第73話 もう死ぬんだから
「どう、して……」
色々と聞きたいことは頭の中にたくさん浮かぶが、それを口にできないほどダメージを負っていた。
肉体的にはもちろんのこと、精神的にもだ。
自分の信頼できるパートナー。
そんな彼女が、自分を裏切っていたなんて……。
信頼していた人に裏切られるのは、これほどつらいものなのか。
望月は今それを実感していた。
「理由は簡単よ。この世界と、この世界の人間が許せないの。全部めちゃくちゃに破壊してやりたいし、皆殺しにしてやりたい。だから、あたしは禍津會にいるの」
「そんな……」
「優斗、あたしはあなたが好きよ。だって、人のために真剣になれるのって、とてもすごいことだもの。素敵よ。でも……あなたにとって大切なのは、この世界の人間なのね。だから、あたしとは相いれないのよ」
アイリスは本当に悲しそうにしている。
だが、その声に迷いはなかった。
すでに、彼女は訣別していた。
望月と敵対し、戦う覚悟を決めていた。
いったい、いつからそんなことを決めていたのだろう。
それを隠して一緒に行動していたということは、望月に決して小さくない衝撃を与えた。
「そんなことは、ない。だって、僕は転移者のために……」
「あなたがしていることは、転移者に我慢を強いること。その間に、転移者がどんなひどい目に合うのか、想像もできていない」
「そんなことは……」
「あるわ」
言葉をさえぎられる。
きっぱりと断言されて、否定の言葉を吐けなかった。
「だって、あなたはあたしたちのような地獄を経験していない。だから、聞いただけなのよ。経験していないからこそ、そんな悠長なことができるの。経験していない奴には分からないわよ。この憎しみと怒りは」
心底憎々し気に顔を歪めるアイリス。
実際、望月は奴隷になったことがない。
手厚く保護され、苦痛を味わわされたことは一度もない。
もちろん、転移者が過酷な状況にあることは知っている。
だから、転移者の地位向上のために頑張ってきたのだ。
だが、直接経験した者と、ただ聞いただけの者。
その立場と拷問内容に、どれほど真剣に向き合えているかというと、間違いなく前者となる。
それは、決して望月がダメだから、という理由ではない。
人間とは誰もがそういうものだ。
自分が経験しなければ、本当に真剣に取り組むことができないのである。
「話してあげようか? あたし、まだ優斗には話していなかったわよね?」
「おい、止めろ。お前、過去を思い出したらトラウマで発狂するんだから。あの人がいる前でだけしとけよ。あの人しかお前を大人しくさせられねえだろ。俺は愛する妻がいるから、そういうことはしねえからな」
心底嫌そうに言う蒼佑。
そんな彼をじっと見上げて、しばらく硬直。
そして、アイリスは深く頭を下げた。
「ごめんなさい」
「おい、それはどういう意味だ? バカなことを言ってしまったという謝罪だよな? 俺が願い下げだってことじゃないよな?」
まったく興味のわかないガキではあるが、切り捨てられるのは心外である。
蒼佑は深く息を吐き、倒れる望月を見る。
「まあ、お前も気を許しすぎたってことだな。あれだけ禍津會を追い求めていたのに、ほとんど遭遇できなかった理由って考えなかったのか? それは、アイリスからお前の情報が全部入ってきていたからだよ。鉢合わせしそうになったら、雲隠れしていたんだ。……最後の辺りは、お前の調査力も上がってかなり面倒くさかったな」
ずっと、アイリスは情報を禍津會に送っていた。
ギルドの内部の情報や、禍津會についてどういった対応がとられようとしているのか。
何より、高い能力を持っていて、禍津會を滅ぼそうとする望月の動向。
それらは、全部アイリスによって筒抜けにされていた。
だから、今まで鉢合わせも若井田たち以外はなかったのである。
「ぐっ、うっ……!」
「動かない方がいいわ。死ぬことをより早めるだけよ」
立ち上がろうとする望月に、アイリスが言う。
しかし、構うものかと声を張り上げる。
「こ、こんなことをしても、何も君たちに得はない! すぐに仲間が……!」
