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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第3章 転移者の報復編

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第78話 悔いのないように

 










「順調です!!」


 若井田は大きく両腕を開けて、クルクルと回っていた。

 まるで、欲しかったおもちゃを買い与えられた童女のようにはしゃいでいる。


 それを、白けた目で見ているのが三ケ田である。


「……あんたがこんなにテンション上げているのは初めて見たな。キモイ」

「た、確かにいい年をしていますが、キモイと言われるのはメンタルにダメージが来ますね……」

「へー。あんたに普通の人が感じるような感情ってあったんだ」

「私をいったいなんだと思っているのでしょうか……」


 肩を落とす若井田。

 しかし、すぐに復活する。


 嬉しいことがあれば、些細なことは気にならないものだ。


「いやはや、しかし順調です。しっかり準備しておきましたし、ついに実行できると士気が非常に高いこともありましたが、ここまでうまくいくとは……」


 彼の嬉しいこととは、もちろんこの世界への復讐である。

 ついに、地下に潜って耐え潜んでいた時代は終わり、表に出て大暴れすることが許される。


 さっそくとばかりに、禍津會の構成員たちは、この世界に牙をむいた。

 とくに、王国を見れば、一日にして主要都市を破壊しつくすという、大戦果である。


「あたしは改めて禍津會のみんなの戦闘能力の高さにビビらされたよ」

「あなたも相当なものになっていますけどねぇ……」


 どうにも望月に敗れてから自信を喪失してしまっているようだが、彼女もかなりの強者である。

 彼女がやばいという禍津會の構成員に鍛えられたのだから、それも当然だが。


 しかし、今は長いスパイを全うし、遂に帰還した英雄たちをほめたたえなければならないだろう。

 若井田は彼女らに視線をやった。


「王国の方でうまくいけたのは、お二方のおかげですね。どうもありがとうございます」

「別にお礼を言われる筋合いはないわ」

「そうそう。僕たちも自分たちのためにやっただけだしね」


 クールに答えるのは、勇者のスパイとして望月の動向を逐一報告し、禍津會との衝突を避けさせた愛梨。

 もう一人は、国家の中枢である王女の側近にまで上り詰め、国の機密情報を流していた雪である。


「しかし、やはり長くスパイをしていれば、情が移るというものなのでしょうねぇ。残念ながら、望月さんも王女も殺すことはできませんでした」

「……ためらったつもりはないんだけど」


 特にそういうつもりはなかったのだが、何とも嫌味ったらしくなってしまった。

 若井田は慌ててフォローする。


「ええ、それは蒼佑からもちゃんと話を聞いていますよ。ただ、追い打ちをかけておくべきでしたね。勇者の名は、伊達ではありませんから」

「まあ、そっちは別にいいんじゃない? 確かに殺せなかったのは痛いんだけど、こっちの世界の人間じゃないからね。強い殺意を持てと言われても、愛梨もむずかしいでしょ」


 若井田に続いて雪もフォローしてくれる。

 しかし、次に落ち込みを見せるのは彼女の方だった。


「それよりも、僕の方だよぉ。姫様を殺せなかったのは痛いなあ。あの子が敵に回ると、相当しんどいよ」


 またフォローしなければならないのか。

 若井田はちょっとげんなりしながら口を開いた。


「ただ、王国の文化として、王女が表立って出てくることはないでしょう。それに、致命傷であることは間違いないので、すぐに復帰するはずもありません。そして、復帰するまでに勝負はついています」

「まあ、勝負って言ってもこっちはとにかくこの世界にダメージを与えられたらそれでいいだけなのに、あっちは何が何でも守らないといけないもの。有利なのは、こっちだよ」


 三ケ田の言葉に頷く。

 守るものがある方が、人は強くなれるかもしれない。


 しかし、何も守るものがない人は、手段を択ばず結果も求めない恐ろしい人へとなり果てる。

 禍津會の構成員は、ほとんどがこれだった。


 大切な家族も、友人も、こっちの世界にはいないのだから。


「とはいえ、数だと圧倒的に負けていますからね。いい勝負になるんじゃないでしょうか?」


 簡単に終わってもらったら困る。

 それでは、復讐のし甲斐がない。


「ともかく、今のうちに進めましょうか。この世界を、この世界の人間を、皆殺しにしましょう」










 ◆



「はあ、疲れた……」


 俺は窓越しに夜空を見上げていた。

 肉体的にも精神的にも疲弊しきっている。


 肉体的というのは、もちろん禍津會との戦闘だ。

 ひたすら追いかけ回されていただけだが、だからこそ疲労度が凄い。


 精神的なものは、もちろん雪の乱入と奴隷ちゃんの暴走の制止である。

 その後の引っ越しの作業。


 ボロボロになっている状態で荷造りはしんどかった……。


「引っ越しの作業くらいで疲れてどうする。貧弱め」


 そんなことを考えていたら、俺以外の声。

 そして、奴隷ちゃんのものではない。


 愛梨や雪が侵入してきた気配もないので、では誰なのかというのが問題になる。

 真っ白で、足先につくほど長い髪。


 片目を隠している彼女は、どういう理屈か、ふわふわと浮いていた。

 マカ。


 俺に力を貸してくれている、よくわからない素性のしれない女だった。


「無理。内臓とか何個かないんだもん。普通に生きていられるのが不思議なくらいだわ」

「ここぞとばかりに自分の怪我の具合を自慢するな。みっともないのう」

「ドストレートな正論止めろ」


 普通、そう言われたら引くんだよ。

 しかし、マカには通用しなかった。


 悲しい。


「しかし、あまり貴様にも時間がないじゃろう。せっかくの残り少ない人生じゃ。大きなことを一つくらいしてみないでどうする」

「いや、お前が言うか? お前が俺を殺すのに」


 呆れたようにマカを見る。

 残り少ない人生にされたのは、もちろんこの世界とこの世界の人間のせいである。


 しかし、さらにそれを圧縮させた張本人が目の前の女である。

 そんな彼女に人生の生き方で説教されるのは、失笑ものだ。


「あまり正しくないのう、それは。あの時、契約した時から、貴様の寿命はガッツリ減ったと言ったろう。そして、その後の貴様の魂はわらわのもの。大切な契約じゃ」

「ガッツリ減らされた力、俺ほとんど使っていないんだけど」


 ほとんど使っていない力の押し売りで寿命が縮んだのって納得できない。

 過去に戻れるのであれば、昔の自分に教えてあげたい。


 この力、碌に使えないぞ。


「使う使わないは貴様の判断じゃ。どうせなら、それを使って大暴れしてみたらよい」

「うーん」


 なぜ俺に暴れさせようとするのか、この女は。

 怖い。


「まあ、好きにしろ。わらわの宿願は、すぐに果たされる」


 不敵な笑みを浮かべるマカ。

 心底楽しそうに、底意地悪い笑顔だった。


 それを見てイラッとした俺は、ポツリと一言。


「奴隷ちゃんけしかけたいなあ……」

「それは止めろ。止めて」


 弱弱しく懇願するマカであった。

 まあ、彼女の言う通りあと少しだし、俺も悔いのないように生きるとするか。




第3章終わりです!

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