第63話 世界に対する復讐
「…………」
禍津會のアジトの一つに、若井田の姿があった。
彼は何かをするわけでもなく、じっと椅子に座って黙り込んでいた。
まあ、一人なのでペラペラと喋っている方がおかしいのだが。
そんなところに、三ケ田がやってくる。
「おいっすー」
「おいっすーです、三ケ田さん」
鍛錬を終えた三ケ田は、若井田と軽い挨拶を交わす。
そして、少々怪訝そうに眉をひそめていた。
「なあ、これから何かあるのか?」
「ん? どういうことですか?」
「いや、やけにみんなピリピリしているなって思ってさ。それに、ウチの組織でこんなに人が集まるのも珍しいと思って。あたしも全然知らない人もいるし」
頬をかきながら疑問を呈す三ケ田。
基本的に、禍津會のアジトにはポツポツと人がいるくらいで、大勢と言えるほど集まることはほとんどない。
そもそもの構成員の数が少ないし、とくに集まって話をすることもないからだ。
だが、今日は違う。
このアジトに大勢の構成員が集まっていた。
「私たちはテロ組織ですからね。全員同じ場所に仲良く集まっていたら、一網打尽にされてしまう可能性もありますから」
「嘘つけ。あたしは直接力を見たわけじゃないけど、全員めちゃくちゃ強いだろ、あんた含めて。あたしじゃ絶対勝てないって分かるぞ」
笑う若井田に、何を言っているんだと呆れる三ケ田。
目の前の彼も、そして今日アジトに集まっている構成員たちも、全員が恐ろしく強い。
元いた世界にいた時なら絶対に分からない感覚だが、こちらの世界で地獄を見て、力も持つようになった今の三ケ田なら分かる。
おそらく、自分が喧嘩を売ったところで瞬殺されるだろう。
「三ケ田さんも決して悲観する必要はありませんよ。どんどんと強くなっていますしね。あなたも含め、禍津會に参加している構成員は、全員が地獄を見てそこから抜け出せた猛者ですから、強いのも当然でしょう」
「そんな強い奴らがさ、余裕がないようにピリピリしているのが気になって」
怪訝そうに言う三ケ田に、若井田が今更何を言っているんだと首をかしげる。
そんな反応を見て、さらに三ケ田の中で疑問が大きくなる。
何か大切なことでもあったのか?
それとも、悲しいことだろうか?
そんな風に悩みながら必死に記憶をたどっていると……。
「……あ! 言うの忘れていました!」
「は?」
「いや、三ケ田さんが最近入ってくれたメンバーなので、すっかり……。あまり人が入ってこられないものですから……」
「な、何だよ……?」
若井田がようやく納得したようにうんうんと頷くので、少々身構えてしまう。
発言内容から、自分の不手際ではないらしい。
では、伝えなければならないこととは何なのか?
若井田はもったいぶることなく教えた。
「三日後、この世界に対して同時多発的に武力攻撃します。今までみたいにちまちま嫌がらせをするのではなく、がっつり戦争を仕掛けます。それで、さすがの彼らもピリピリしているんでしょうねぇ」
「……は?」
ポカンとする。
それほど、若井田の言ったことは重たく、大切だったからだ。
世界への報復。
それこそが、禍津會の存在理由。
そこに転移者の保護も入っているが、主目的は復讐である。
それを、遂に実行しようと言うのだ。
「まさしく復讐の時が来たのです。気分が高揚する者がいても不思議ではありません。かくいう私も、かなり昂っているのですから」
若井田の言葉にも熱がこもる。
普段から冷静沈着な彼をしても、これは平常を保てないことだった。
まさしく悲願である。
それを、遂に実行に移すことができる。
昂らない方が嘘だった。
「…………いつやるって?」
「三日後です」
「もっと早く言えよ!!」
くわっと怒りを露わにした三ケ田が、若井田の首を絞める。
笑顔を浮かべながら、彼の顔色がどんどんと青くなっていく。
「ぼ、暴力はいけません」
「これからテロする奴が何言ってんだ!」
ド正論である。
若井田は何も言えなかった。
「ま、まあ、そういうことで構成員が集まって、しかもピリピリしているということです」
「……そうか」
ようやく首を放してもらった若井田は、半泣きになりながら説明を終えた。
見ると、三ケ田の身体が小さく震えていた。
