第55話 なるほどですね
ユーキは、鬼剣と畏怖される女騎士である。
見た目はとても可憐な少女で、剣なんてまともに振るうことができるのかと思うほどだ。
しかし、実際に剣を持たせて振らせてみると、その卓越した能力に誰もが驚愕する。
後ろでポニーテールにまとめられている青の髪が、返り血で真っ赤になるほど、剣で人の命を奪うことができる。
実際に奪ってきたからこそ、他国から恐れられているのだ。
そして、理人はそのことまで詳しく知らなかった。
落とし穴に落とされる程度で終わるほど、生半可な相手ではなかったのだ。
「よくもやってくれたなああああ……」
「ひぇ……」
怒り心頭である様子のユーキ。
当たり前のように無傷である。
しかし、土汚れは目立っていた。
自分の身体が汚れてしまったことと、まんまと思い通りにさせてしまった悔しさ。
それらが含まれた怒りであった。
「じゃあ、今度は僕の番だね。てぇい」
「ふぁっ!?」
ユーキが剣を振るうと、そこから巨大な光の斬撃が現れ、理人に襲い掛かった。
見たことのない攻撃に、唖然として必死に避ける。
何とか避けた彼が、斬撃が通った後を見れば、地面に深い亀裂が入っていた。
「なるほどですね」
『なにがじゃ?』
得心がいったとばかりに頷く理人に、マカが尋ねる。
こんなふうにしったような態度をとっているとき、だいたいろくでもないことを考えているときだ。
「ふっ、これほど強力な攻撃だ。そうそう連発することはできないだろうし、体力や魔力の消耗も激しい。勝ったな」
そう、強い攻撃には、代償が伴う。
この光の斬撃は、非常に強力だ。
当然、代償も大きいだろう。
あとは、何とか逃げまくって時間を稼ぎ、ある程度ベアトリーチェが満足したらさっさと降参し、倍になった報酬金を貰えばいい。
完璧な作戦だった。
「まあ、疲れるのは事実かな。今日だけなら、あと千発くらいしか打てないし、連続な三百発くらいが限界かも」
「……なるほどですね」
『なにがじゃ?』
なお、すぐにユーキ自身によって潰された模様。
三百発連続ってなに? 千発ってなに?
もうこの辺りの地形変わるじゃん。
理人は白目をむいた。
「じゃあ、行くよ。死なないだろうけど、致命傷にはなるから頑張ってね」
「んおおおおおお!?」
『汚い悲鳴じゃなあ』
次々に飛来する光の斬撃を必死に避ける理人。
無様なその姿に、マカはご満悦である。
ついでにユーキも楽しいのだが、あまり時間をかけるのも意味がない。
「よいしょ」
素早く剣を二度振るう。
しかし、それは理人を狙ったものではなく、彼の両隣に斬撃が走る。
長い斬撃だ。
まだ消えない。
「これで逃げられないね」
「…………」
左右を塞がれてしまい、満面の笑みを浮かべるユーキを前にして、辞世の句を考え始める理人。
前後と上が空いているが、斬撃を飛ばすユーキには無意味である。
詰んだ。
「じゃあね」
「殺しとかはしないって話だったんじゃ!?」
再び身動きの取れない理人に斬撃が飛ばされる。
当初の話はぶっ飛んでいた。
ちくしょー! と泣く理人。
『よし、覚えた』
マカの言葉が聞こえてきたのは、そんな時だった。
理人は腕を振るう。
すると、ユーキが打つ光の斬撃と同じような、しかし色は正反対の真っ黒な斬撃が飛び出すのであった。
「えぇっ!?」
驚愕するユーキ。
観戦しており、ユーキの勝利を確信していたベアトリーチェもまた、目を丸くして驚いていた。
何より、一番驚いていたのは理人であった。
白と黒の斬撃がぶつかり合う。
バチン! とすさまじい音を立てて、せめぎあいが始まった。
「ぐぎぎぎぎぎぎ……!」
斬撃を飛ばす相手と戦うのは、なまじ初めてのユーキ。
せめぎ合いになるのも、もちろん初めての経験だった。
必死にこの勝負に勝とうとする。
自分の主であるベアトリーチェに情けない姿をさらすことはできないし、何より転移者に敗北するなんて断じてごめんだった。
「だりゃあああああ!」
気合一閃。
全力の斬撃により、黒い斬撃を押し戻すことに成功した。
そして、そこは理人のいたところを飲み込んでいってしまったのであった。
「ふーっ、ふーっ……! 僕の勝ちぃ!」
跡形もなく地面ごと削り取られた理人に、勝利の雄たけびを上げるユーキ。
なかなか強かったのは認めるが、それまでだ。
にんまりと満面の笑顔でベアトリーチェの元へ向かおうとして……。
「やったぜ」
「っ!?」
理人の声が背後から聞こえた。
そして、首筋に添えられる手。
ただ手を添えているだけなら、何の危機感もない。
しかし、自分の放つ斬撃と同程度の威力のものを出すことができるのが、理人の手である。
なまくらを突きつけられているよりも、はるかに恐ろしい抑止力を秘めていた。
「なっ……どうやって……」
唖然とするユーキ。
確かに、せめぎ合いに夢中になっていたのは認めよう。
しかし、視界の端にでも接近する理人を見つけられたら、さすがにそちらに意識を割いていたはずだ。
それすらもなかった。
そのネタ晴らしを、泥だらけの理人が言う。
「斬撃同士がぶつかってお互いの姿が見えなくなっただろ? というか、気にする余裕もなかった。俺の身体が隠れている間に、地面を潜ってお前の後ろに来たってわけだ。見ろ、ドロドロだぞ」
「知らないよ」
憮然とした様子の理人。
自分でしたくせに不機嫌になっているのだから、どう反応すればいいのか分からない。
まあ、彼からすると、マカに無理やりさせられたというところも大きいので、この機嫌の損ね方は理解できないわけでもなかった。
そんな状況を見ていたベアトリーチェは、この試合を終わらせるための一言を発する。
「そこまで。勝者、リヒトさん」
「成し遂げたぜ」
理人の頭の中には、膨れ上がった報酬金のことしかなかった。
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