第62話 こうしたら味方になってくれるとおっしゃったので
「ということで、ぜひリヒトさんにも私の部下に加わっていただきたいのですが」
「いや、今の話を聞いて俺が頷く要素がどこに……?」
激しく困惑する理人。
そんなデンジャラスな人間を同僚に持ちたくない。
というか、昼間のこともあって、後ろからいきなり刺されそう。
あと、絶妙にこの王女もなんだか怖いので、選択肢としては拒絶しかなかった。
「そうですか、とても残念です。私の味方を公にしてくださる方は、そうそういませんから」
「……でも、手駒が多いって言っていましたよね?」
「はい」
「うーん、この……」
人材という意味だ。
確かに、ベアトリーチェは非常に優秀な手ごまをかなりの数抱えているが、ユーキや彼女を打倒するほどの力を持つ理人レベルの人間はいない。
暴力というのは、非常に重要だ。
使い勝手は悪いし、一度使ったらなかなか後戻りできないが、効果は絶大である。
ユーキともう一人いればと思ったが……。
「お金ではだめということでしょうか?」
「いや、それは喉から手が出るほど欲しいけど……具体的にどういう仕事をするのかを知りたいんですよ。何をするか分からないけど、命令されたら従ってねというのは、どうにも性に合わなくて」
思い出される元いた世界の雇用契約。
基本的には会社の命令することに従うといったのが一般的だ。
そのため、内部に入ってからどういう仕事をしているのかと、具体的に分かる。
そして、思っていたのと違ったり、想像していたものとかけ離れていたりすれば、早期離職というものにつながるのだ。
この世界……というか、この王女相手だと簡単には辞めさせてもらえそうにないので、最初に慎重になるのは当然だった。
「確かにそうですね。ユーキは普通に飛びついてきましたが」
「逃げられない状況にしたのでは……?」
話を聞いている限り、ユーキもそれほど乗り気じゃなかったようだが……。
ベアトリーチェの中ではそうなっているとなれば、より警戒する理人であった。
「とはいえ、本当にいろいろなことをしてほしいと思っていますから。おそらくですが、直近で命令させていただくとしたら……」
少し考えてから、瑞々しい唇を開いた。
「禍津會に関係することだと思います」
またその組織か。
理人はげんなりしながら答える。
「俺、もうそのテロ組織とは関わりたくないので」
「残念ですね」
悲しそうに眉を顰めるベアトリーチェ。
これは本心である。
ユーキを打ち負かすことができるほどの実力者を引き入れることができれば、自分のできることはもっと幅が広がるだろう。
だから、一度断られても、どうしても理人が欲しかった。
「お金でダメなら……女はいかがですか?」
「いや、俺そんなに性欲強くないので……」
「でも、男性は性欲が強いとお聞きしていますが。童貞でもないのでしょう?」
「王女がそういうこと言っていいんですか?」
王女のロイヤルな口から飛び出してくる童貞という単語。
あまりにもイメージと乖離しているため、ドギマギしてしまう。
当の本人が一切恥ずかしがることなく、当然のように言っているので、なんだか揺さぶられている自分がおかしいように感じてしまった。
「そう、ですね。さすがに貞操をお渡しするわけにはいきません。これは、私だけのものではないので」
「自分の貞操をそういう風に言えるって凄いですよね」
理人は処女でなければ嫌だとか言うタイプではないが、世の中にはそういう人間もいることは知っている。
とくに、清楚さなどを求められそうな王女なら、なおさらそうかもしれない。
相手もそれ相応の立場の人間になるだろうし、まさか処女でないから婚約破断なんてことになったら大変だ。
そんなのがあり得るのかと思うが、起きてからでは遅いのだ。
だから、自分の貞操をささげるようなことはできない。
しかし……。
ベアトリーチェは薄いワンピースのような寝間着の裾を、スッと持ち上げていく。
真っ白な肌と適度な肉付きの太ももが露わになっていき……。
理人の視界には、ちらちらと絶対に見えてはいけない神聖な布が飛び込んでくる。
「でも、こういったことくらいなら、全然かまいませんよ」
「構え」
頬も染めないで下着を見せつけてくるベアトリーチェに、理人の顔は死んだ。
敬語も吹っ飛ぶほどだ。
なにせ、こんな状況を誰かに見られたら、間違いなく首が飛ぶからだ。
自分は求めていないのに、理不尽極まりない。
「興奮しませんか? 王女が、自分からスカートをたくし上げて下着を見せつけてきているんです。凄いシチュエーションじゃないですか?」
「(それは確かに……!)」
戦慄する理人。
自分よりもはるかに身分の高いいたいけな女性に、たくし上げなんてことをしてもらっているのである。
シチュエーションとしては凄い。
それは、男としての興奮というものではなく、命の危険を感じるレベルの高さに凄いという表現を使っていた。
「こんなことを見られるのは、この世界であなただけですよ? 部下になってくれたら、もっと……」
艶やかな雰囲気でベアトリーチェがさらに言おうとしたときだった。
「……なに、しているんですか?」
冷たい声だった。
そう、奴隷ちゃんの声である。
ベアトリーチェは何も変わらず平然としているが、一方で理人は冷や汗ダラダラだった。
もうこれはダメだ……おしまいだ……。
「王女にセクハラって……死刑だね。もう一回昼間の続きをしようか」
ついでとばかりに、満面の笑みを浮かべるユーキも。
リベンジマッチをやる気満々である。
紙一重だったのに、またあんな戦いをするなんてありえない。
しかし、自分ではどうすることもできないため、この状況を作った元凶に助けを求める。
「殿下、ここはひとつガツンとお願いします」
「リヒトさんがこうしたら味方になってくれるとおっしゃったので」
「言ったっけ!?」
しれっととんでもないことを言うベアトリーチェに、理人は激しく狼狽する。
話が違う!?
「マスター、私のであればいつでもお見せします。いきますよ」
「どこに? ねえ、どこに?」
必死に問いかけても応えてくれず、奴隷ちゃんはズルズルと軽い理人を引きずって行った。
リベンジマッチに持ち込んでやろうとしているユーキも嬉々としてついていく。
元凶であるベアトリーチェは、ひらひらと手を振って見送る体勢。
ふざけるな。
全員寝間着なのに、何をしているのだろうか?
理人はそう思いながら、打開するための策を考え始めるのであった。




