど知らないけど、少し会話しただけで分かる。お前は割とクソな性格だ。今の俺を見ても、平然と会話しているくらいだし」
「クソって貴様……」
さすがのマカも、真正面からクソと言われるとビビる。
事実なので言い返しはしないが。
「まあ、力を与えると言っても、今のわらわでは簡単な話ではないのじゃがな。ただ、貴様なら無理してでも与えてもいいかもしれんと思った」
マカは封印されている身だ。
だから、かつてのように自由に力を貸し与えることができなくなっている。
だが、長い年月をかけて封印を弱らせていたことにより、例外的に力を与えることができるようになっていた。
自分の血肉を分け与えるというとんでもない手段なので、簡単ではないのだが。
「……で、そんな多大な労力をかけて俺に力を与えて、お前は何を要求してくるんだ?」
「魂」
「ん?」
命という意味だろうか?
それなら、割とありきたりだと、理人は納得する。
確かに似ているのだが、微妙に違うのだと、マカは首を横に振る。
「魂じゃ。それを貰う。つまり、貴様が死んだ後のすべてを、わらわが貰う。それだけじゃ」
「お前、よくそんな要求をして『それだけ』なんて言えたな……」
「安いもんじゃろ? 死んだ後のことなんて気にするな。今を生きている人生を大切にしよう」
「詐欺師の甘言に聞こえてくるわ」
実際、そうだろう。
何とか理人を転がそうと、マカは動いていた。
だが、何の計画も立てずに話し出してしまう。
「……寂しくてのう」
それは、間違いなくマカの本音だった。
「今、こうして貴様と会話をして、改めて思った。やはり、こうして誰かと話すことができるのは、いい」
「マカ……」
思わず憐憫の情を抱いてしまう理人。
しかし、すぐに持ち直す。
「お前が人間をたぶらかして破滅させていなかったら、こんなことにはなっていなかったのでは?」
「正論は聞きたくないぞ」
同族がいないからと言って人間を転がして絶望させて遊んでいたのはマカである。
そりゃ封印されるわ。
理人の中で同情心が消えた。
「同族が欲しいのじゃ。わらわと価値観を共有し、同じ苦楽を味わってくれる存在が……」
「だから、死んだ後に魂を?」
「うむ!」
「胸を張ることじゃないぞ」
ダプン! と揺れる胸に一切目を向けず、理人は呆れた目で見た。
「……まあ、お前の事情も分かった。でも、さっきはとりあえず欲しいと言っていたけど、そんなに使い道がないんだよな。今の状況から逃げられるんだったら、積極的に使いたいけど」
「ん? あの女を筆頭に、貴様をこんなひどい目に合わせている奴らが許せんじゃろ? わらわの力があれば、皆殺しも容易い。レッツ皆殺し」
「なんで英語を知っているんだ、お前……」
転移者は数多いし、英語が伝わっていても不思議ではない。
納得している理人。
「確かに、この世界に来た当初は怒りで満ち満ちていたけど……今はそうでもないんだよな。ミムリスはやばいけど、他の連中はとくに」
「は? なんでじゃ?」
「それが、この世界の道理だからだよ。転移者は搾取される最下層の存在。それが、この世界の常識なんだ。あいつらは、その常識の中で生きているに過ぎない。ミムリスも食人趣味さえなければ、この世界の常識に則って転移者を飼っている。だから、あいつら個人個人に恨みを抱くのは見当違いだと思ったんだ」
何か取り繕うわけでもなく、理人は本心から言った。
彼は、他の多くの転移者たちと違い、彼ら個人に強烈な恨みを抱いていなかった。
「……聖人か?」
思わずマカも呟いてしまうほどだった。
「ふーむ……まあ、貴様が嫌がっても無理やり力を与えるんじゃがな。もう貴様はわらわのもんじゃ」
「えっ?」
勝手に契約してしまったことになっている。
これはまずいと慌てて声を張り上げるが、先に彼女が動いていた。
「ぐっ……!?」
マカがうめき声を上げる。
それもそうだろう。
彼女は自分の指を、自分の眼孔に突っ込んでいたのだから。
理人の目の前で、凄惨な自傷行為が行われる。
グジュグジュと嫌な音が鳴るので、理人も目を見開く。
そして、ドロリと地に濡れた眼球が零れ落ちた。
顔を青ざめさせながら、肩で息をするマカ。
超常の存在である彼女でも、さすがに目をえぐり出すというのはかなりの苦痛を伴う。
それもこれも、理人を手に入れるためだ。
彼女は血の涙を流しながら、にっこりと笑顔。
「ちょうどいいじゃろ。ほれ」
「ぐおおおおおおおおおおお!?」
無造作に、ミムリスに引き抜かれて空洞になった眼孔に、マカの目玉を突っ込まれる。
直接フォークで刺されてえぐり出されても悲鳴一つ上げなかった理人が、この時ばかりは大声を上げる。
それは、巨大な傷口に異物を突っ込まれた痛みもあるが、それ以上に異質な力が身体を蝕む激痛に襲われていたからだ。
無論、こんな適当に目玉を突っ込まれて適合するはずもないのだが、マカの力は特別だ。
「さて、どっちじゃ……」
ちなみに、理人にはまったく伝えていなかったが、マカの力は劇物である。
今まで多くの人間に力を分け与えてきたが、基本的に成功率は十パーセントくらいである。
適合しなければ死ぬだけだ。
適合したらしたで最終的には絶望して果てることになるのだが、まあそれまでは好き勝手できるしいいだろうと、マカは本気で思っていた。
だが、今回理人が受けていることは、それとも別である。
今回、彼女は自分の身体の部位を分け与えるということをしている。
それは、ただ力を渡す以上に危険だ。
よりマカと適合するため、合わなければ即死である。
しかも、彼女自身は人間とは異なる超常の存在なので、普通は適合できない。
成功率は、一パーセントを切るだろう。
それでも、マカはやった。
自分のことを理解できる存在ができるかもしれないから、我慢できなかった。
固唾をのんで見守る。
その結果は……。
「な、なにしやがる……」
どのような責め苦にあっても一切うろたえなかった理人が、汗を大量に流しながらマカを睨みつけていた。
生きている。
そう、マカという存在に適合したのだ。
彼の失われたはずの片目には、マカの瞳が輝いていた。
怒りを向けられるマカは……。
「ちゅき♡」
「は?」
うっとりして理人に抱き着くのであった。




