第72話 なあに、優斗?
アイリスこと愛梨は、魔法を使うことができる。
それも、爆発という、非常に殺傷能力と破壊力の高い魔法だ。
これのおかげで、奴隷という立場から抜け出すことができたと言っても過言ではない。
無論、きっかけは『彼』に助けられたということが大きいが、この力で自分だけでも生きていけるようになったのは事実だ。
「くっ……!」
巨大な爆発を受けた蒼佑は、立っていられず地面に倒れる。
すぐに起き上がろうとするが、もちろん望月がそれを許さない。
彼の細い首元に、剣を当てる。
「おっと、動かない方がいい。君の能力が僕の顔を覆ったとしても、その間に君の首をはねる」
「いいのか? 俺を殺しても、その能力が解除されると決まったわけじゃないんだぞ?」
「なら、試してみるかい? まだ、君には死ぬ覚悟はないように見えるけど」
死を覚悟した人間というのは、目や表情に出る。
望月の見たところ、蒼佑にそれはなかった。
彼はスッと目をそらす。
「……覚悟ならあるさ。だが、まだ死ぬわけにはいかない。この世界に、この世界の人間に、復讐は完全に終わっていないんだからな」
「それが納得できない。確かに、つらいことがあったのは分かる。でも、復讐をしたとしても、また復讐の芽が生まれる。復讐の連鎖が続いていく。終わりがないじゃないか」
復讐をすれば、その人を大切に想っていた人が、また復讐に走る。
その連鎖は終わることはない。
誰かが止めなければならない。
そんなことは、望月に言われなくとも、蒼佑だって理解していた。
「ああ、そうだ。だが、どうして俺たちが我慢しなきゃならない? 飲み込めるような仕打ちじゃなかったんだよ」
ギロリと殺気のこもった目を向けられて、望月は思わずのどを鳴らす。
強烈な怒りと憎しみは、人を威圧するには十分だった。
「お前は本当に恵まれた環境にいたんだな。俺たちからすると、考えられないほどの幸運だ。奴隷から抜け出した今でもお前が羨ましくて殺したいくらいだし、少し昔までなら、なりふり構わずお前を殺しにかかっていたくらい妬ましいよ」
「何を……」
「この世界に来たとき、俺は一人じゃなかった。俺の子供と一緒だったんだ」
思い返す蒼佑の顔は、少し穏やかだった。
大切な人を思い返しているからだ。
だが、すぐにそれは険しく、鬼の形相に代わる。
「殺されたよ。俺の目の前で、水の中に沈められて。理由もなく。……いや、楽しいって理由はあるか。叫ぶ俺を見てとても楽しそうに笑っていたよ」
「な……」
望月は唖然とする。
転移者がひどい目に合っているということは、彼も知っている。
だから、地位向上をさせようと、必死に頑張ってきたのだ。
だが、直接目の当たりにしたことはなかった。
蒼佑の言っていることが真実である証拠はどこにもないが、その表情と声の強さから、信じる理由には十分なった。
「その後も、楽しそうに俺をいたぶってくれたよ。人間って、絶対に反抗できない人間を痛めつけるのが好きなんだな。この世界に来て、初めて分かったよ。身をもって実感したからな」
そして、彼は鬼の形相で望月を睨みつける。
思わず後ずさりしそうになるのを、必死にこらえる。
「……許せるわけねえだろうが! 俺の、自分の命よりも大切なあの子を殺されて……復讐しないわけねえだろ!!」
「だ、だけど、君が街を破壊して殺した人の中に、君の子供を殺した人はいなかった。八つ当たりだ! そして、君は自分がされたことをしている。同じ辛い目に合わせているということなんだぞ!」
殺人を正当化できない。
望月が強く考えていることだ。
それに、蒼佑たちを傷つけた本人にやり返すならまだしも、それに関与していない人々を殺すのは、明らかに常軌を逸している。
これでは、支持できるはずもなかった。
だが、蒼佑も望月に理解してもらおうなんて思っていない。
「お前の言っていることは正しいよ。だけど、正しかったらそれでいいわけじゃないんだ」
