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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第3章 転移者の報復編

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第61話 ろくでもねえな

 










 王女の救出に王国軍が攻撃を仕掛けてくるというのは、誰もが想定していた。

 当の本人も、高い可能性のものだと思っていた。


 とはいえ、清々しいほどの完敗で大将が逃げ帰っている以上、身柄を敵国に送られてから、外交交渉などで王国に戻される方が可能性は高いと考えていたが。

 ただ、状況を冷静に判断できる現場指揮官がいれば、こういった救出作戦が行われないこともない。


 ただ……。


「……一人?」


 人数があまりにもあれである。

 陽動作戦で、本隊は別にいるということか?


 それにしても、一人で陽動なんてできるはずもない。

 さらに付け加えれば……。


「たかが一人に、どうして私にまで報告を上げる? さっさと潰してしまえ!」


 苛立ちをそのままぶつける指揮官。

 彼の言うことはその通りだろう。


 ベアトリーチェでさえもそう思ったのだが……。


「そ、それが……まるで鬼のように強く……。わが軍の兵士が、ことごとく殺害されて……」

「なに……?」


 心の底から怯え切った兵士を見て、唖然とする指揮官。

 そんな彼らの元に、悲鳴が聞こえてきた。









 ◆



「な、んだ、これは……?」


 広く戦場を見通すことのできる高台にやってきたベアトリーチェと指揮官。

 正直、彼女はついてくる必要はないし、本来であれば許されないはずなのだが、この混乱の中でそれを咎める者は誰もいなかった。


 自分を、たった一人で助けに来る騎士。

 それも、女ということは、彼女の脳裏には一人しか思い浮かばなかった。


 そして、それは正しかったことをすぐに示す。


「なんだこれはぁ!?」


 指揮官は発狂したのかと思うほど大声を張り上げる。

 それもそうだ。


 眼下に広がるのは、死屍累々。

 屈強な兵士たちが、物言わぬ骸となって倒れ伏していた。


 死体の山、血の海。

 よく表現される悍ましい言葉だが、この時ほどそれが合う状況はないと思えるほどだった。


「ユーキ……」


 そして、その死体の山を作った、人の形をした悍ましい化け物。

 彼女は、青い髪や白い肌を真っ赤に返り血で濡らしながら、ゆっくりと歩いてきていた。


 その緩慢さが、また恐ろしい。

 一気に来てくれた方が、まだマシだ。


 ゆっくりと確実に、恐怖そのものが迫ってくるということが、恐慌状態に陥らせる。


「は、早く殺せ! これ以上私に近づけさせるな!」


 指揮官の言葉に従い、兵士たちは一斉に女騎士――――ユーキに襲い掛かる。

 彼らも正規軍の兵士であり、練度は高い。


 しかも、数の利も明らかにあるため、もはや敗北なんてありえない……はずだった。


「あ……」


 護身術すら身に着けていないベアトリーチェには、何が起きたのか視認することはできなかった。

 ユーキの腕がぶれたということくらいしか分からない。


 ただ、次の瞬間、彼女に迫っていた兵士たちは、全員がバラバラに斬り飛ばされていた。

 宙に飛ぶ人の首、腕、足。


 ドチャドチャと耳を塞ぎたくなるような重たい水音とともに、サッと血の雨が降る。


「お、鬼だ……」


 ポツリと誰かが呟いた。

 真っ赤な返り血に染まるそれは、少しも歩みを緩めることなく、進み続ける。


 人を簡単に殺してしまえる化け物が近づいてきたら、いくら鍛えられた兵士とはいえ、まともに相対することなんてできるはずもなかった。


「お、おい! どこへ行く!? 逃げるな! 敵前逃亡は死刑だぞ!」


 撤退ではなく、逃走だ。

 わき目もふらずに、兵士たちは逃げ出した。


 指揮官は必死に呼び止めようとするが、無意味だ。

 誰かが一人でも逃げ出し、何人かがそれに続いてしまえば、もはや誰にも止めることはできない。


 人間というのはそういうものだ。

 誰かが逃げて安全な場所にいけるのに、自分だけ危険な場所で命を懸けて戦えなんていうことを、許容できるはずもない。


 だから、敵前逃亡は死刑という重たい罪に問われるのだ。

 だが、これだけ一斉に逃げ出してしまえば、それも抑止力にはならなかった。


「くっ、くそっ!」


 罵声を上げるも、逃げ出そうとしない指揮官。

 それもそうだ。


 末端の兵士ならばまだしも、指揮官である彼には立場がある。

 当然、他の有象無象と比べても厳正に処罰されるだろうし、その累は一族にも及ぶことになるかもしれない。


 逃げ出したくてたまらないが、それが許されないのである。


「姫様ぁ……」

「ひぃっ!?」


 そのため、彼の前には死神が現れた。

 真っ赤な返り血に染まり、あれだけの人間を殺しながらも一切息は乱れていない。


「助けに来た」

「ユーキ……」


 ニッコリと笑うユーキ。

 全身に浴びている血が、その朗らかな笑みとのギャップを産みだす。


 よくもまあこれだけの人間を斬り殺しながら笑顔を浮かべられるものだと、ベアトリーチェは感心した。

 それこそ、他人を心の底からどうでもいいと思っていなければ、罪悪感で押しつぶされるだろうに。


 そこも自分と似ていると、ベアトリーチェの中で評価が上がった。


「く、来るな! それ以上近づけば、お前にとって大切な王女を……」

「ああ、そういうのいいから」


 指揮官がベアトリーチェを人質に取ろうとしながら言うが、バッサリと切り捨てる。

 それは、言葉もそうだが、彼の身体も、だ。


 いつの間にか近寄っていた彼女は、一撃で指揮官を仕留めたのであった。

 ようやく剣を収めた彼女は、やれやれと首を横に振った。


「もう、本当に捕まるなんて。面倒くさいんだからね、ここまでするの」

「では、あの貴族の子息は死刑にしましょう」

「ぼ、僕のせいだって言わないでね?」


 さすがに貴族の処刑教唆はマズイ。

 ユーキは冷や汗を流す。


「さあ、帰ろうか」

「……素晴らしい功績を上げてくれましたね。これで、誰も文句は言えなくなるでしょう」

「え、何が?」


 キョトンとしているユーキに、ベアトリーチェはニッコリと笑って告げた。


「ユーキ。あなたに、私の専属護衛を命じます」

「えぇ……」


 心底嫌そうにするユーキ。

 しかし、ベアトリーチェはこれほど優れた暴力装置を逃がすつもりなんて毛頭なかった。


 今回、敵国に捕まったのにもかかわらず逃げ出した貴族は処刑待ったなしだが、この素晴らしい功績を上げさせてくれたことで、一生牢獄の中にぶち込んで貴族の位はく奪くらいで許してあげなくもない。


 そう思えた。

 今回のこの一連の騒動から、人間を容易く斬り殺して回るとんでもない女騎士がいると諸外国の間で有名になり、鬼剣(きけん)とユーキが称されるようになるのは余談である。










 ◆



「という経緯があって、今ユーキは私の直属の部下として活動してくれているんです」

「なるほど」


 にこやかに言うベアトリーチェに、理人は笑い返した。

 ろくでもねえな。



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