第64話 ……ほあ?
目覚ましに起こされることなく、自然と目が覚める。
最近は奴隷ちゃんに起こしに来るなと強く命令しているため、寝込みを襲われるということもなくなった。
……虎視眈々と隙を伺われている気がするのは気のせいだと信じたい。
しかし、元の世界にいたころには考えられなかったことである。
誰もが学校を卒業した後は、必ず目覚ましにたたき起こされ、毎日「隕石直撃してくれねえかな」と思っている会社に行かないといけないのだから。
嬉々として働いている者なんていないと信じている。
いたら俺の社会人生活は一体なんだったのか……。
朝から嫌な気分になりそうだったが、今の俺は時間に追われる生活を一切していないので、余裕が戻ってくる。
ふっ、やっぱり、世の中金だな。
「おはようございます、マスター」
「おはよー」
リビングに行けば、奴隷ちゃんが朝食の準備をしてくれていた。
こういうのでいいんだよ。
奴隷ってこういうものだよな?
普段の奴隷ちゃんって、やっぱりおかしいよな?
「完全に昼夜逆転していますね」
「まあなあ。昼間にあくせく働く必要がなくなったから。いくら奴隷ちゃんでも、しばらくは大丈夫だろう?」
「はい、使いつぶせなくて残念です」
「誰がそんな金銭感覚を持てと言った」
憮然とした表情の奴隷ちゃん。
こいつ、まさか俺を仕事に連れ出すために、意図的に金を消費していたんじゃないだろうな……?
そんなことをする理由がまったく想像できないから、むしろ怖い。
嫌いだったら奴隷解放の提案を受け入れていただろうし……。
本当、何なんだこいつ。
「しかし、本当に大金を貰えましたね」
「もともと、王族の指名依頼ということもあって、報酬金は高かったからな。加えて、あの女騎士を倒したことで、倍になったし。マジで払われるとは思わなかったけど」
俺たちが仕事をしないで暇を謳歌することができているのは、ひとえに王女ベアトリーチェからの報酬金にあった。
もともとの報酬金も高かったが、それに加えてユーキに勝利したことで倍プッシュ。
さらに、チップまでもつけてもらえた。
使い道のないポケットマネーです、と言っていたが、資産はおいくらなのだろうか?
ポンと渡されたのは、小さな貴族が一年間余裕で生活できるほどのものがあった。
「王族が言ったことを嘘にすることはできなかったのでしょうか?」
「……いや、あの姫なら必要なら平気でしそうだけどな」
俺は冷や汗をタラリと流す。
あの王女、なんだか色々ぶっ飛んでいるような感じだったし、口約束は約束じゃないとか言い出して踏み倒すこともしそうだ。
まあ、それもメリットデメリット考えて行動するだろうが。
今回は、ここで踏み倒すメリットよりも、俺とのつながりがなくなる方が嫌だったのだろう。
意味不明なほど買われているしな。
見る目ないだろ、あの王女。
「まあ、金は貰ったし、後ろめたいものでもないから、返す気はないけどな。多分、ユーキを倒したことの口止め料もあるんじゃないか? 王族の護衛をよくわからない冒険者が倒したなんてことは知れ渡れば、ユーキはもちろん見初めたベアトリーチェも軽んじられることになりそうだし」
「あまり立場も良くないみたいでしたしね」
奴隷ちゃんは何とも思っていないように、思いついたことを言っただけのようだった。
しかし、この国は一般社会にはそれほどだが、上流階級では男尊女卑な感じがあるようだ。
俺は一度もそちらに行ったことがないから知らないが、舞子さんも言っていたな。
男が主要な仕事をするものだと考えられているから、王女であるベアトリーチェも政治などに参画できないらしい。
舞子さんも、引き継ぐときに色々と言われたらしいし。
実際、まだ納得していない勢力が襲撃を仕掛けたわけだしな。
まあ、彼女の場合は実力でほとんど黙らせていたが、王族や貴族といった世界では、その実力を発揮する機会も与えられないのだろう。
「では、久しぶりにパーッとしましょうか?」
「止めろ。お前がパーッとしたら一瞬で消えるだろ、この大金」
気分を変えるように奴隷ちゃんが言ってくれたのはいいのだが、全然愉快にならない発言は止めろ。
パーッとしたらまたストレスを抱えることになるだろうが。
「しかし、こんなにギルドに行かなかったのは初めてですね」
「まあな。稼いでも稼いでもお前が全部溶かすから、すぐに働かざるを得なかったんだ。俺たちがこなしている案件を考えれば、あんなに頻繁にギルドに行く必要ないんだぞ、本当は」
「何も聞こえません」
都合のいい耳してんな、おい。
物理的に耳を手で塞いで聞こえないふりをするな。
「ですが、これだけ引きこもっていると、世界で何が起きているか分からなくなりますね」
「何も変わらないよ。誰かが虐げられて、誰かが甘い汁を啜って……いつも通りの日常が広がっていくだけさ」
これで会話は一つ区切り。
奴隷ちゃんがせっかく作ってくれた料理があるんだから、そっちを食べよう。
本当、料理はめちゃくちゃうまいんだよな、この子。
俺はよだれを垂らさんばかりの勢いで、その食事を貪ろうとして……。
「ふん!!」
むくつけき男の声と共に、扉が吹っ飛ばされた。
口を開けた状態で固まる俺。
……何が起きた?
唖然としていると、のそりと部屋に侵入してくる筋骨隆々の大男。
とても見覚えのある奴だった。
「よう、リヒト。まだ無事だったか。さすがだな」
「人の家の扉を破壊しておいて、よく普通に話ができるな。弁償しろよ。あと賠償もな」
訳の分からないことを言うルーダに、俺は苛立ちを隠せない。
マジでぶっ殺すぞ、この筋肉ゴリラ。
「今はそんなことを言っている場合じゃないぞ」
「俺にとってはこれ以上ないくらいの事態だぞ。どうするんだ、この扉。泥棒入ってきてくださいになっているじゃないか」
「マジで聞け」
真剣な目を向けてくるルーダに、いつもの様子でないことにようやく気付く。
……確かに、こいつは常識を知らないバカ野郎だが、いきなり人の家を破壊するほどではなかったはずだ。
いったい、何が彼をここまで突き動かしているのか?
その答えが、ルーダの口から告げられる。
「今、この国は攻撃を受けている。すでに、分かっているだけで百人近くが死んだ」
「……ほあ?」
変な声が出た。




