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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第3章 転移者の報復編

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第51話 やっぱり、1対9

 










「やあ、初めまして。僕が君を何度も呼びつけ、何度も無視されたユーキだよ。よろしく」


 ニコニコと笑いながら言ってくる女。

 この世界らしい奇抜な青色の髪をポニーテールにまとめて動きやすくしている。


 顔立ちは整っている。

 笑顔もとてもきれいだ。


 だが、そこからにじみ出る怒りをまるで隠せていない。

 うーん、この……。


 俺も負けじと笑顔で対応する。


「ああ、これはご丁寧に。実は僕も最初からお会いしたいと思っていたんですけど、スケジュールがあれであれだったので、どうしてもお伺いできなかったんです。申し訳ないです。でも、こうしてお会いできたんでチャラですよね!」


 あははと笑う俺。

 うふふと笑うユーキ。


 何だろう、このふんわりした空間。

 優しい世界。


 これこそが、俺が求めていた環境である。

 しかし、次の瞬間ユーキの顔が怒りに染まる。


 シュバッと鋭い拳が、つい先ほど俺の顔面があった場所を突き抜けた。

 女の細腕とは思えないほどの威力で、空間がボッと悲鳴を上げて破裂していた。


 そ、そんなもん、喰らったら死ぬ……!


「ふざけんな! 何逃げてんだお前!」

「誤解です!」


 し、死ぬぅ!

 こんなえげつないパンチを喰らったら死ぬぅ!


 なんてゴリラだ。

 この世界にゴリラっていたのか。


 意思の疎通がうまくいかずに殺されるなんてこと、あってはならない。

 俺は、ただ面倒臭くて行きたくなかっただけなんだ……。


「何も誤解なんてないと思いますが、マスター」

「あーあ。本当ならここで血祭りにあげたいところなんだけどなあ」


 ひぇ……。

 自分を落ち着かせるために深呼吸をして言うユーキに、俺は震えあがる。


 こいつなら、本当に俺を血祭りにあげられそうだから怖い。

 まあ、こっちには奴隷ちゃんがいるんですけどね。


 ドラゴンをワンパンできる力に震えろ。


「でも、僕よりもはるかに偉い人からの命令だから、君を殺すこともできないよ。転移者風情が僕の手を煩わせるなんて、あってはならないことだよ」

「あれ? 俺が転移者だってことも知っているんですね」

「別に敬語はいいよ」


 ……転移者嫌っているくせに?

 何だかちぐはぐで笑ってしまいそうになる。


 まあ、上から目線で常に転移者を下に置こうとしていたら、それはそれで腹立たしいのでいいんだけども。

 しかし、こんなにも転移者差別をあからさまにしてくる人は久しぶりに見た。


 とくに、俺自身が奴隷という立場から解放されてからは、ほとんど遭遇していなかったから、多少面食らっているところがある。


「君も別に隠そうとしていたわけじゃないだろ? だから、それくらい簡単に分かった。ある程度の身辺調査は必要だからね。明らかに犯罪者を連れていくわけにもいかないし。まあ、僕は転移者という時点で反対なんだけど」

「あ、じゃあ俺はもう帰りますんで……」


 反対って言っているんだったら、止めておきましょう。

 ウィンウィンですね。


 ウキウキで帰ろうとすると、肩をがっしりと掴まれる。

 い、痛い……。


「やんごとなきお方が君を呼んでいるって言っただろ。帰るなんて選択肢はない」


 クソ……!

 なんでそのやんごとなきお方が俺を呼ぶんだよ!


 俺、何もしてな……いこともないけど、別にそのレベルの人間に迷惑はかけていないだろうが!


「じゃあ、行くよ」


 そのまま引きずられていく俺。

 マジでゴリラなの?


 必死に抗おうとするも、まったく意に介されない。

 奴隷ちゃん劣化版かな?


 引きずられながら周りを見ていると、なぜか王城とは離れた場所に向かって行っていた。

 むしろ、少々治安が悪いところに。


 ……え? 殺されるの?


「あれ? 王城じゃないの?」

「はあ? 君みたいなバックグラウンドもしっかりしていない男を、要人ばかりいる王城に入れられるわけないだろ」


 じゃあ家に帰せや。

 呆れたように言うユーキの言葉は、納得できるものはあった。


 普通、俺みたいな根無し草を王城なんて国家の中枢に入れるわけないよな。

 まあ、それはいい。


 俺も入りたいわけじゃないし。


「いや、だとしたら、俺を呼んでいるその人と会えないと思うんだが……」

「会えるよ。今、その人王城の外にいるから」


 ……要人を外に出してもいいの?

