第68話 選択肢ないやんけ
「――――――!!」
怒号が響き渡っている。
それは、転移者に対する怨嗟の声だ。
まあ、はっきりと転移者の組織だと言ってしまえば、そうなるよなとしか言えない。
転移者は、この世界ではカーストが最も低い。
積極的に迫害されているわけではないのだが、誰かが助けてくれることも決してない。
なにせ、この世界の人間ではないのだから。
この世界で生み出された財や資源で、異世界からやってきたよくわからない人間たちを助けるはずもない。
それは当然だろう。
そして、別に多くの人は積極的に転移者を迫害しているわけでもない。
ただ、ナチュラルに見下してはいるし、搾取することが当たり前だとは思っている。
思っていなくとも、無意識のうちにそれが当然だと認識してはいる。
まあ、彼らが生まれる前からのこの世界の仕組みだから、別にこの世界の人々が悪いというわけではないのだが。
だから、今まで彼らは特別転移者に対して思うところがあったわけではなかっただろう。
だが、今回の出来事で、一気に感情は悪化した。
当たり前だ。
今まで見下してきた転移者が、あろうことか歯向かってきたのだ。
しかも、テロという非常に重たいことを仕出かして。
そりゃ腹が立つし、怒りが爆発するのも不思議ではない。
飼いならしていた子犬が噛みついてきたようなものだ。
「やっぱり、転移者なんてろくでもない奴しかいない!」
「今は動いていない転移者もスパイよ! 捕まえるべきだわ!」
どんどんと過激な言葉が出てくる。
うーん、この居心地の悪さ……。
俺はゴリゴリ転移者だし、捕まえられるのは非常に困る。
さて、どうやって逃げようかと悩んでいると……。
「待ってください! すべての転移者が禍津會に所属しているわけではありませんし、世界の破壊という思想を支持しているわけでもありません! 彼らを見て転移者を丸ごと評価するのは止めましょう!」
大きな声を張り上げる望月。
本来なら聞き捨てられていたであろう言葉だが、言っているのが貢献度の高い望月であるということで、冒険者たちも聞く姿勢を見せる。
俺が同じことを言っても、たぶん誰も聞かなかっただろう。
これは、彼が今まで努力してきた結果だと言えた。
「……僕は転移者です。ですが、僕は禍津會のしていることを支持しませんし、この世界を守るために彼らと命を懸けて戦うつもりです。……僕も皆さんの敵になりますか?」
「それは……」
「だけど、全員が全員お前みたいな奴じゃないだろ。禍津會のしていることを支持する転移者だっているだろうし、こっちの味方のふりをしていて、実は隙を伺って殺しに来るとか、そういうことをする奴だっているはずだ。信用するのは難しいだろ」
望月が転移者であることは、公然の事実だった。
特に隠そうともしていなかったから、当然だろう。
しかし、そんな望月を信頼できても、他の転移者のことは信じることができない。
冒険者たちは、そう考えていた。
俺とか信用されなさそう。
されても困るんだけど。
「一つ、ご提案があるのですが……」
ギルド職員がおずおずと言葉を発する。
「そもそも、自由な立場にいる転移者というのは、非常に少ないです。確かに禍津會の構成員は高い能力を全員が保有している可能性がありますが、それは禍津會以外の転移者にも該当するというわけではありません」
「どういう意味だ?」
「最悪、私たちが把握できていない転移者がいたとしても、それほど強くなければ、背後から攻撃されても対応は可能だということです」
職員の言っていることは、あながち間違いというわけではない。
要は、裏切り者とか背後から攻撃されることとか気にせず、禍津會を潰せと言いたいのだろう。
いちいち気にしていても仕方ないということか。
まあ、理屈としては分からないでもないのだが、納得できるかどうかというとできないだろう。
なにせ、それを信じて戦っていれば、後ろから攻撃されて命を落とすのは自分になるのだから。
「だけど、それだと希望的観測に過ぎないわ」
誰もが思っているであろうことを口にすれば、職員はとんでもないことを言い出した。
「はい。ですので、転移者の方々には、強制的に禍津會討伐に参加していただきます」
な、なに言ってんだこの雌ブタ!?
ありえねえ! どうにかして理由をつけて逃げようとしている俺に、強制だと!?
人種差別だ! どっかに訴えてやる!
……あ、この世界に人権保護団体みたいなのはなかったですね。
泣き寝入りだぁ……。
「お、俺たちもか!?」
「いいえ。転移者以外の皆様は任意です。無論、参加していただいた場合は、高い報酬がありますが」
冒険者が泡を食ったように尋ねれば、職員は否定する。
ほっと肩をなでおろす奴もいるが、強制対象である俺はまったく安心できない。
ひどすぎる……。
「しかし、転移者の皆様には強制的に参加していただきます」
「ど、どうしてそんな……」
「……踏み絵、だそうです。参加し死力を尽くして禍津會と戦うのであれば、味方。しないのであれば、敵。そう判断するためです」
とんでもないことを言っているはずの職員も、あまり顔色はよろしくない。
つまり、彼女が考えたのではなく、ギルド……。
いや、もっと上か?
本来なら考えつかないが、ついこの間そういう思考をしそうな上の立場の人間と知り合っている。
どうしても気になってしまったので、問いかける。
「ちなみに、それは誰が考えたか聞いてもいい?」
「……やんごとなきお方です」
職員は心底言いづらそうにしているが、だからこそ確信した。
あの王女だ!
絶対あいつだ!
立場的に直接命令を出したのはベアトリーチェではないかもしれないが、絶対入れ知恵したのはあいつだ!
容赦のなさ、効率性しか考えていないような作戦。
俺の知っている中では、彼女以外には考えられなかった。
「この街の名士であるマイコ・スタルトは、この踏み絵で我々に協力することを拒否したため、禍津會側の転移者であると判明しました」
職員から聞かされ、俺は眉を顰める。
転移者であり、しかも禍津會のパトロンでもあった舞子さん。
結局、王女の踏み絵で完全に敵対することを選んだようだ。
とはいえ、捕まってしまったらベアトリーチェの思うつぼだろうが。
一度、彼女はスタルト家の財力を狙って舞子さんに襲撃を仕掛けているほどだ。
舞子さんを処分できてスタルト家を掌握することができるのは、ベアトリーチェにとっても望むところだろう。
「捕まえたの?」
「いえ、姿が消えましたので、捕まえられていません」
そう簡単に捕まる人ではなかったか。
もともと、そういうことも考えて逃げるための策を用意していたのだろう。
それとも……。
今は、舞子さんのことよりも自分のことだ。
職員の目は、望月と俺に向けられていた。
「他の転移者の皆様は、どうされますか?」
……選択肢ないやんけ。
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