第75話 も、望月ぃ!
「という感じで、王族にも襲撃がいっているから、正直禍津會の討伐の指揮なんてできないほど混乱しているはずよ。だから、これでおしまい。あなたを助けに来てくれる仲間は、誰もいないわ」
「そ、んな……」
倒れながら、望月は絶望する。
禍津會に、こんなにもうまく掌の上で転がされるなんて……。
追っていたはずで、追い詰めていたはずだった。
しかし、それは全部夢想。
信じていた人に裏切られるという最悪の結果で終わるのであった。
「でも、うまくいったな。俺たちを目の敵にする高い戦力の勇者を潰し、王女を弑して混乱を引き起こす。口で言うのは簡単だが、よくもまあこんなにうまくいったと思うよ」
「雪がうまくやっているかは分からないけどね。さっさとここから逃げ出すべきだわ」
雪が失敗していたら、本当に望月の言う通り、ここに冒険者たちが集まるだろう。
正直、それでも負けるつもりはない。
大都市を一人で落とした精鋭たちが、複数いるのだから。
しかし、集められた冒険者たちも、また精鋭。
どうせ潰すなら、しっかりと準備をしてからの方がいい。
それに……。
「でも、リーダーもいるんだもの。うまくいかないはずがないわ」
「そうだな」
相変わらずの懐き具合だな、と蒼佑は苦笑いする。
まあ、彼もリーダーに対してかなり熱い信頼を向けているので、人のことを言える義理はないのだが。
「それじゃあね、優斗。これから、頑張って復讐をするから、あの世から見ていてね」
ドロリと濁った瞳で、そう告げるアイリス……もとい、愛梨。
ひらひらと手を振って、蒼佑と共にこの場を去って行った。
「アイリス……」
致命傷を負っている望月はそれを引き留めることすらできず、力なくその背中に名前を呼びかけ……動かなくなった。
◆
俺は必死に走っていた。
それはもう必死に。
だって、そうだろう?
背後から人を焼き殺せるだけの業火が、いくつもいくつも飛来してくるのだから。
死に物狂いで逃げるのも当然だ。
まあ、俺って内臓とかもダメージあるから、そんなに体力ないんですけどね。
だから、本当ならとっくに焼死体になっていることだろう。
マカの力で、何とか防いでいるけど。
『わらわの使い方が荒いのぅ……』
お前の使い道ってこれしかないじゃん。
普段から俺にちょっかいをかけ続けているのだから、これくらい許せ。
「すっごくすばしっこいわねぇ、あなた。逃げるのが得意なのかしらぁ?」
呆れたように、しかしどこか面白そうに女――――響は笑った。
包帯を全身に巻いていることから、かなり異質な見た目である。
転移者であることから、彼女がとてつもなく苦労したことは、その見た目からして分かった。
望月みたいなタイプが異例だもんなあ。
だけど、こんな全力で殺しにかかられるのは困る……!
「本当に逃げたいことからは逃げられないけどな」
今回みたいな。
逃げようと思ってもなんだかうまくいかない。
何かこういった現象の名前とかないのだろうか?
迫りくる業火をマカの力で消しながら、俺は嘆く。
「でも、こんなにも捉えられないのは初めてかもしれないわぁ。自信をもっていいと思うわよ」
パチパチとやる気のなさそうな拍手を向けてくれる。
じゃあ、もうそろそろ諦めていただいていいですかね?
「まあ、あなたも凄いけどぉ……あっちはもっとすごいというか……えげつない?」
包帯で表情を伺うことはできないが、声音的に随分と引いているような感じだ。
まあ、俺もちょっと引いている。
視線を向ける先には、禍津會のもう一人の女である杠と、特級戦力である奴隷ちゃんがいた。
戦闘……をしているわけではない。
一方的な追いかけっこである。
「むう。さっさと殺されてください。面倒くさいので」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
奴隷ちゃんが追いかけ回し、杠が逃げる。
時折奴隷ちゃんが攻撃を仕掛けるたびに、地割れが起きて街が破壊されていく。
……おかしいな。この子、魔法も武器も使わず、素手で戦っているはずなんだけど……。
巨大な都市を一人で落とした禍津會のメンバーも、逃げの一択だ。
杠はあまり表情は変わっていないが、冷や汗は大量に流しているし、目の下の濃い隈がさらに濃くなっている気さえした。
……大都市を一人で破壊しつくした禍津會の構成員を、一対一で追い詰める奴隷。
なにこのパワーワード。
「マジで無理。響、代わって」
「あなたが逃げ一択になるような相手を、私が引き受けられるはずがないでしょ。私はこのままこの人と熱いデートをしているから、時間稼ぎしておきなさい」
デート……?
人を殺そうと追いかけ回すことって、この世界だとデートって言うんだ。
へー。
……こいつ、転移者だったらこの世界の人間じゃないよな?
こいつのいた地域だと、そういうバイオレンスなデートが流行っていたのだろうか?
恐ろしい……。
奴隷ちゃんの猛攻を、何とかという状態ではあるが逃げ続けている杠。
彼女の身体は、バチバチと小さな電気がほとばしっていた。
なるほど。要領はよくわからないが、電気を身体にまとわせて、身体能力を無理やり引き上げているのか。
確かに奴隷ちゃんから逃げられるのは凄いと思うが、あれは後遺症がかなりきつそうだ。
「無理。身体がバチバチ悲鳴を上げている。これ以上したら死ぬ。まだ人間いっぱい殺していないのに、死にきれない」
「おかしいよね、生への執着理由が」
死にたくない理由が人を殺していないからって、どんなバーサーカーだよ……。
普通に死にたくないだけでいいじゃん……。
「……ああ、終わったみたいねぇ」
「んあ?」
唐突に、響がポツリと言った。
え、気づかないうちに殺されているパターン?
慌てて自分の身体を見下ろすが、特におかしな点はない。
「じゃあ帰る。今すぐ帰る。さっさと帰る」
「諦めてくれるのか?」
響はともかく、杠は今すぐにでも逃げ出すような感じだった。
まあ、奴隷ちゃんならともかく、俺が相手なら逆に返り討ちにされるだろうから、追討するつもりはない。
「ええ。もともと、私たちはあなたを殺すつもりはないからぁ。目的は、勇者の殺害よ。それが終わったら、もうここに長居する理由はないわぁ」
「勇者の殺害……?」
え、望月殺されたの?
「いつまで話をしているの。早く逃げる。もう無理」
「はいはい。じゃあね。またぁ」
ひらひらと手を振って、禍津會の構成員たちは姿を消した。
杠の方はほとんど瀕死みたいになっていたが。
そんな、ネズミをいたぶる猫のように追いかけまわしていた奴隷ちゃんが、近くにやってくる。
「追いかけて殺しますか?」
……これ、本当に命じたら余裕でできちゃうのが怖いよなあ。
「いや、いいんじゃないか? それよりも、気になることを言っていた。早く望月のところに行ってみよう」
慌てて移動する。
戦闘の流れでかなり離れてしまったので、少し時間がかかって望月の元にたどり着いたのだが……。
「も、望月ぃ!」
血だまりに沈む彼を見て、思わず悲鳴を上げてしまう俺であった。
グロイ!




