第57話 そんな布団を持ち合わせたつもりはない
ベアトリーチェとユーキが理人のことで会話をしていた間、別の場所では理人と奴隷ちゃんの間で仁義なき戦いが勃発していた。
しかし、何とかそれを押しとどめ、理人はようやくベッドの上でゆっくりしようとしていた。
していたのだが……。
「で、お前は何をしているわけ?」
白い目を隣に向けている理人。
奴隷ちゃんがベッドの中に侵入してきたか?
いや、違う。
侵入してきたのは、ユーキだった。
試合をしていた時に着用していたような軽装の鎧は、当然脱いでいる。
寝やすいように薄い衣装で、意外と起伏に富んだ身体の線がくっきりとしていた。
大きく開いた胸元から、深い谷間が見えている。
そんな彼女は一切恥ずかしがるようなことはなく、呆れたような目を理人に向けていた。
「添い寝だけど? 見れば分かるでしょ?」
「俺はお前のしている行動について聞いたんじゃない。どうしてこんなバカげたことをしているのか、理由を聞いているんだよ」
「……まず喜べよ」
憮然とした様子のユーキ。
しかし、憮然としたいのは理人の方である。
せっかく食い止めた奴隷ちゃんがまたバーサーカーになってしまう。
「お前さあ……後ろで目がガンギマリしている奴隷ちゃんが見えないの? ちょっと前まで死闘を繰り広げていたのに、また再戦だよ」
ギラギラと光る眼。
自分はダメなのに、ぽっと出の女騎士はいいのか?
胸は自分の方が大きいのに、何が不満なのか?
もう理人の冷や汗はダラダラである。
「いや、何で僕が君のことを心配してあげないといけないの……?」
「本当に分からないみたいな態度止めてくれる?」
ポカンとするユーキに唖然とする理人。
何だこの状況は。
「そんな心配するに値しない俺と、何で添い寝をしているんだよ。お前、俺のことが嫌いなんじゃないのか?」
「君が嫌いなんじゃないよ。転移者が嫌いなんだ」
「お前のその転移者嫌いは何なんだよ……」
深くため息をつく理人。
まあ、この世界の人間で転移者に好意を持っている者なんていないだろうから、ここまで露骨で強烈なのが珍しいだけで、後は大なり小なり似たようなものだ。
ベアトリーチェという異質な存在がいるのだが、理人はまだ知らない。
「彼らは、いつも誰かに助けを求めている」
理由を尋ねられたユーキは、ポツリと話し始める。
「自分でその状況を変えようと、足掻こうとしている者はほとんどいない。誰かに助けてもらうのを待っている。ずっと口を開けて、餌を運んでもらうのを待っているひな鳥のようだ。でも、彼らは人間で、大人だ。そんな怠惰な連中、どうして好きになれるの?」
自分が過酷な状況にいるのに、自分で努力して何とかしようとしていない。
それが、ユーキが転移者を嫌いな理由である。
無論、努力して何とかならないということもあるだろう。
だが、努力しなければ、確実に今の過酷な状況のままなのだ。
ならば、行動しなければならない。
それをしないから、ユーキは転移者を見下し、嫌悪する。
「まあ、君みたいなごく一部の転移者は違うって言うのは分かるんだけどね。実際、君は誰かから救い上げられたわけじゃないだろうし」
「……どうだろうな。俺も誰かの手助けがなかったら、今こうしてここにいなかった」
幸運もあった。手助けもあった。
マカという存在がいなければ、今こうしてここにいることもなかったかもしれない。
だから、理人はユーキの言葉を全面的に肯定することができなかった。
「でも、実際にここにいるってことは、自分の力でたどり着いたんだ。安くない代償も支払っているようだしね」
ユーキはじっと理人の身体を見る。
改めて見ると、彼はボロボロだ。
片目を失っているし、そのやせぎすの身体は、臓器の一部を失っていることがあるだろう。
チラリと見える皮膚には、傷跡……虐待の跡も散見される。
それでも、彼はこうして奴隷という立場から抜け出し、今に至っている。
苦痛を味わいながらも、上り詰めたのだ。
それは、ユーキからしても、かなり高く評価しているところだ。
「そうすると、やっぱり転移者全体を嫌う僕の考え方はよくないんだろう」
「……めちゃくちゃ客観視できているな。凄いと思うぞ、それ」
「いや、全部姫様に言われたんだけど」
「あ、うん……」
はっきり言うので、思わず苦笑いしてしまう。
「ここに着て、添い寝するのも姫様の提案だよ。こうして近くにいることで、転移者嫌いを少
しでも改善すること。転移者のことを少しでも知ることができる。素晴らしい提案でしょ? 姫様、頭がいいんだ」
「(そうか。俺の中では姫様はバカになったぞ)」
マジで余計なことを言ってくれたわ、あのクソ王女。
理人の中で彼女の評価が一気に地に落ちた。
「認識を変えるって言うなら話をするだけでもいいだろうし、添い寝なんてもってのほかだ。しかも、アポイントもなしにいきなり突っ込んでくるのもどうかと思うぞ。奴隷ちゃんも怒っているぞ」
「ああ、随分しっかり教育がされている奴隷だね。いいよ、喋っても。君は転移者じゃないみたいだし、僕は咎めたりしない」
チラリと奴隷ちゃんが理人を見ると、彼も嫌々ながら小さくうなずいていた。
自分よりも立場が上の二人から許可を得たため、彼女は考えていたことをはっきりと口にした。
「マスターの肉布団の役割は私のものです。騎士様であろうとお渡ししかねます」
「そんな布団を持ち合わせたつもりはない」
この後、なんだかんだ川の字になって三人で寝た。




