第50話 1対9、というところか
「……全然来ないじゃん」
ユーキは憤慨していた。
自分はしっかりと手紙を出して呼び出したというのに、相手は出てこないのである。
これは由々しき事態だ。
自分の背後には姫がいるし、彼女の意思で彼を連れて行こうとしている。
それを拒否すると言うのは、王族の命令を無視するのと同義だ。
それを理解しているのだろうか?
だというのに、理人から帰ってきた返事はこれである。
『拒否するぅ』
これだけである。
ありえない。
断固として許すべきではない。
姫の命令がなくとも、相応の報いを受けさせるために行動すべきである。
「いや、落ち着け僕。殺すのはマズイ。連れて来いって命令されているからね。でも、またこんな命令が来たらむかつくし……」
うんうんと悩むユーキ。
いい方法があればいいのだが……。
いっぱい悩んで、そして彼女の優れた頭脳はとある答えを導き出した。
「あ、そうだ。ギルドに命令を出させて、連れてこさせよう。そうしよう」
理人は冒険者である。
冒険者はギルドに登録しなければ依頼を受けることはできない。
そんな大元であるギルドからの命令ならば、理人も従わざるを得ないだろう。
「……まあ、一発くらい殴るのは誤射だよね?」
のこのこやってきたら、一発殴ってやろう。
残念過ぎる手紙を書いておきながら、それを棚に上げ、何ともひどいことを考えるユーキであった。
◆
「マスター。ギルドから出頭命令書が届いています」
「え? なんで?」
俺は愕然とする。
冒険者はギルドに登録こそしているものの、ギルドに雇われているわけではない。
だから、命令とかは基本的にない。
個人事業主みたいなものだし。
それでも、どうしても必要に迫られた時のみ、ギルドは冒険者に強制力のある命令を出すことができる。
もちろん、よほどの理由がない限りできないのだが。
しかし、そういう緊急事態に命令を出して呼ばれるのは、望月みたいな力があって協力的な人間が大抵だ。
俺、奴隷ちゃんのおかげで依頼達成率は恐ろしく高いが、そんなに頻度は多くないので、緊急事態に呼び出されるほど信頼されていないと思っていたんだけど。
「理由は記載されておりません」
「どんな命令書だよ……」
強制するものだから、当然こういったものは理由が付されてある。
それもないって……偽造じゃないの?
まあ、そんなことをすると重罪になるので、とんでもないバカしかやらないと思うけど。
「ただ、ユーキという名前で、『さっさと出てこい』とメモ書きが付されています」
「……なるほどなあ」
無視したのがいけなかったのか。
これは、ユーキという奴が偽造したのか、それとも本当にギルドを動かして命令を出したのか。
前者ならバカが処罰されるくらいだから構わないが、後者なら困るな。
有力な騎士らしいし、後者の可能性も捨てきれないのがつらい。
「どうされますか? さすがにギルドの命令を拒否するのは、具合が悪いと思いますが」
「ただ、俺って奴隷ちゃんの力もあるんだけど、結構依頼とか受けて達成率もダントツでいいから、割とわがままが通るんだよ。それに、その命令書をちゃんと見てみろ」
俺に言われて、奴隷ちゃんは命令書を見る。
「ギルド長の印鑑が押されていないだろ? ってことは、正式な文書じゃないってことだ」
「そうなんですか? でも、どうして送ってきたのでしょう」
「どうせ、そのユーキとかいう奴の溜飲を下げさせて納得させるために、形式的にやっただけなんだろ。普通の一般市民が相手の時なら、さすがに押印されていなくとも命令書を送ることはしないだろうが、俺だったら分かるからいいだろうという判断じゃないか?」
ちなみに、これはかなり希望的観測を含んでいるのは誰もが分かることだろう。
こうであったらいいなという、俺の願望。
ちなみに、普通はこういう風に行動しない方がいいのは言うまでもない。
でも、嫌なんだもん。
鬼剣とか言われている女に呼び出されるの。
「ということは……」
奴隷ちゃんが窺うように見てくる。
俺は、それに対してコクリと笑顔で頷いた。
「うん」
◆
『拒否するぅ』
「……ふーん」
ギルドからの報告がこれである。
ユーキの目が据わる。
自分が手紙を送ったときとまったく変わらない返答である。
舐めている。
舐め腐っている。
「あー、そう。あーそう。僕はこうして穏やかに終わらせてあげようと思ったのに。一発くらい殴らせてくれたら許してあげようと思ったのに。ふーん、そういうことするんだ」
怒りが募っていく。
これは許されない。
断固として対応しなければならない。
「僕を怒らせたらどうなるか、教えてあげる……!」
きっと決意に満ちた顔を見せるユーキ。
彼女の力が発揮されるときが、今来たのだ。
「姫様ぁ、助けてぇ」
猫なで声で姫の元へと走って行くユーキ。
他力本願であった。
◆
「マスター、また命令書が来ていますが」
最近の茶飯事となってしまったこの奴隷ちゃんの言葉に、俺は酷く辟易とする。
勘弁してくれよ……。
拒否しているのに全然理解してくれないじゃん……。
「マジ? しつこすぎるだろ……。もう引っ越ししようかな」
「どこまでもお供します」
「う、うん……」
内心、ちょっとだけ置いて行けないかと考えていたことは内緒にしておこう。
いい方向に転がることはなさそうだし。
「では、また捨てておきますか?」
「そうだな。同じことしか書いていないだろうし、見る価値ないだろ」
俺は奴隷ちゃんに視線すらやらずに、そう言った。
ギルドもしつこいけど、やっぱり動かざるを得ないほどユーキというやばい騎士は位が高いのか。
まあ、このまま無視していても出禁にはならないだろうし、なったらなったで本格的に引っ越ししたらいいや。
そう思っていると、奴隷ちゃんの声が聞こえてきた。
「さすがマスター。王族からの命令も無視して破棄できるとは、さすがです」
「ちょっと待て」
今、何を言った?
絶対にかかわれないレベルの人間の名前を言っていなかった?
王族? なにそれ?
人生で一度も関わったことがなく、これから先もないであろうはずの名前だ。
しかも、そんな王族が、俺に命令?
……なるほど、つまりユーキという不幸と災いをもたらす愚かな騎士は、王族にも顔が効くと。
俺は、王族とつながりがあるほどの人間の命令を、ことごとく無視したということだな。
ほーん、なるほどね。
「……1対9、というところか」
「私に責任のほぼすべてをぶつけようとしてくる下劣さ、さすがです」
褒めてないよね?




