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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第3章 転移者の報復編

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第76話 逃げよう

 










 禍津會の討伐作戦は、大失敗に終わった。

 結果から見ると、禍津會の構成員は誰一人として捕らえることはできず。


 逆に、高い戦力である勇者望月と心優しい慈愛の王女ベアトリーチェが致命傷を負う羽目になった。

 幸い、迅速な対応と最高の医療技術によって一命はとりとめているが、いつ命を落としてもおかしくない瀬戸際に、まだ彼らはいた。


 そして、さらに人々に衝撃を与えたのは、勇者パーティーの一員であるアイリスと、王女の側近であるユーキの離反である。

 社会的にもかなり地位の高い二人が、実は転移者であり、禍津會の構成員であったことは、大きな衝撃を与えた。


 何より問題だったのは、彼女らが『転移者だと思われていなかったこと』である。

 アイリスはまだいい。


 彼女は、言ってみればただの冒険者だ。

 望月という高名な勇者と同じパーティーだったので社会的な地位も高かったが、冒険者は転移者でなくとも何かしら過去に問題があった者もそれなりにいる。


 だが、ユーキは別だ。

 彼女は王女の側近という非常に高い地位にまで上り詰めていたし、騎士という立場でもあった。


 誰もが、彼女が転移者だなんて思ってもいなかったのである。

 しかし、現に彼女は転移者であり、王女の殺害を試みて、今では禍津會に合流している。


「もしかして、転移者ってどこにでもいるんじゃ……」


 そんな不安を抱く者が現れても不思議ではなかった。

 転移者は、娑婆に出ている者はほとんどいないと言うのが常識だった。


 何せ、奴隷から解放される前に大抵死ぬからだ。

 だが、ゼロではない。


 そして、そんな彼らは、巧妙に自分たちの立場を隠して社会に身を潜ませているのだとしたら?

 騎士などの高い身分にも紛れ込んでいるかもしれないし、それよりも隣に住んでいる人が転移者である可能性の方が高い。


 そんな彼らは、この世界と人々に対して、強烈な敵意と殺意を抱いている。

 笑いあっている目の前の人間が、突如としてナイフを突き立ててくるかもしれない。


 それは、多くの人々を疑心暗鬼にさせるには十分だった。


「人っ子一人いねえ……」


 理人は奴隷ちゃんと一緒に街を歩きながら、ポツリと呟いた。

 彼らが住んでいる街。


 本来なら、人通りも活発で賑やかな場所であるはずが、今は誰も外を出歩いておらず、まるでゴーストタウンのようになっていた。

 しかし、人はまだ住んでいる。


 周りの人を警戒しているため、誰も外に出歩くことができないでいた。

 生活必需品を購入する際は、武装して外出するほどの徹底ぶりであった。


 理人は、取り調べから解放されて、自分の家に向かっていた。

 彼は転移者であることは暗黙の了解であったため、禍津會とつながりがないか調べられていたのである。


 結局、明確な証拠がないということと、瀕死の望月を助けたということから、釈放されていた。

 とはいえ、こんな状況に陥ってしまったので、転移者に対する風当たりは強くなる一方だ。


 理人も解放されたとはいえ、何かあればすぐにでも牢獄にぶち込まれ、処刑されるだろう。

 そんな状況で自分たちの家に戻ってくれば、まあ想像していた通りのことになっていた。


「転移者かどうかわからない状態でさえそれなんだから、俺みたいにはっきり転移者だって分かっていたら、そりゃこうなるよな」


 嘆息する理人の前には、ボロボロに荒らされた家があった。

 窓ガラスは割られ、壁や屋根も損傷している。


 転移者への迫害。

 必ず起きるだろうとは思っていたが、それは理人にも及んでいた。


「掃除が大変ですね」

「ああ、もちろん俺も手伝うよ」


 いくら奴隷とはいえ、彼女だけに掃除をさせるわけにはいかない。

 そう思って理人は言ったのだが、彼女が言いたかったことは微妙に違った。


「いえ、大丈夫です。おそらく数人でしょうから、一瞬で片付けできます」

「あ、下手人の掃除(物理)の話でしたか……」


 どのような手段を行使するかは知らないが、本当に奴隷ちゃんなら一瞬で下手人を見つけてお仕置き(ガチ)をすることだろう。

 自業自得だが、さすがにかわいそうに思える理人であった。


「とりあえず、とんでもなくこの街にいづらくなったのは間違いないな。ここだと、俺が転移者だってはっきりバレているわけだし」

「マスターのご命令をいただければ、皆殺しにしてきますが」

「禍津會みたいなことになるからやめよう。別のテロ組織の誕生になってしまうから」


 冷や汗を流す理人。

 本当に奴隷ちゃんならこの世界のすべてを殺戮しつくせそうで怖い。


 禍津會をも超える恐ろしい概念になりそうだ。


「まあ、とりあえず引っ越しだな。今のこの国で、ゆっくり安心できる場所はないと思うが」


 ふーっと息を吐きながら、引っ越しを宣言する理人。

 彼にとって、別にこの場所に思い入れがあるわけでもないので、場を去ることは何ら問題なかった。


「禍津會の攻勢がさらに強まっているようですね」

「だなあ。今、こっちは混乱していて指揮系統もめちゃくちゃだし、あっちの思うつぼだろう。しかも、あっちは極めて少数で行動するから、神出鬼没なんだよな。軍隊の移動みたいに、動きの予測ができない。これは厳しいなあ」

「他人事ですね」

「まあな」


 他人事は他人事である。

 この世界の住人でもないし、この世界を守りたいと思えるような殊勝な性格はしていない。


 というか、禍津會の構成員とバトルなんてしたくない。

 怖い。


「しかし、転移者と異世界の戦争か。また凄いことになったなあ……」

「マスターは、どちらに?」


 奴隷ちゃんがじっと見上げて理人に問う。

 いつになく真剣な問いかけだ。


「ん? どっちもこっちもないと思うけどなあ……」


 苦笑しながら答えると、理人は空を見上げる。


「まあ、なるようになるだろ。とりあえず、迫害と差別が怖いから逃げよう」

「さすがです、マスター」


 やっぱり適当にさすがですって言っているだけだよな?

 釈然としないものを抱えつつ、理人は脳裏に浮かんだ二人の名前を口に出す。


「アイリスとユーキなあ……。二人とも、元気にしているかね」




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