「確かにそれはあるでしょうね。でも、たぶん来られないんじゃないかしら? 今頃、大パニックだと思うわ」
この禍津會討伐作戦には、望月たちだけではなく、優秀な冒険者や兵士が参戦している。
他の街に構成員がいないと知れれば、すぐにでも集まってきてくれるだろう。
そうなったら、アイリスたちの終わりだ。
だが、彼女たちは余裕の表情を崩さない。
絶対助けが来ることはないと確信していたからだ。
望月の顔がサッと青ざめる一言を、アイリスは言った。
「あたしみたいなスパイが、一人だけしかいないと思う?」
◆
ベアトリーチェの元には、禍津會討伐作戦の報告が適時上がってきていた。
彼女が作戦を主導したということにはできないため、本来なら情報も上がってこないはずである。
だが、大きな役割を果たしたということは兄であるルドルフも理解しているため、表に出さないことを条件に作戦に参画することを許されていた。
「姫様、禍津會討伐作戦に出ていた冒険者たちから報告が上がっているよ。どうやら、そこに構成員はいなかったみたいだ」
ユーキから報告を受けて、ベアトリーチェの頭は回転する。
自分がその場にいなくとも、その断片的な報告だけで事実が頭の中で積みあがっていく。
禍津會の目的は、征服ではなく破壊である。
そのため、一度制圧した街にのさばる必要はないのだ。
では、彼らはどこに行ったのか?
自分たちのアジトに戻ったのか、あるいは……。
「なるほど。報告が上がっていない場所は?」
「ここだね。転移者がやたらと多いチームだったはずだよ」
ベアトリーチェの前に広げられている大きな地図。
ユーキはそこに描かれている一つの都市を指さした。
「あなたをボコボコにしたリヒトさんが向かった場所ですね」
「ぼ、ボコボコまではされていない!」
「読まれていた? 転移者が多いチームに構成員が集まったのは……仲間に引き入れるため?」
断固として抗議すると声を張り上げるユーキを無視して、ベアトリーチェは考える。
理人たちを潰すためだったら、まだマシだ。
彼らはそう簡単に倒されないだろう。
だが、彼ら転移者を引き込むためだったら最悪だ。
望月は強く敵視していたからないかもしれないが、理人は分からない。
そう、ベアトリーチェは理人のことが分からないのだ。
彼の理念、思想、価値観。
それらを一切知らない。
この人間の根幹ともいえる場所を知らなければ、その人がどのように行動するのか想像もつかない。
ベアトリーチェは他人のそれを見抜くことに長けているが、しかし理人だけは見抜くことができていない。
かかわりを持ってから短く、会話をした回数も多くはないため、それは当然ともいえるのだが……。
何にせよ、さすがに理人までも取られたら、非常にマズイ。
「ユーキ、すぐに指示を飛ばしてください。素早く応援に行かせるように。ただでさえ強い禍津會に、リヒトさんを取られると非常にまずいことになります」
「うーん、姫様の言っていることは凄く分かるんだけどね。別にそんなことをする必要なくない?」
ユーキは平然と言うので、ベアトリーチェは頭を抱えたくなる。
この女の転移者嫌いも困ったものだ。
非常に優秀だから、切り捨てることはありえないのだが。
ため息をつきながら、ベアトリーチェはユーキを説得しようとした。
「ユーキ、あなたが転移者を嫌いなことは分かっています。ですが、今は……」
「ああ、いや、そうじゃなくて……」
ユーキが否定する。
別に、転移者が嫌いだから、彼女の言ったことを否定したわけではないのだ。
理由は別で、それも至極簡単なこと。
「……え……?」
呆然とベアトリーチェが自分の身体を見下ろす。
胸から突き出る細剣。
刃には血が滴っている。
もちろん、ベアトリーチェはいきなり身体から剣が生えるようなびっくり人間ではない。
背後から胸を一突きにした、ユーキのせいだ。
彼女は人形のような無表情で、崩れ落ちるベアトリーチェを見下ろした。
「もう死ぬんだから、いちいち気にする必要ないでしょ、ってこと」
禍津會構成員、ユーキ……改め、雪。
転移者である。
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