「おや、震えているのですか? 怖いのであれば、参加しなくても大丈夫ですよ。私たちは転移者のための組織。たとえ戦えなくとも、支援させていただきますとも。とはいえ、仕掛けてからそんな余裕があるかは分かりませんが」
戦闘を強要することはしない。
やりたい奴だけがやればいいのだ。
恐怖に震える三ケ田を最前線に送り込もうとするような鬼畜は、この禍津會にはいないだろう。
そんな若井田の気遣いを受けた三ケ田は顔を上げる。
そこには、ランランと光る眼があった。
「ああ、震えているよ。武者震いってやつでね……!」
この世界に来てから奴隷に落とされ。
そこから何とか逃れても、またさらなる地獄へと突き落とされそうになった三ケ田。
直近ということもあって、その恨みは非常に若く、だからこそ燃え盛っていた。
「ついに……ついに、この世界と人間どもに報復ができるんだ……! あたしを苦しめた、あいつらに……!」
「ええ。ですが、先走りは止めてくださいね。あなたの暴走で私たち全員の悲願を壊されるのは、我慢なりませんので」
「分かってるよ」
ふうっと深く息を吐き出す三ケ田。
若井田にはそう言ったものの、テンションが上がりすぎて一人で突撃する、なんて未来も確かにあった。
自分でも分かっているからこそ、罰が悪そうに顔を背けた。
「でも、うまくいくのか? いかなくても、あたしはやるけどさ」
復讐の後のことなんて知ったことではない。
とにもかくにも、自分を虐げた連中を殺したい。
その果てに自分がどうなろうが知ったことではない。
ある意味で破滅的な考えだが、若井田はそれを肯定する。
むしろ、そういう心づもりでないと、勧誘した彼が困ってしまう。
禍津會は、このような考えを持つ者がスタンダードなのだから。
「無論です。この時のために、私たちはずっと我慢してきました。我々のリーダーも、動いてくださりますから」
「そういえば、あたしってそのリーダーってのに会ったことないな。そもそも、こんなテロ組織にリーダーっていたんだ」
ふと気になったことを尋ねる三ケ田。
若井田に勧誘されてから、あまり多くはないが、紹介されて顔見知りになった構成員はいる。
しかし、その中にリーダーはいなかった。
色々とぶっ飛んでいる組織だから、リーダーなる者は存在しないのかもしれないと思っていたが……。
「どんな組織でも、それが組織ならば、頭となる人はいますよ。当然、我々にもです」
「あんたじゃないの?」
「まさか。私は救ってもらった側ですよ」
これには、三ケ田も驚かされる。
自分では絶対に勝てないのが、この男だ。
そんな彼が、自分の力ではなく、リーダーに救われていたのだ。
若井田は自分のことを自慢するかのように、誇らしげに笑う。
「ただ、リーダーは違う」
禍津會に参加している構成員は、誰もが救われた。
それは、リーダーであったり、禍津會の構成員であったり、様々だ。
しかし、よりべもない奴隷がその立場から抜け出そうとするのは、生半可なものではない。
一人では不可能なのだ。
その不可能を可能にしたのが、禍津會のリーダーである。
「あの人は、たった一人で、こんな転移者の互助組織もない中で、すべてを自分の力で成し遂げた傑物です」
「へえ……。その人も来ているの?」
興味がわいた。
少し話もしてみたい。
今、このアジトには構成員が集まっているため、リーダーもいるのではないかと期待したが、若井田の続く言葉で否定される。
「いいえ。今、ここに全員が集まっているわけではないですから。ほぼすべて集まってきていますが、ここにいないということは、重要な任務を任されているということです」
「あー……埋伏の毒ってやつ?」
「ええ。そして、リーダーも潜入してくださっているのですよ」
埋伏の毒と言えば格好いいが、ばれたら即殺されるだろうし、危険な仕事である。
そんな仕事にリーダーを従事させていいのかとも思うが、それができるほどの実力者なのだろう。
「ふーん、いつか会ってみたいね」
「すぐに会えますとも。これから、そういう世界にしていくんですから」
そう言って笑う若井田。
禍津會の世界に対する復讐が、始まろうとしていた。
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