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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第3章 転移者の報復編

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第66話 攻撃開始2

 










「はあ、静かだ……」


 響が虐殺をしている都市とは、また違う都市。

 王国には、いくつか繁栄している大都市がある。


 その内の一つに、この男はいた。

 ボーッと空を見上げている姿は、くたびれたサラリーマンそのものだった。


 若井田が典型的な日本のサラリーマンそのもののような恰好をしていたが、彼はそれとはまた違うやさぐれた感じのサラリーマンだった。

 公園でベンチに座り、ボーッと空を見上げているような、そんな男。


 実際、彼は瓦礫の上に座り込みながら、ゆっくりと流れる白い雲を見上げていた。


「静かなのはいいよな。俺、人の笑い声や怒鳴り声にトラウマがあるからさ。何度も聞いていたら、頭がおかしくなりそうになるんだよ。だから、俺は静かな世界が好きだ」


 過去の奴隷時代を思い出す。

 自分を痛めつけ笑う人間たち。


 ああ、悍ましい。

 思い出すだけで吐き気がしてくる。


 そんな思い出したくもない過去を捨て去るために、静かな世界が必要だ。

 フラッシュバックしないように、記憶を刺激しないように。


「お前らはどうだ?」

「~~~~っ!?」


 同意を求める男に、応える者はいなかった。

 同調する者も、反対する者もだ。


 いや、普通に問いかけていれば、応える者はいたかもしれない。

 しかし、彼らがどれほど声を張り上げようとしても不可能である。


 彼らの頭部を覆うように、水の膜が浮かんでいたからだ。

 当然、その中には酸素はない。


 必死に呼吸を止めているが、漏れ出す酸素が泡となって消えていく。

 水の膜をはがそうと躍起になってかき回すが、液体を掴むことなんてできない。


 かいてもかいてもまとわりつく水球は消えない。

 どうしてもそこから逃れることができず、すでに多くの人が倒れていた。


 海でも湖でも川でもないのに、溺死である。


「ああ、そうだよな。お前らも静かな方がいいよな。分かる、分かるぞ。なんだ、この世界にも話が分かる奴がいるんじゃねえか。俺、勘違いしていたよ。どいつもこいつも話が通じない、人の皮を被った化け物だと思っていたけど、そんなことはないんだな」


 うんうんと嬉しそうに頷く男。

 必死の形相で水から逃れようとしている人々を見て、自分に同意してくれていると考える異常性。


 ゾッと背筋が凍り付くような発言だが、命の危機にさらされている人々は、まったく気にする余裕がなかった。


「お父さん、お母さん!」


 そんな時、子供が一人やってきた。

 非戦闘員は避難させられているはずなのに、と明らかに動揺する二人の男女がいた。


 二人とも兵士の格好をしているが、水が顔にまとわりついているのは、他の人々と変わらない。

 鍛えた肺活量で何とか窒息死していないが、それでも苦しそうに顔をゆがめていた。


 見ていられなかったのだろう、大好きな両親のもとに、子供が駆けつけてしまった。


「ん? お前らの子供か?」

「~~~~ッ!!」


 激しく狼狽する夫婦。

 そんな彼らを見て、男はゆっくりと頷いた。


「そうか、そうだよな。子供って大切だよな。自分の命より大事だと思えるんだもんな」


 ゆらゆらと揺れながら子供に近づく。

 その恐ろしい雰囲気に、子供は逃げることもできない。


 そんな子の頭を、男は優しく撫でた。


「実は、俺にもいたんだよ、子供。反抗期なんてなくてさ。いや、まだその年齢にまでいっていなかったか。ともかく、俺のことをとても慕ってくれる、かわいい子供さ」


 思い出すのは、この世界に突如として連れてこられたときに一緒にいた、血を分けた子。

 とても大切だった。


 それこそ、自分の命よりもだ。

 だが……。


「そんな子供が、一緒にこっちの世界に連れてこられて、目の前で殺されたんだ」


 大切な子は、目の前で虐待されて殺された。

 理由は、ただ楽しみたいから。


 弱くて反抗できない存在をいたぶり、嗜虐心を満たしたかったから。

 たったそれだけの理由で、気持ちが悪くなるような理由で、自分の命より大切な存在が奪われたのだ。


 男は深くため息をつく。


「あー、しんどい。思い出しちまったよ」

「うあっ!?」

「~~~~ッ!!」


 子供の顔を水が覆う。

 それを見ていた夫婦は目を血走らせるが、もはや動くことができないほど意識がもうろうとしていた。


 鍛えていた両親ならともかく、子はまだ子供。

 肺活量もなく、すぐに溺れてしまう。


「悪いな。ダメなんだ。俺がされたことは、実際にされてみないと分からないと思うんだ。この痛み、苦しみ。だから、お前らにも味わってもらう。大切な子供が、誰かに殺されるのを目の前で見ていることしかできないっていう無力感を」


