第54話 奴隷ちゃん、助けて!
「ふう……」
コキコキと首を鳴らしながら、準備運動をする理人。
いかにもやる気満々の強者という雰囲気だ。
孤児院の中にある広場で、彼は相手が来るのを待っていた。
そう……。
「(なんであんなことを言ってしまったんだろう。お金の魔力が怖い)」
全力で後悔していた。
報酬を倍にしてくれるという甘言に飛びついてしまった結果がこれだ。
鬼剣と畏怖される女騎士に、なぜか戦いを挑むことになったのである。
「持って数秒(で返り討ちにされて血だらけにされるん)だな」
「へー、随分と自信があるじゃん」
頬をピクピクとさせながら相対するユーキ。
細い剣が腰に差されてある。
あれで刺されたら痛いだろうなあ、とどこか他人事で理人は考えた。
「まあな。(ボコボコにされる)自信に満ち溢れているよ」
「……むかつくなあ。転移者風情が、よくもまあ……。試合だけど、ついうっかり君の命も奪いたくなってしまったよ」
「それは困るなあ」
完全にすれ違っているのに、理人は気づいていない。
これからの試合が嫌すぎて頭に入ってきていなかった。
自分からスキップして崖っぷちに向かっているが、まったく認識していなかった。
「(またとんでもない口下手さを発揮していますね、マスター。そういうところも素敵です)」
奴隷ちゃんは奴隷なので口には出さない。
その方が、なんだかおもしろい方向に転がりそうということもあるからだ。
そんな時、理人の脳内で女の声が響く。
『で、じゃ。わらわの出番かの?』
「(そうだぞ。お前の力を借りないと、本当に数秒で血祭りにあげられる)」
『面白いな』
「(何も面白くないわぶっ飛ばすぞ)」
非常に不満げな理人。
姿が見えず、どういう存在なのかいまいちよくわからないが、あまり良くない存在であることは知っている。
だが、この厳しい世界を生きていくには、無力な自分は彼女に頼るほかない。
今回も、マカの力を借りる予定だ。
そういう契約だからだ。
二人の元に、王女であるベアトリーチェがやってくる。
「子供たちの避難も済みました。存分に戦ってください……と言いたいところですが、さすがに孤児院に被害をもたらすのは止めてくださいね」
「ウンワカッタ」
「(全然分かってないだろ、こいつ)」
そっぽを向きながら答えるユーキに、理人はジトッとした目を向ける。
間違いなく脳筋女騎士だ。
嫌いなタイプだった。
「では、はじめ」
王女はそう言うと、そそくさと去っていった。
激しい戦いが繰り広げられるのだから、逃げるのは当然だった。
「先手必勝だ。いくぞ、マカ」
『うむ』
意外にも先手を取ったのは理人であった。
相手は敵国から鬼剣と称されるクレイジーゴリラウーマンである。
先手を取らせたら一撃で終わってしまうかもしれない。
別に負けることはいいのだが、ただ敗北するだけではすみそうにないのは困る。
そのため、先に動いたのであった。
「うわっ!?」
地面がうねる。
すると、土が鋭い棘のようになり、ユーキめがけて伸びていく。
人間の身体なら簡単に串刺しにできるだろう。
この男、自分のためにユーキに致命傷を与えることに何ら躊躇をしていなかった。
もちろん、彼女も他国に名が及ぶほどの女騎士。
不意打ち気味だったとしても、攻撃を喰らうことはなかった。
「こんなに早く地面を変形させるなんて……。それに、魔法を使ったようなしぐさもなかった。凄い初見殺しだね」
「ふっ、万策尽きたか」
「早くない?」
ちょっと褒めてみたら、良い顔で無条件降伏を言ってくる理人。
無論、受け入れられないが。
しかし、ユーキは彼のことを評価したようだった。
冷や汗を一筋流していることからも、驚いていたのは本当だった。
ただの雑魚ではないという認識だろう。
「でも、これくらいの速度なら、一生かかっても僕を捉えることはできないね」
ニヤリと笑うユーキ。
それは、慢心でも驕りでもなく、確かな事実であった。
この棘が彼女を捉えることはない。
しかし、理人はそれに対して何とも思っていなかった。
「なるほど」
「んあ?」
棘から逃れて飛びのいた先。
本来地面があるはずのそこは、何もない空間が広がっていた。
落とし穴。
子供が作る悪戯のそれが、逃げる先に設置されてあった。
ただ、底が見えないというのが子供のいたずらと明らかに異なる点だが。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
悲鳴を響かせながら落とし穴に落ちて行くユーキ。
ずっと続いていく悲鳴。
……思っていたより深くてさすがの理人も顔を青ざめさせる。
全部マカのせい。
そう決めたので、ダメージは何とか致命傷で済んだ。
『わらわの扱いが雑すぎる……』
「ふう、俺の勝ちだな」
「……どれだけ深く掘ったんですか?」
「さあ……?」
ベアトリーチェも少し顔色が悪くなっている。
まあ、やべー奴と他国からも知られているほどの女だから、死にはしないだろう。多分。
あと、全部マカがやったことなので、まったく関知しません。
内心で声高に宣言した。
「ということで、今回は俺の勝ちということで。報酬二倍、よろしくおねしゃーす!」
「いえ、まだ終わっていませんよ?」
ベアトリーチェの言葉に、小首をかしげる理人。
そんなはずはない。
間違いなく終わった。
さすがに死なれていたら目覚めが悪いが、骨折の一つくらいはしているだろう。
マカがやけに張り切って深い落とし穴を作ったので、這い上がることもできないだろう。
「ん? いやいや、さすがにもう終わりでしょう。というか、早く助けに行かないと……」
「あの者が、伊達に鬼剣と呼ばれているわけではありません。それに……」
ズドン! と地響きが起きた。
それは、理人が背を向けている落とし穴から。
振り返れば、穴から神々しい光が空に伸びていた。
「えぇ……何これぇ……」
とんでもない力の奔流に、理人は頬を引きつらせる。
そんな状況を見ながら、ベアトリーチェはそれが当たり前のようにうなずいた。
「私の護衛は、こんな児戯で敗北するような生半可な者は選ばれません」
「リイイイイヒイイイイイトオオオオオオ!」
落とし穴から飛び出してきた鬼。
まさしく、鬼剣と称されるにふさわしい、恐ろしい形相だった。
「奴隷ちゃん、助けて!」
理人、恥も外聞もなく奴隷ちゃんに助けを求めるのであった。
当然、助けてもらえない模様。




