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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第4章 禍津會のリーダー編

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第88話 わらわのせいじゃなくね?

 










「うわぁ……。これ、まだ死んでおらんのか? いや、死んでおるよな?」

「…………」


 その男は、あまりにも生きているとはいいがたい状態だった。

 身体中に包帯が巻かれているが、血がにじんでいる。


 また、包帯そのものもあまりよいものではないようだ。

 拷問を受けている。


 身体の一部をそぎ落とされていたりしているので、随分と激しい拷問のようだ。

 普通の人間なら、発狂して死んでいるだろうに。


 だが、マカの予想とは違い、か細い呼吸がされていた。


「生きておるじゃん。こっちの方がつらいよなあ。まさに生き地獄。あいつらの言っていたことは正解だったということか」


 やれやれと首を横に振るマカ。

 人間というのは、随分と悍ましい。


 同族を相手に、こんなにもえげつないことをしてのける。

 マカは人間が絶望している姿は好きだが、こんなにも直接的に痛めつけるようなことはしない。


「しかしまあ、随分と厄介な人間に買われたものじゃな。おそらく、こやつも転移者なのじゃろうが……。ふはっ、わらわの力を一番欲しそうな感じじゃ」


 こほんとのどの調子を整える。

 力を与えるとき、このように勧誘すると、特に転移者は嬉々として手を伸ばしてきた。


「――――――力が、欲しいか?」


 シンと静まり返る。

 というか、もともとマカの声は誰にも認識されないのだから、ずっとここは静かなままだった。


 今にも息絶えそうな男が一人。

 それだけである。


「なぁんて、どうせ聞こえんのじゃが」

「貰えるんだったらほしいな、力」

「ッ!?」


 ギョッと目を見開くマカ。

 見れば、うなだれていた男は顔を上げていた。


 軽くない傷を負っているが、その声は流ちょうだった。

 その肉体的な強さもそうだが、それ以上にマカを驚かせたのは、彼の目が確実に自分を捉えていたことである。


 誰にも認識されないはずの自分を、この死にかけの男は、確実に認識していた。


「……貴様、わらわのことが見えておるのか?」

「……え、なにその幽霊みたいな反応。……ってか、浮いているし、本当に幽霊か? こわ」

「今の状況で普通に会話している貴様の精神力の方が怖い」


 めちゃくちゃ軽口を言ってくる……。

 かなり痛みとかもあるだろうに、平然と話をしているこの男は何なのだろうか?


 長い年月を生きてきたマカだが、ここまでメンタルが強い男は初めてである。


「幽霊ではないが、わらわは普通の人間には感知されん。どうしてわらわが見えておる?」

「それは俺に言われてもな……。霊感があったわけではないし、この世界の不思議な力である魔法とかも使えないぞ」

「ふーむ、不思議じゃのう。他の転移者はわらわを視認できておらんから、転移者だからという理由ではないようじゃが。まあ、構わん。久しぶりにわらわと話のできる者が現れた。退屈しのぎにはちょうどいい」

「……あまり時間をかけない方がいいかもな。俺、たぶんもうすぐ死ぬだろ」


 それを聞いたマカは、すぐさま魔法をかける。

 封印されているが、彼女の強大な力があれば、これくらいの魔法は余裕である。


「なあに、生命維持くらい、今のわらわでも容易よ」

「……痛みが引いた。マジですげえな、魔法」


 傷を治したわけではないから、根本的な解決にはなっていない。

 マカとしても、別にそこまでしてやる義理はないのだ。


 男もそれ以上は求めない。

 そういうことをすれば、目の前の女は興味をなくして去ることが分かっていたからだ。


 お互いのことを探り合う。


「で、じゃ。話をするぞ。わらわの暇つぶしに付き合え、転移者」

「ああ、いいよ。俺も暇だしな」









 ◆



 それから数日、マカは男――――理人と会話をした。

 いちいちその場を去る必要もないので、ずっと入り浸りである。


 正直、長時間滞在したくはないほど悪辣な環境なのだが、思念体であるため、実体を持っている時よりはマシである。

 それに、久しぶりに自分を認識してコミュニケーションをとることができる相手がいる。


 退屈で死にかけていたマカを楽しませるには、それだけで十分だった。

 理人もずっとここにいるため、マカの話を興味深そうに聞いてくれた。


 それは、彼女を喜ばせるには十分だった。

 いつものように会話を楽しんでいる中、ふとマカは気になったことを尋ねる。


 正直、相手のことを考えると聞きづらい質問ではあるが、気遣いという言葉から激しく縁遠いマカである。

 まったく理人のことを考えずにズケズケと尋ねることができた。


「しかし、ほとんどここに人が寄り付かんな。たまに来る、あの残飯ぶちまけ男だけじゃ」

「俺の唯一の楽しみを残飯って言わないでくれる?」

「……かなり柔らかい表現にしたつもりじゃったが」

「……ごめん」


 嘘である。

 マカでさえ気を使わざるをえなくなるほど、理人に出されている食事(?)はお粗末だった。


 誰かの吐しゃ物を混ぜ合わせたような、悍ましい異臭を放つそれ。

 液状のそれを食事というのは、マカでさえもはばかられた。


 他人を絶望させて楽しむ彼女が、理人を不憫に思ったほどなのだから。

 慣れたらいけるとは、理人の言である。


「しかし、貴様も他の転移者たちと同様、虐げられているのじゃろ? それにしては、貴様を直接的に攻撃する者がいないと思ってな」


 まったく拷問を受けていないというわけではないだろう。

 この悪辣な環境に放り込まれている時点でかなりの拷問になるだろうし。


 それに、粗雑な包帯を身体中に巻いていて、それは血がにじんでいる。

 ただ、こんなにも期間が空いてまったくの無傷ということは、どういうことか。


 大体、こういうことをする異常者は、毎日でもやりたがるはずだが。


「あー……俺を飼っている奴はちょっと特殊なんだよ。それに、あまり余計なフラグとか立てないでくれる? 今のところいい感じだし、このまま続けていってほしいんだが……」

「あら、一人で楽しそうに何を話しているのかしら?」


 理人の言葉を遮る女の声。

 凛々しく、そして強い声音だった。


 ここに来ることが許されているのは、食事を運ぶ者以外なら一人だけだ。

 そんな彼女が、悠然と微笑んで理人を見下ろすものだから、彼は心底渋い顔をマカに向けるのであった。


「…………」

「わらわのせいじゃなくね?」


 これは災厄が集まる体質とはいえ、自分のせいではないだろう。

 マカは断固として戦う姿勢を示した。




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