 男はそこまで語り、ふと気づく。

 もはや、誰も生きていないことを。


 子供も、両親も、涙を流して息絶えていた。

 決して外せない水球が、とてもあっけなく解除される。


 男は空を見上げながら、ポツリと呟いた。


「ああ、早く子供を殺したいなあ」


 禍津會所属、蒼佑。

 同じく転移者。











 ◆



 雷鳴がとどろく。

 雷というのは、生物に根源的な恐怖を齎す。


 目を開いていられないほどの光と、耳を塞いでも聞こえる轟音。

 単純にそれらが恐ろしいと思っている者も多いが、本質的には違う。


 雷に打たれれば死ぬと、本能的に理解しているからこそ、無意識のうちに雷というものを恐れるのだ。

 生物は、皆そういう造りになっている。


 それは、動物である人間も同じだ。

 だが、異常なのは、一つの街だけに何度も何度も落雷が発生していることである。


 稲光と雷鳴がまったく止まない。

 常時発生しているかのような異常現象。


 もちろん、これが自然現象であるはずがない。

 街を守る兵士は、この異常事態を引き起こしている女を睨みつける。


「クソッ! こんな天災そのものと、どうやって戦えばいいんだよ……!?」

「…………」


 落雷を引き起こし続けている女を前に、泣き言にも似た言葉を吐いてしまう。

 しかし、それも仕方のないことだった。


 雷だ。

 視認してから避けることなんて、いくら鍛えた兵士たちでもできるはずがなかった。


 瞬きをしていれば、すでに自分の身体は落雷に打たれているのだから。

 だから、運に任せて逃げ回るしかない。


 それに失敗すれば、地面に転がる黒焦げの仲間入りだ。

 女は、そんな彼らの必死の逃走を、無機質な目で見ていた。


 何の感情も宿していない。

 弱者をいたぶる喜びもなければ、避けられる苛立ちもない。


 避けるのであれば、当たるまで打ち続けるだけだ。


「なんでこんなことをするんだ!? 俺たちは平和に暮らしていて、大切な家族もいて……なんでそれを奪うんだよ!?」

「なんで?」


 心の底からの慟哭。

 今まで一切反応しなかった女が、初めて反応を見せた。


「平和に暮らしていて、大切な家族から引き離されて、友人を殺されて……。それを先にしたのはあなたたち」


 兵士には、彼女が何を言っているのか理解できなかった。

 だが、その言葉は無機質ではあったが、確かな怒りが込められていた。


「自分が他人にしていたことをやり返されて怒るのは、意味不明」

「そんなこと、俺たちはしていない!」

「していた。今もしている」


 この兵士は、無関係であることは間違いない。

 転移者をいたぶることはしなかったし、関わることすらなかった。


 だが、転移者が奴隷に落とされていることは知っているし、そこで過酷な立場に置かれていることも。

 見て見ぬふりをしていたのだ。


 だが、それは悪いことだろうか?

 加担していなかっただけ、マシではなかったのだろうか?


 だが、それは第三者の意見であり、被害者の意見はまた異なる。


「確かに関与はしていないかもしれない。でも、この世界を受け入れて生きている時点で、同じくらい罪深い。被害者は、関係しているとかしていないとか知ったことじゃない。ただ、この世界すべてと人々全員が憎たらしい」


 加害者には当然報復するが、知っていて何もしてくれなかった人間も同じである。

 気持ちとしては理解できる。


 この世界で転移者は虐げられるものだし、その常識に抗ってまで赤の他人を助けようとすることを求めるのは、かなり酷だ。

 逆の立場だったら、女もしていなかったかもしれない。


 だが、そんな正論で感情は納得してくれないのだ。

 どうして助けてくれなかったのか。どうして攻撃してくるのを見過ごしていたのか。


「そんな……そんなバカな話があるか!」

「こっちは真剣に復讐だと思っている。お前たちがただの八つ当たりだと思うんだったら、抵抗すればいい。何だったら、こっちを殺すつもりで襲い掛かればいい。当然、その権利はある」


 ゴロゴロと重たい音が響く。

 それは、落雷の兆候で……。


「クソ、クソおおおおお!!」


 やりきれない大声を発する兵士。

 そんな彼の頭上で稲光が走り……そして、次の瞬間には黒く焦げた彼が地面に倒れたのであった。


「……やっぱり、超スッキリする。これ、復讐だ」


 女は満足そうだった。

 禍津會所属、(ゆずりは)


 転移者である。

 彼らの攻撃で、王国は主要都市を一気に陥落させられることになるのであった。




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