第79話 美しい世界を作ろう
ぶつかり合う鉄と鉄の音。
激しい剣戟の音だ。
人里離れた場所に一軒ある家は、ごうごうと燃え盛っていた。
その前で、激しい戦闘が繰り広げられている。
「おおおおおお!!」
その内の一人は、頭から血を流している。
軽い傷ではない。
一方で、彼と戦う男は無傷。
それに加えて、彼の後ろには大勢の人がいた。
数でも圧倒的に不利であったが、しかし戦っている当人以外が戦闘に手を出してくることはなかった。
正直、一人を相手にしているだけでこれだけボロボロになっているのだから、非常に厳しい状況だ。
なにせ、目の前の男を倒したとて、その後大勢待ち構えている連中と戦う羽目になるのだから。
しかし、逃げている自分の妻と娘という大切な存在を守るために、たとえ厳しくてもやらなければならないのだ。
「はぁっ!!」
家を燃やしていた炎が、剣にまとわりつく。
そして、それを振るうと、炎の波が無傷の男に襲い掛かった。
山火事なんて気にする余裕なんてない。
むしろ、それで何かが起きていると人が来てくれた方が助かる。
無傷の男は逃げるそぶりを見せない。
「(捉えた!)」
傷だらけの男が確信し、無傷の男が炎に飲み込まれて……。
「素晴らしい攻撃だ。思いがとても込められている。だが、俺には届かない」
「なっ……!?」
男が腕を振るっただけで、炎は霧散した。
そして、相も変わらず無傷。
一切のダメージを与えられなかった。
「さて、そろそろ追いかけなければならない。俺の仲間が追跡しているとはいえね。だから、もう終わりだ」
「そんなことは許さん! 妻と娘は、俺が守る!」
「素晴らしい意気込みだ。では、ぜひ頑張ってくれ」
圧倒的不利な状況でも戦意をみなぎらせる。
次の瞬間、その男の眼前には剣が迫っていて……。
◆
「はぁっ、はっ、はっ、はっ!」
必死に足を動かす。
息は非常に荒い。
舗装されていない道とも言えない道を走っているし、何より小さな自分の娘を連れているから。
一人だけならまだうまく走れるかもしれないが、決して彼女を見捨てるつもりはなかった。
自分の命よりも愛おしい存在なのだから。
しかし、そうしていると、追いつかれるのは必然だった。
彼女たちの目の前に、人影がずらりと現れる。
男も女もいる。
分かっているのは、嗜虐的に全員が微笑んでいることから、自分たちに害をなそうとしているということだけだ。
「何をそんなに逃げることがある? ボロボロになってまで、走ることもないだろう。それとも、何かやましいことがあるから逃げているのかな?」
「ど、どうしてこんな……」
「今、何が起きているか知っているだろう? とても悲しい出来事が起きている。知らないはずはないよな?」
女は、彼――――アマルディの言葉を理解できないでいた。
悲しい出来事というのに、心当たりがないからだ。
とある理由で、人里離れた場所で夫と娘と三人で暮らしていた。
そのため、外界の情報に疎いのだ。
アマルディの言っているのは、もちろん禍津會の報復作戦のことである。
勇者と王女が致命傷を負い、主要都市を軒並み落とされるという恐ろしい出来事。
その過程で、多くの人の命が失われている。
アマルディは、それがとても悲しい。
「だから、これは自衛のためだ。確認をさせてほしいんだ。あの最低な人間の集まりである禍津會の構成員でないかということを。転移者である君に確認するのは、当然のことだろう?」
「……ッ」
どうして自分が転移者であることを知っているのかと、女はのどを引きつらせる。
人里離れた場所で暮らしていたのは、彼女が転移者だからだ。
現地人である夫と結ばれたが、転移者である過去は今の生活の邪魔になる。
そう考えて、他人の目がない場所で暮らしていた。
「わ、私たちはそんな組織のことは知りません。その名前も、今初めて聞いたくらいで……」
「ああ、そうだろう。そこまで必死になっているのであれば、俺たちも信じるべきだと思う。君たちは禍津會の構成員ではない」
「だったら……」
女は希望を持つ。
実際、禍津會という組織のことは、何も知らなかった。
彼女は他の奴隷から逃れた転移者たちとは違い、特別な力は何もない。
夫に救い出された、無力な転移者だった。
だから、勧誘もなかった。
そんな彼女を安心させるように、アマルディは笑う。
「だが、構成員でなくとも、協力者である可能性は否定できない」
「え……」
「情報によれば、奴らは非常に数が少ないとされている。だというのに、この国を破壊し、人を多く殺せている。奴らの力もあるだろうが、協力者や裏切り者がいないとおかしいと思わないか? 実際、勇者パーティーや王女の側近にも禍津會の手が及んでいたようだ」
愕然とする女に、アマルディは懇切丁寧に話をする。
禍津會はとても油断ならない相手だ。
たとえ、そんなことができるはずもない見た目であっても、騙されるわけにはいかない。
「俺は、君たちがそうだと強く思っている。何せ、転移者だからな」
「そんな……私に何かをできる力なんてありませんし、協力もしていません。私を買ってくれた夫と、静かに暮らしていただけなのに……」
「ああ、旦那さんか。凄く残念だ。俺たちに協力してくれなかった。だから、不幸にも……こんなことになってしまった」
アマルディは、ひょいと何かを地面に投げ捨てた。
ゴロゴロと転がるそれは、じっと女を見上げた。
彼女の夫の生首であった。
襲撃を受け、彼女と娘を逃がすために一人残り、アマルディたちの足止めをしていたあの男であった。
「あ、ああ、嫌あああああああ!!」
「俺たちもとても残念に思っている。こんなことになるなんて……。抵抗せず、大人しく転移者を差し出していれば、ここまでにはならなかったというのに……」
事態を認識して絶叫する女に、沈痛そうな面持ちでアマルディは話しかける。
彼女にとって、夫は自分を地獄から救い出してくれた人だった。
そんな大切な人を殺されて、もはや逃げ出す気力もなく、慟哭する。
「私は、本当に何も知らないんです。それなのに、こんな……! あなたたちは、転移者を痛めつけて、殺したいだけじゃないですか!」
「めったなことを言うものじゃないよ、奥さん。俺たちは、そんなつもりは毛頭ないんだ」
悲しそうに言うアマルディ。
ハッとした女は、自分にしがみつく娘を抱きかかえる。
「こ、この子は……この子だけは、助けてください。まだ子供です。当然、何も知りませんし、協力なんてできません」
「そうだな、確かに君の言うことにも一理ある」
子供は助けてもらえるかもしれない。
そんな期待を、女は持ってしまった。
つい先ほども、そういった期待を手ひどく裏切られたというのに。
アマルディはニッコリと笑う。
「しかし、子供を使うというのは、下劣な組織にはよくあることだ。まさか、子供がするなんて、という先入観があるからね。だから、ダメだ」
「あ、あああああああああああああ!!」
二つの死体が新たに転がることになる。
これで、転移者を殺したのは10名ほどだ。
奴隷という立場から逃れ、この世界に必死に適応して生きてきた転移者たちだが、そんなものはアマルディたちに関係ない。
愛国。
この国を攻撃してきた転移者たちなんて、一人残らず絶滅させなければならない。
それこそが、彼らの行動原理であった。
「さあ、転移者のいない、美しい世界を作ろう」
第4章スタートです!




