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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第3章 転移者の報復編

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第63話 世界に対する復讐

 










「…………」


 禍津會のアジトの一つに、若井田の姿があった。

 彼は何かをするわけでもなく、じっと椅子に座って黙り込んでいた。


 まあ、一人なのでペラペラと喋っている方がおかしいのだが。

 そんなところに、三ケ田がやってくる。


「おいっすー」

「おいっすーです、三ケ田さん」


 鍛錬を終えた三ケ田は、若井田と軽い挨拶を交わす。

 そして、少々怪訝そうに眉をひそめていた。


「なあ、これから何かあるのか?」

「ん? どういうことですか?」

「いや、やけにみんなピリピリしているなって思ってさ。それに、ウチの組織でこんなに人が集まるのも珍しいと思って。あたしも全然知らない人もいるし」


 頬をかきながら疑問を呈す三ケ田。

 基本的に、禍津會のアジトにはポツポツと人がいるくらいで、大勢と言えるほど集まることはほとんどない。


 そもそもの構成員の数が少ないし、とくに集まって話をすることもないからだ。

 だが、今日は違う。


 このアジトに大勢の構成員が集まっていた。


「私たちはテロ組織ですからね。全員同じ場所に仲良く集まっていたら、一網打尽にされてしまう可能性もありますから」

「嘘つけ。あたしは直接力を見たわけじゃないけど、全員めちゃくちゃ強いだろ、あんた含めて。あたしじゃ絶対勝てないって分かるぞ」


 笑う若井田に、何を言っているんだと呆れる三ケ田。

 目の前の彼も、そして今日アジトに集まっている構成員たちも、全員が恐ろしく強い。


 元いた世界にいた時なら絶対に分からない感覚だが、こちらの世界で地獄を見て、力も持つようになった今の三ケ田なら分かる。

 おそらく、自分が喧嘩を売ったところで瞬殺されるだろう。


「三ケ田さんも決して悲観する必要はありませんよ。どんどんと強くなっていますしね。あなたも含め、禍津會に参加している構成員は、全員が地獄を見てそこから抜け出せた猛者ですから、強いのも当然でしょう」

「そんな強い奴らがさ、余裕がないようにピリピリしているのが気になって」


 怪訝そうに言う三ケ田に、若井田が今更何を言っているんだと首をかしげる。

 そんな反応を見て、さらに三ケ田の中で疑問が大きくなる。


 何か大切なことでもあったのか?

 それとも、悲しいことだろうか?


 そんな風に悩みながら必死に記憶をたどっていると……。


「……あ! 言うの忘れていました!」

「は?」

「いや、三ケ田さんが最近入ってくれたメンバーなので、すっかり……。あまり人が入ってこられないものですから……」

「な、何だよ……?」


 若井田がようやく納得したようにうんうんと頷くので、少々身構えてしまう。

 発言内容から、自分の不手際ではないらしい。


 では、伝えなければならないこととは何なのか?

 若井田はもったいぶることなく教えた。


「三日後、この世界に対して同時多発的に武力攻撃します。今までみたいにちまちま嫌がらせをするのではなく、がっつり戦争を仕掛けます。それで、さすがの彼らもピリピリしているんでしょうねぇ」

「……は?」


 ポカンとする。

 それほど、若井田の言ったことは重たく、大切だったからだ。


 世界への報復。

 それこそが、禍津會の存在理由。


 そこに転移者の保護も入っているが、主目的は復讐である。

 それを、遂に実行しようと言うのだ。


「まさしく復讐の時が来たのです。気分が高揚する者がいても不思議ではありません。かくいう私も、かなり昂っているのですから」


 若井田の言葉にも熱がこもる。

 普段から冷静沈着な彼をしても、これは平常を保てないことだった。


 まさしく悲願である。

 それを、遂に実行に移すことができる。


 昂らない方が嘘だった。


「…………いつやるって?」

「三日後です」

「もっと早く言えよ!!」


 くわっと怒りを露わにした三ケ田が、若井田の首を絞める。

 笑顔を浮かべながら、彼の顔色がどんどんと青くなっていく。


「ぼ、暴力はいけません」

「これからテロする奴が何言ってんだ!」


 ド正論である。

 若井田は何も言えなかった。


「ま、まあ、そういうことで構成員が集まって、しかもピリピリしているということです」

「……そうか」


 ようやく首を放してもらった若井田は、半泣きになりながら説明を終えた。

 見ると、三ケ田の身体が小さく震えていた。


「おや、震えているのですか? 怖いのであれば、参加しなくても大丈夫ですよ。私たちは転移者のための組織。たとえ戦えなくとも、支援させていただきますとも。とはいえ、仕掛けてからそんな余裕があるかは分かりませんが」