 まあ、俺は関係ないから別にいいけど。









 ◆



「君に対して、あの方の護衛をする指名依頼を出したいんだ」


 引きずりながらユーキが言う。

 いや、いつまで引きずってんだこいつ。


 もういい加減にしてほしいんだけど。

 しんどいしんどい。


「え、俺なんかじゃ全然役に立たないと思うからやめた方がいいと思うんだけど」


 貴人の護衛、しかも指名依頼なんて、それこそ望月に頼めばいいと思う。

 あいつなら完璧にこなすことだろう。


 決して押し付けようと思っているわけではない。

 断じて。


 まあ、紹介料くらいは貰いたいけど。

 そもそも、そのやんごとなきお方って言うのも誰だか知らんし。


 王族に顔が効くような人間ってことは、まあ俺にとってはろくでもないんだけどさ。

 はー、マジでそいつの頭に石でも落ちてきて記憶ぶっ飛んでくれないかな。


 俺を指名しようとしたところだけ忘れてくれたら嬉しい。


「うん、それは僕もそう思う。君、僕に引きずられている時点で、そんなに強くなさそうだし」


 それはそう。

 お互いの意見が合致したな。


 じゃあ、離せや。


『むむっ。わらわのおもちゃをバカにされておる。よし、わらわがブーストしてやるから、こいつをぶっ殺せ』


 マカのばかばかしい声が聞こえてくる。

 ふざけんな。


 お前、姿は見えないけど笑っているだろ。

 声音で分かるんだぞ。


「まあ、君に護衛して守ってもらおうなんて本気では思っていないよ。建前っていうやつだよ。要は、護衛という名目で近くにいさせても不思議でないようにするんだ。その人は、君と話したいだけみたいだからさ」

「はあ……」


 俺、そんな面白い話なんて持っていないんだけどなあ……。

 そんなことを思いながら引きずられていると、ピタリとユーキが止まって、地面に落とされる。


 凄く痛い……。


「ほら、ここだよ」

「……孤児院?」


 フラフラになりながら立ち上がって建物を見る。

 身寄りのない子供が集められる、孤児院だった。


 俺は決して関係がない場所に連れてこられて、首をかしげる。

 貴人って、こういうところにいるのか?


「おーい、連れてきたよー」


 ユーキがズカズカと入り込んでいくので、俺たちも後に続くしかなかった。

 どうやら、子供たちは広場で遊んでいるようで、遭遇しなかった。


 そんな子供たちと遊んでいた一人の少女が、悠然と歩いてきた。

 ああ、なるほどと思った。


 彼女が、俺を呼びだしたのだろうと、一瞬で理解した。

 その立ち居振る舞いすべてが、俺のような人間とは比べものにならないほど気品に満ちていた。


 美しく整えられた髪や肌、豪奢ではないが清潔な衣服。

 どれもこれも、奴隷なんて立場にいた俺からは考えられないもの。


 そして、そんな彼女は一瞬チラリと俺を見た。

 何も感じさせない目だ。


 喜怒哀楽の感情はもちろん、こちらを値踏みしているようなこともなかった。

 超然としているというか、同じ場所に立っていないような、そんな感覚だった。


 彼女はスッと目をそらすと、ユーキと話し始めた。


「ご苦労様です。ずいぶんと時間がかかりましたね」

「いやー、こいつが逃げ回ってさー」


 俺のせいにしやがるクソ騎士。

 ち、違うんです。


 俺はただ、外に出たくなかっただけで……。


「初めまして、リヒトさん。私はベアトリーチェと申します」

「ああ、これはご丁寧にどうも。しかし、俺の名前って誰にでも知られているんだなあ」


 物腰柔らかく頭を下げてくる少女――――ベアトリーチェに、俺は少しほっとする。

 相対しているとなんだか不安になるような少女だが、常識は持ち合わせているようだ。


 少なくとも、ユーキより。

 そう思って、つい敬語が取れてしまう。


 すると、ユーキがありえないような目で見てくる。


「……僕はいいけど、この人にため口はまずくない?」

「え、何で?」


 確かに、良くはないだろう。

 初対面だし、貴人だし。


 ただ、別に失礼な言動をしたわけでもないし、あからさまなため口というわけでもなかったから、許されないだろうか?

 まあ、この世界ってクソだから、許されないのかもしれないけど。


 そう思っていると、ユーキが引き気味に言った。


「王女だもん」


 ……ほーん、なるほどなるほど。

 王女ね。


 王族命令があったということは、ユーキかベアトリーチェが王族とつながりがあるほど凄い人物なのだと思っていた。

 しかし、実態はベアトリーチェこそが王女だと。


 だから、王族命令も簡単に出せたのか。

 なるほどなるほど。


「……俺が1、ユーキが9と言ったところか」

「舐めてんの?」


 ユーキの凍える目に、俺は悲鳴を小さく上げるのであった。




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