第83話 目
「(まあ、無抵抗ではないと思っていた)」
アマルディは、理人が自分の眼帯を外そうとしている時、そう思っていた。
今から殺されるというのに、無抵抗というのもおかしな話だ。
誰でも必死に抵抗しようとするだろうし、死を目前にして抵抗しないのは、ただの愚か者だ。
相変わらず、凝りもせずに魔法攻撃だろう。
これまでの戦闘で、理人が大して近接戦闘をこなせないということは分かっていた。
明らかにばてていたし、すぐにでも殺せそうだった。
だから、これは最後の抵抗だ。
これをしのげば、もう理人の命は奪ったも同然。
あとは、あのやばい奴隷をどうにかするだけで終わる。
……あれはおそらく転移者ではないから、最悪殺さなくていい。
というか、戦闘になったらマジで危ないので、逃げたい。
「(よし、それでいい。そうしよう)」
自分のするべきことを決めて、理人を改めて見据える。
片目を覆っていた眼帯を外そうとしている。
それで、いったい何になるのだろうか?
眼帯がほどかれた目は、閉じられていた。
拷問を受けていたであろう痕があった。
潰されたのだろう。
「(だから、何だというのか)」
それを見たから、同情するわけもなかった。
転移者なのだから、それくらいされても当然だ。
いきなり国に現れ、資源を貪り食うような連中なのだから。
そんな目を見せて、同情を引こうというのだろうか?
だとしたら、まったくもって見当違いである。
何の躊躇もなく攻撃を仕掛けるし、片目が潰れて死角になっているのであれば、そちらを攻める。
むしろ、弱点をさらしてくれて感謝である。
周りの仲間たちに視線で指示すると、小さくうなずいて動き出す。
彼らも自分ほどではないが、かなりの実力者たちだ。
言わずともするべきことを知っているし、彼らならしっかりと終わらせることができるだろう。
「悪いな。ここまでする必要はないのかもしれないが……俺の攻撃が全部効かないんだったら、こうするしかないんだ。だから……」
理人は素早く動く愛国者たちを見て、口を開いた。
「俺を、恨まないでくれ」
目を開いた。
今まで閉じられていた、潰されていると思われていた、眼帯に覆われていた目が。
その瞳の色は、一言では言い表せないほど、異質なものだった。
何かがグルグルと渦巻いている。
それは、目の前にあるものを映し出しているのではなく、瞳の中で蠢いているように見えた。
普通の人間の目ではない。
一般的な人の容姿からかけ離れていると、人間は不気味さを覚えるものである。
理人の片目はまさにそれで、その気味悪さにアマルディを筆頭に愛国者たちは皆眉をひそめた。
そして、それが彼らの最期となる。
「ぎゃあああああ!?」
「ひっ、ひいいいいっ!」
「な、何でいきなりこんな……うわああああ!?」
次々に悲鳴が上がる。
奴隷ちゃんに殴り飛ばされても、ここまで無様な悲鳴は上げなかった愛国者たち。
胸の内に確固としたものを持っているからこそ、死も恐れない。
誇るべき戦士たちだ。
そんな彼らが、ただひたすらに恐怖して、悲鳴を上げている。
なぜか?
ある者は、突如として身体が発火して、火だるまになっている。
ある者は、何か強大な存在に無造作に弄ばれたように、突然身体がバラバラに引きちぎられた。
ある者は、血煙だけ残してその場から消失した。
何かが起きているが、その理由や原因がまったく分からない事象によって、次々に命を落としていった。
「な、んだ、これは……?」
アマルディも、今まで見たことも聞いたこともない光景に、愕然とする他なかった。
みるみるうちに、大勢いた仲間たちが命を落としていく。
どれも理解できない現象で、命を散らしていく。
「あいつの目か……!」
原因は、間違いなく理人の片目だ。
普段は眼帯で覆い隠している、潰れているはずの目。
それが開かれてから、この意味不明な現象が起き始めた。
特別な魔法が込められているのだろう。
あまりにも強大で凶悪な魔法だから、普段は封印して使わないのだ。
「なるほど、確かにこれは切り札だ。だが……俺という存在が、お前にとっての最大の天敵なんだな」
アマルディは、魔法攻撃を完全に無効化する。
つまり、この理人の目による攻撃も効かないのだ。
仲間たちが死んでしまったのは、残念極まりない。
だが、その意思は必ず受け継ぐ。
転移者を皆殺しにして、仇を……。
「あ……?」
激痛が走った。
我慢できないほどの、無視できないほどの痛み。
ガランと音が鳴って、剣が落ちる。
持っていられないほどだった。
それもそうだ。
目を落とせば、腕が強大な力に無理やり絞られたように、グニャグニャにへし折られていたのだから。
「お、おああああああああ!?」
絶叫。
今まで、荒事をこなしてきたから、痛みには強いはずだった。
そんな彼でも我慢できない激痛だった。
それだけではない。
「め、目が、見えない……!?」
今度は視界が真っ暗になる。
アマルディ自身は自分に起きていることは分からないが、相対していた理人なら分かる。
両目が腐り落ちていた。
「がっ!?」
パッとアマルディの両足が飛ぶ。
身体を支える足を失って、彼は地面に顔から倒れるしかなかった。
「ひっ、ひ……っ!」
アマルディにあるのは、ただひたすら恐怖。
何も見えないのに、全身を襲う激痛。
何をされているのか分からないのに、自分が死に着実に近づいて行っていることが分かる。
それが、恐ろしくてたまらない。
「や、止めてくれぇ……!」
アマルディが失った眼孔から血の涙を流しながら懇願する。
その言葉は、今まで彼が命を奪ってきた転移者たちのそれだった。
それをあざ笑って踏みつぶしてきた彼が、逆の立場に追いやられてしまった。
理人はそれを見ても、あざ笑うことはない。
見下すこともなければ、無様だと思うこともない。
ただ……。
「悪いけど、もうこれを使ったらどうにもならないんだ。俺じゃ止めようがない。だから、死んでくれ」
短くそう告げるほかなかった。
パンッとアマルディの首が飛んだ。
魔法攻撃ではない、何か異質な力によって、愛国者たちはたった一人の転移者によって全滅させられたのであった。
「…………」
それを、奴隷ちゃんが静かに見ていた。




