第49話 手紙
「うーん、どうしよっかなあ」
姫からの指令を受けて、女騎士――――ユーキはうんうんと悩んでいた。
その指令とは、彼女の目の前に、禍津會と戦った冒険者を連れてくること。
とはいえ、生き残った冒険者全員を連れていくわけにはいかない。
王女である彼女が勝手に行動して冒険者と結びつきを強めようとしていることがばれれば、彼女の兄たちはいい顔をしないだろう。
王女に求められているのは、婚姻して他国との結びつきを強めるための駒だ。
決して賢しい知性を身に着けて、政治に口出しさせるものではない。
だから、ぞろぞろと全員を集めて姫の前に連れ出すわけにはいかないのだ。
ごく少数を、秘密裏に彼女の前へと連れていく。
「まず誰を連れていくかというところだけど、これは案外あっさり決まったね」
人選は割と難しいのが普通だが、今回は簡単だった。
姫の元へと連れていくのは、理人である。
彼が禍津會と戦って退けさせたというのは、生き残った冒険者たちが積極的に流布しているため、間違いないだろう。
どうせ一人連れていくのなら、直接交戦し、そして勝利した者がいいだろう。
他の冒険者は、禍津會の人間に敗北して倒れていたようだから。
「次は、どうやって連れていくかだけど……どうしようかなあ。できる限り目立たない方がいいから……」
兵を連れて行って無理やり引っ立てるのはできない。
めちゃくちゃ目立つ。
姫は直情的に怒りを露わにすることはないだろうが、たぶん凄くニッコリとした笑みを向けてくる。
で、お仕置きと称して後でひどい目に合うのだ。
それは困る。怖い。
「あ、そうだ! 手紙を送ればいいんだ!」
名案だとばかりに頷くユーキ。
なるほど、確かに悪い考えではないだろう。
手紙は、書いた本人と読んだ相手にしか中身は分からない。
それで相手を呼び出すことができれば、誰にも悟らせずにスマートに姫の指令をクリアすることができる。
ユーキは不敵に笑う。
自分の天才さが恐ろしい。
「よし、そうと決まれば善は急げ。さっそくやろう」
意気揚々と手紙を準備し始めるユーキ。
先程も述べたが、悪い考えではないのだ。
ただ、一つ言えることは……。
「よし、できた!」
ユーキは、手紙なんて書いたことがないのである。
◆
俺はゆらゆらと揺れる安楽椅子に座りながら、ボーッとしていた。
窓から差し込んでくる日差しが気持ちいい。
ああ、これだよ。
これが、俺の求めていたものだよ。
この世界に来て、こんなゆったりと時間が流れるのを楽しむことができた日なんてなかった。
しかし、今の俺は違う。
それが許されているのだ。
……よく考えてみれば、ブラック企業勤めだったから、元の世界でもこんな時間の使い方なかったわ。
悲しい。
「マスター、お手紙が届いています」
そんな俺の元に、奴隷ちゃんがやってくる。
灰色の髪を二つのお団子にしてまとめている、美しい少女だ。
メイド服越しにもわかる起伏に富んだ肢体は、街を歩けば男たちからよく見られている。
顔も綺麗だからなおさらなのだが……俺は彼女の内面を知っているから、とてもじゃないが手を出そうとは思わない。
だって、ドラゴンをワンパンにしたりするような奴隷なんだもの。
どうして早く解放されてくれないんだ……。
そんな彼女が持って来てくれたのは、手紙。
もちろん知ってはいるが、ほとんどかかわりのなかった単語に、少々驚かされてしまう。
「え、手紙? 俺に手紙なんて送ってくる奴いないはずなのに……。文明人が誰もいないから」
「ご友人たちを普通に見下すのはさすがです、マスター」
「友人なんていないけど」
少なくとも、この世界においては誰一人としていない。
手紙を交換するような相手なんて、なおさらだ。
さて、どんな手紙かなっと……。
どうせ、ろくでもないことだろうけど。
俺は諦観しながら、手紙を開いた。
ルーダ『どうして俺のいたところで禍津會とかいうテロ組織と戦って活躍して格好いい所を見せてくれなかった……。俺ともう一度テロ組織にカチコミ……』
「奴隷ちゃん、これ捨てといて」
「よろしいのですか?」
「うん。呪いの手紙だった」
やっぱりろくでもなかったじゃん。
何なんだあの筋肉だるま。
ふざけんなよ。良い感じの一日を一気に貶めやがった。
「分かりました。もう一通ありますが……」
「まだあるの? それ、ルーダの二通目とかじゃないよな?」
もしそうなら、俺は引っ越しする。
誰にもばれないような場所に引っ越しする。
しかし、幸いにも奴隷ちゃんは首を横に振った。
「違います。差出人は、ユーキと書いてありますが……」
「……誰?」
「お知り合いでは?」
「全然知らん」
奴隷ちゃんも不思議そうにしている。
全然知らない人から手紙ってもらえるものなの?
それ、俺じゃなくて宛先間違ったんじゃないか?
しかし、手紙を受け取れば、ちゃんと俺の名前が宛名に書いてある。
ということは、間違いではないということだ。
「この方がそうかは知りませんが、ユーキという名前は有名なので知っています」
「そうなの?」
「王国に仕える女騎士で、その力は凄まじいの一言。剣を扱うことに関しては比類なき存在であり、敵を次々に血祭りにあげていることから、鬼の剣と書いて、【鬼剣】と称される女傑です」
「なるほど。つまり、クレイジーな人殺しウーマンがいるということだな」
ほーん、なるほど。
危険と鬼剣をかけたのかな?
誰が考えたのか知らないけど、いいんじゃない?
問題は、そんな奴になぜか俺が目をつけられているということだ。
王国に仕える女騎士?
マジで接点ないんだけど。
「……そんな奴が、何で俺に手紙を?」
「果たし状でしょうか?」
「心臓止まりかけたから、マジでそういうこと言わないで」
別に悪いことなんて……しているけど、女騎士に血祭りにあげられる理由はないはずだ!
果たし状とか決闘の呼び出し状とかなら死ねる。
「えーと……なになに?」
奴隷ちゃんが開いて中を見る。
……え? なんで俺に見せないの?
勝手に開けるのって、奴隷としておかしいよね?
そんなモヤモヤを抱える俺に、奴隷ちゃんは代読してくれた。
「『来てね♡』とのことです」
「えぇ……?」
どこに?
第3章スタートです。
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