 戦闘を強要することはしない。

 やりたい奴だけがやればいいのだ。


 恐怖に震える三ケ田を最前線に送り込もうとするような鬼畜は、この禍津會にはいないだろう。

 そんな若井田の気遣いを受けた三ケ田は顔を上げる。


 そこには、ランランと光る眼があった。


「ああ、震えているよ。武者震いってやつでね……!」


 この世界に来てから奴隷に落とされ。

 そこから何とか逃れても、またさらなる地獄へと突き落とされそうになった三ケ田。


 直近ということもあって、その恨みは非常に若く、だからこそ燃え盛っていた。


「ついに……ついに、この世界と人間どもに報復ができるんだ……! あたしを苦しめた、あいつらに……!」

「ええ。ですが、先走りは止めてくださいね。あなたの暴走で私たち全員の悲願を壊されるのは、我慢なりませんので」

「分かってるよ」


 ふうっと深く息を吐き出す三ケ田。

 若井田にはそう言ったものの、テンションが上がりすぎて一人で突撃する、なんて未来も確かにあった。


 自分でも分かっているからこそ、罰が悪そうに顔を背けた。


「でも、うまくいくのか? いかなくても、あたしはやるけどさ」


 復讐の後のことなんて知ったことではない。

 とにもかくにも、自分を虐げた連中を殺したい。


 その果てに自分がどうなろうが知ったことではない。

 ある意味で破滅的な考えだが、若井田はそれを肯定する。


 むしろ、そういう心づもりでないと、勧誘した彼が困ってしまう。

 禍津會は、このような考えを持つ者がスタンダードなのだから。


「無論です。この時のために、私たちはずっと我慢してきました。我々のリーダーも、動いてくださりますから」

「そういえば、あたしってそのリーダーってのに会ったことないな。そもそも、こんなテロ組織にリーダーっていたんだ」


 ふと気になったことを尋ねる三ケ田。

 若井田に勧誘されてから、あまり多くはないが、紹介されて顔見知りになった構成員はいる。


 しかし、その中にリーダーはいなかった。

 色々とぶっ飛んでいる組織だから、リーダーなる者は存在しないのかもしれないと思っていたが……。


「どんな組織でも、それが組織ならば、頭となる人はいますよ。当然、我々にもです」

「あんたじゃないの?」

「まさか。私は救ってもらった側ですよ」


 これには、三ケ田も驚かされる。

 自分では絶対に勝てないのが、この男だ。


 そんな彼が、自分の力ではなく、リーダーに救われていたのだ。

 若井田は自分のことを自慢するかのように、誇らしげに笑う。


「ただ、リーダーは違う」


 禍津會に参加している構成員は、誰もが救われた。

 それは、リーダーであったり、禍津會の構成員であったり、様々だ。


 しかし、よりべもない奴隷がその立場から抜け出そうとするのは、生半可なものではない。

 一人では不可能なのだ。


 その不可能を可能にしたのが、禍津會のリーダーである。


「あの人は、たった一人で、こんな転移者の互助組織もない中で、すべてを自分の力で成し遂げた傑物です」

「へえ……。その人も来ているの?」


 興味がわいた。

 少し話もしてみたい。


 今、このアジトには構成員が集まっているため、リーダーもいるのではないかと期待したが、若井田の続く言葉で否定される。


「いいえ。今、ここに全員が集まっているわけではないですから。ほぼすべて集まってきていますが、ここにいないということは、重要な任務を任されているということです」

「あー……埋伏の毒ってやつ?」

「ええ。そして、リーダーも潜入してくださっているのですよ」


 埋伏の毒と言えば格好いいが、ばれたら即殺されるだろうし、危険な仕事である。

 そんな仕事にリーダーを従事させていいのかとも思うが、それができるほどの実力者なのだろう。


「ふーん、いつか会ってみたいね」

「すぐに会えますとも。これから、そういう世界にしていくんですから」


 そう言って笑う若井田。

 禍津會の世界に対する復讐が、始まろうとしていた。




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