理屈ではその通りだ。
ただ同じ世界、同じ時を生きているだけで、自分がしたことのない行為の報復で殺されるなんて、ありえない。
元の世界にいた時ならば、蒼佑だってそう考える。
だが、今この世界に来て、子供を虐殺され、自分も拷問され……考えは変わっていた。
感情が納得しないのだ。
転移者をカースト最下層に追いやり、それで成り立っている世界。
その世界の構造を許容して生活している人々が、許せないのだ。
「俺は……俺たちは、たとえお前に何を言われようとも、この報復を止めるつもりはない。言葉じゃ、俺たちは止められない。殺せ。殺さないと、誰も止まらねえよ」
「……ッ! 残念だ」
「ああ、それと……」
グッと歯をかみしめ、それでもこれ以上の惨劇を防ぐために、蒼佑を殺す覚悟を決める望月。
だが、蒼佑は笑っていた。
そんなことができるはずないと、笑っていた。
それは、望月の性格上人殺しができない、と思っているわけではなかった。
この戦いは、まだ終わっていない。
「お前、自分が勝ったつもりでいるのか?」
「……ここから、君が逆転できるとでも? 君の仲間も、まだリヒトさんたちと戦っているようだよ」
警戒しながら、望月は油断しない。
遠くからは、まだ戦闘音が響いてくる。
理人だけならすでに終わっていたかもしれないが、奴隷ちゃんがいる以上、彼に敗北はない。
蒼佑の仲間たちが助けに来ることなんて、ありえないのだ。
だが、そんなことを言っているわけではなかった。
彼は薄く笑みを浮かべ続ける。
「ああ、そうじゃない。疑問に思わないのか? 俺は倒れてこそいるが……大してけがをしていないぞ? あれだけの爆発を受けて、ほとんど無傷だ。おかしいと思わないのか?」
「な、にを……」
蒼佑が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。
だが、ここで改めて彼の身体を見る。
確かに、人を飲み込めるほどの爆炎が巻き起こったにもかかわらず、火傷の後もほとんどない。
血を流している部位もない。
衝撃で姿勢を崩して倒れはしたものの、言う通り怪我をしていなかった。
それは、なぜなのか?
答えは、望月の背後から返ってきた。
「――――――こういうことよ」
ドン、ととてつもない衝撃が望月を襲った。
想定していなかった、背後からの攻撃に、彼はなすすべなく空へと打ち上げられた。
そのままの勢いで、地面を転がる。
「がはっ!?」
甚大なダメージが残った。
血を吐き、望月はまったく立ち上がれなくなる。
今のは……爆発?
そして、そんな攻撃を使えるのは、彼は一人しか思い至らなかった。
「ふう、あぶねえ。お前、本当に俺を殺すつもりじゃなかっただろうな?」
「怪我させてないでしょ。あれくらい派手にやらないと、優斗は騙せないのよ。優斗って、凄いんだから」
「のろけは止めろ」
蒼佑が立ち上がっていた。
まだ現実を受け止めきれない部分が、アイリスに逃げろと叫んでいるが、しかしそれは明らかに杞憂だった。
なにせ、蒼佑は彼女に危害を加えようとしているわけではなく、むしろ親し気に話しかけているのだから。
「あい、りす……?」
「うん。なあに、優斗?」
ニッコリとアイリスが笑う。
いつもみたいな、可愛らしい笑顔だ。
優斗を裏切り、背後から攻撃を加えた後とは思えない。
凶行を犯した直後の反応としては異常であり、だからこそ望月の背筋に冷たいものが伝った。
「ど、ういう……」
「まだわからないのか? 俺が立っていて、お前が倒れている。こいつの攻撃でな。もう分かるだろ?」
蒼佑はそう言うと、優秀な仲間を自慢するように胸を張った。
「禍津會構成員、アイリス。俺たちの仲間だよ」
「ごめんね、優斗」
そういうアイリスの表情は、謝罪をしているとは思えないほど冷たかった。
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