第45話 偉大な英雄
禍津會。
国家の中枢や冒険者の上澄みなど、ごく一部の者にしか知られていなかった、最低最悪のテロ組織。
遭遇すれば多くが殺されるため、目撃者や生き残った被害者が非常に少ないため、一般的にはほとんど知られていない。
しかし、今回の出来事があったことにより、一般市民にはいまだ知られていないものの、冒険者の間では一気に情報が広まった。
生き残ったレイスやゴールとデール兄弟が流布したことによる。
それ自体は、別に悪いことでもないし、誰も口止めもしていなかった。
なにせ、テロ組織だ。
危機感を共有するのは悪いことではない。
それに、これからますます活動は活発になっていくだろうし。
転移者の仇討のために世界を破壊しようとする禍津會と、それを防ごうとするこの世界の人々。
大きな戦いになるだろうし、それは目前まで迫っている。
世界の命運をかけた大きな戦いが勃発するのは、理人としてはまあ勝手にしてくれという気持ちである。
彼にとっての誤算だったのは……。
「だから、凄かったんだよ! 僕たちが手も足も出なかった禍津會の男と、こう格好よく戦ってさ!」
「演劇みたいだったよ! 一歩も引かないで、動けない僕たちのために戦ったんだ!」
ゴールとデール兄弟が興奮気味にギルドの中で大声で話す。
もう何度目かという話なのだが、飽きずに冒険者たちは聞いている。
守銭奴であり金にがめつい兄弟が、他者を純粋に褒めているということ。
それが、冒険者たちの注意を引いていた。
まあ、さすがに最初の時より聴衆の数は少なくなっているが。
「はあ……」
そんな彼らから少し離れた場所で、望月は深いため息をつく。
正面にいるアイリスも、眉を顰める。
「どうしたのよ、優斗」
「リヒトさん、凄くない?」
「…………」
重たい悩みでもあるのかと思った。
何なら、先日のイリファス支部の偵察依頼で、ほとんど役に立てなかったことを悔やんでいるのかとも思った。
全然そんなことはなかった。
リヒト信者になっていた。
「僕は勇者だとか言われているけど、井の中の蛙だと思い知らされたよ。あの人こそが、勇者に相応しいとさえ思う」
「え、あれが……?」
うっとりとした顔をする望月に、唖然とするアイリス。
理人が勇者。
勇者……絶対に似合わない称号だった。
「ゴールとデール兄弟も言っているけど、無力な僕たちを守るために、あの強大な男と戦ったんだ。自分が殺されるかもしれないのにね。たとえ勝ったとしても、あのテロ組織に命を狙われる羽目になると分かっていたのに、だよ」
「いや、あれは自分の意志というか、成り行きで嫌々戦っていたような……」
もし若井田たちがあの場にいると事前に分かっていたら、おそらくあの場所に赴くことはなかったのではないだろうか?
倒れる冒険者をそのままに、さっさと帰っていた姿が目に浮かぶ。
どうしてもどうにもならなかったために、嫌々戦っていた気がした。
それで勝っているのだから、何とも言えないが。
「アイリスが彼を信頼している気持ちが分かったよ。あの人は、英雄だ」
「英雄。それは……違わないかもね」
すっかり胸に抱えていたモヤモヤを吹き飛ばして、望月は純粋に理人を賞賛する。
英雄という言葉に、アイリスはピクリと反応した。
理人に対する評価としての英雄。
望月たちの考えている、巨悪に立ち向かう英雄像とは少し違う。
だが、アイリスにとっての英雄であることには違いなく、否定する気は毛頭なかった。
そんな内心を知らない望月は、純粋に喜ぶ。
「でしょう? おそらく、このまま反禍津會の象徴はリヒトさんになるだろうね。勝ったわけだから」
「……そうね。あいつ、めっちゃ絶望しそうだけど」
まったく守りたいと思っていない世界や人々のために、世界最悪のテロ組織の戦うリーダーになろうとしている。
考えるだけで吐き気がしてきそうだ。
「これから、激しい戦いになるだろう。リヒトさんが先陣を切って戦うことになるだろうけど、少しでもその力になりたいと思うんだ。一緒に頑張ってくれるかい?」
「まあ、あいつのためっていうのは絶対に嫌だけど、優斗がやるって言うなら頑張るわ。でも、本当に禍津會と戦うの?」
ポツリと疑問を呟く。
それに対して、望月は逡巡することなく、はっきりと頷いた。
「当然だよ。彼らはこの世界を破壊しようし、罪のない人々を苦しめている。それを見過ごすことはできない。それに、転移者の立場をさらに悪化させるものであることは、間違いないからね。禍津會が、転移者のみで構成された集団だとばれるのは、時間の問題だろうし」
「……そうよね。優斗の言っていることが正しいわ」
「……やっぱり、思うところはあるみたいだね」
アイリスの感情の変化に気づいた望月が問いかける。
自分たちに温度差があることは、さすがの彼でも理解していた。
そして、自分よりもつらい境遇にあったことも知っている。
だから、アイリスが少し悩むしぐさを見せたのを咎める気にはならないし、理解もしていた。
「あたしも転移者だから。若井田が言っていたことをすべて納得できたわけじゃないけど、全部否定できるわけでもないわ。出会う順番が違えば、もしかしたら違う道もあったかもしれないわね」
その道というのを、アイリスは明確に言わなかった。
しかし、望月は、【先に自分と出会っていなければ、若井田の誘いに乗って禍津會に参加していたかもしれない】と考えた。
それが、通常の考え方だろう。
正しいかどうかは別にして。
アイリスはニッコリと笑った。
「でも、今は違うから。安心して」
「アイリス……うん!」
「おい、望月! あの偉大な英雄、リヒトさんのことについて、もっと詳しく教えてくれよ!」
「ああ、分かった! すぐに行く!」
ゴールに呼ばれて、望月はそちらに向かって行った。
残されるのは、アイリス。
「…………」
彼女の考えていたことは、誰も知る由もなかった。
今、この時、この場にいる者の中では。
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