第80話 お、俺の家財があああああ!?
ちょっとボロボロになった俺の家。
奴隷から逃げ出してから暮らしていた場所なので、愛着はないわけではない。
色々と思い出がわいてくるな。
奴隷ちゃんに襲われたり奴隷ちゃんに襲われたり奴隷ちゃんに襲われたり奴隷ちゃんに襲われたり……。
……ろくな思い出がねえな。
さっさと潰してしまえ、こんな家。
さて、俺は転移者の迫害が強くなってきたこの街から引っ越しをすることになった。
まあ、どこに行っても同じかもしれないが、素性がばれていない場所に行くだけでも十分身の安全を確保することができるだろう。
ここだと、俺が転移者だと知れている。
いつ誰に襲われるかわからないし、かなり精神的に疲労する。
誰も知らない場所で暮らしていれば、しばらくはそんな精神的な苦痛からは逃れられるだろう。
そんな俺の新天地への出発の日、なぜか家の前にずらりと現れる冒険者たち。
え、なにこいつら……。
「えー……やんごとなき諸事情のため、この街を離れることになってしまいました。皆様にはこれまで多大なお力添えをいただきまして、ありがとうございます」
「心にも思っていないことを言うのが得意ですね、マスター」
とりあえず、別れの挨拶をする。
もう二度と会うことはないな、清々する。
そんな俺の内心を知って、奴隷ちゃんは呆れたように俺を見る。
相変わらず、精巧な人形のように美しい。
きっちりと肌を露出しないメイド服は、彼女の静かな雰囲気にとてもよく合っている。
実際はあれなんだけど……。
「うう、リヒト。俺はずっとお前のことを待っているからな。何なら、俺が毎日会いに行くぞ。モーニングコールとお休みコールは任せろ」
「止めろ。誰も喜ばない結果になる」
ルーダが泣きながら恐ろしいことを言うので、思わず頬が引きつる。
命を懸けた戦闘並みにビビったわ、マジで。
筋骨隆々の大男に泣きながらしがみつかれ、俺のメンタルはボロボロだぁ……。
何とか逃れると、その先には死神と呼ばれる冒険者……レイスがいた。
「……行くんだな」
「え、はい」
しんみりした様子で言ってくる。
そんなに関わり合いがなかったので、俺は困惑する。
ヤバい……仲が良い感じにした方がいいの?
でも、一匹狼的な感じで冒険者をしていたレイスだ。
どっちが正解だ?
「そうか。まあ、転移者に対する風当たりも強くなっているしな。だが、お前がいないと心細くなるな」
「いやあ……。俺というか、奴隷ちゃんだと思うけど」
ほとんどの冒険者の野郎どもは、奴隷ちゃんに挨拶していた。
俺は?
奴隷ちゃんもかなり塩対応なのだが、めげていない。
まあ、美人だしな、見た目は。
会えなくなるとなれば、つながりを築こうとするのは当然か。
……あれだぞ。何だったら置いて行くぞ?
「しかし、君は転移者に対する偏見はないんだな」
「転移者に救われたからな」
ふとレイスに気になったことを尋ねれば、すぐに返事が。
救われた……?
俺のことをじっと見ているが、あまり心当たりがない。
「なんにせよ、私はお前たちを貶めたり敵対したりはしない」
「そっか」
「ただ、気をつけろ。お前の言う通り、風当たりは確実に強くなっている。直接的に攻撃を仕掛けてくる奴もいるかもしれないからな」
「そうだな。その時が心配だ」
攻撃してきた奴の安全が。
俺とレイスの心配事は一致していた。
本当に、襲撃してくる奴らの安全が心配だ。
そんな心配させるようなことをするに違いない奴隷ちゃんが戻ってくる。
そのため、いよいよ出発の時間となった。
「じゃあ、また」
またがあるかどうかは知らないが、とりあえず手を上げて去っていく。
冒険者たちも見送ってくれた。
さて、のんびり平和に暮らしたいものだ。
しばらく無理だろうけど。
◆
一台の小さな馬車に乗りながら、俺と奴隷ちゃんは新天地を目指していた。
もともと、豪奢な生活をしていたわけではないため、馬が一頭で引っ張ることができる程度の家財しか持ち出さなかった。
元いた世界とは違って、娯楽品はそんなにないし、かさばることはなかった。
奴隷ちゃんは見事に馬を操っていた。
……奴隷にしては多才過ぎない、君?
そんなことを考えていると、隣に座っている俺を見上げてくる奴隷ちゃん。
「ついに、二人きりのエロエロ退廃的な生活が始まるわけですね、マスター」
「うん、始まらないよ?」
とんでもない寝言を起きているときに言ってきた。
マジでビビるからやめろ。
馬車から転げ落ちそうになったわ。
「あの家にいたら、ゴミツンデレとか頻繁にやってきていましたから、なかなかエッチなことができませんでしたものね」
「いや、誰もいなかったとしても、エッチなことはしないから。……ゴミツンデレって、まさか愛梨のことじゃないよな? 絶対に本人の前で言うなよ?」
どうやら、奴隷ちゃんは愛梨に対して当たりが強いようだった。
というか、この子が誰かに柔らかく対応しているのを、見たことがないかもしれない。
「勇者を裏切ってテロ組織の仲間入りをしているわけですから、会いたくても会えないと思いますが」
「……ウン、ソウダネ」
俺はそっと視線を逸らす。
ああ、いい天気だ。
新天地に向かうにふさわしい空模様だ。
……奴隷ちゃんがじっと睨みつけてくる。
全然誤魔化せていなかった。
「まさか、テロリストが頻繁に夜這いしに来るなんてことはありえないでしょうし、それを受け入れるだなんてもってのほかですよね」
「ハイ、ハイ……」
やっぱりばれていた。
奴隷ちゃんを出し抜くなんてできるはずがなかったんや……。
だから、俺は愛梨に何度も言ったのに!
「そろそろ、私の出番ですね。多くの人が待ち望んでいたエロ展開に発展します。奴隷、メイドという属性過多の私を、ぜひ美味しくお召し上がりください」
「ねえ、何でこんなにいきなりアクセル全開なの? 怖いんだけど」
自分の魅力のことを属性って言うなよ……。
こんなにもぐいぐい来られると、逆に引いてしまうんだよなあ……。
逆効果になっていると言うことに、そろそろ気づいてほしいものだ。
「まあ、とりあえずは住む場所だよな。屋根と壁のある場所を見つけないと。その後で……」
「エロエロ生活ですね」
「あー……もうそれでいいから」
ふうっとため息をつく。
マジでそろそろ何とかしないと、奴隷ちゃんに食われる気がする。
性的な意味で。
「ま、ともかく、今は疲れるようなことは言わないで……」
そこまで言って、俺は考えるよりも先に動いていた。
馬につないであった綱を断つと、馬はすでに危険を察知していたのか、すぐに逃げ出した。
そして、身動きの取れない俺を、奴隷ちゃんが抱えて飛びずさる。
その直後、荷台にズドン! と衝撃が走り、燃え盛る。
……燃え盛る?
「お、俺の家財があああああ!?」
ごうごうと明るく燃え上がる家財を見て、俺は慟哭するのであった。




