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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第2章 テロリストと反社編

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第45話 偉大な英雄

 










 禍津會。

 国家の中枢や冒険者の上澄みなど、ごく一部の者にしか知られていなかった、最低最悪のテロ組織。


 遭遇すれば多くが殺されるため、目撃者や生き残った被害者が非常に少ないため、一般的にはほとんど知られていない。

 しかし、今回の出来事があったことにより、一般市民にはいまだ知られていないものの、冒険者の間では一気に情報が広まった。


 生き残ったレイスやゴールとデール兄弟が流布したことによる。

 それ自体は、別に悪いことでもないし、誰も口止めもしていなかった。


 なにせ、テロ組織だ。

 危機感を共有するのは悪いことではない。


 それに、これからますます活動は活発になっていくだろうし。

 転移者の仇討のために世界を破壊しようとする禍津會と、それを防ごうとするこの世界の人々。


 大きな戦いになるだろうし、それは目前まで迫っている。

 世界の命運をかけた大きな戦いが勃発するのは、理人としてはまあ勝手にしてくれという気持ちである。


 彼にとっての誤算だったのは……。


「だから、凄かったんだよ! 僕たちが手も足も出なかった禍津會の男と、こう格好よく戦ってさ!」

「演劇みたいだったよ! 一歩も引かないで、動けない僕たちのために戦ったんだ!」


 ゴールとデール兄弟が興奮気味にギルドの中で大声で話す。

 もう何度目かという話なのだが、飽きずに冒険者たちは聞いている。


 守銭奴であり金にがめつい兄弟が、他者を純粋に褒めているということ。

 それが、冒険者たちの注意を引いていた。


 まあ、さすがに最初の時より聴衆の数は少なくなっているが。


「はあ……」


 そんな彼らから少し離れた場所で、望月は深いため息をつく。

 正面にいるアイリスも、眉を顰める。


「どうしたのよ、優斗」

「リヒトさん、凄くない?」

「…………」


 重たい悩みでもあるのかと思った。

 何なら、先日のイリファス支部の偵察依頼で、ほとんど役に立てなかったことを悔やんでいるのかとも思った。


 全然そんなことはなかった。

 リヒト信者になっていた。


「僕は勇者だとか言われているけど、井の中の蛙だと思い知らされたよ。あの人こそが、勇者に相応しいとさえ思う」

「え、あれが……?」


 うっとりとした顔をする望月に、唖然とするアイリス。

 理人が勇者。


 勇者……絶対に似合わない称号だった。


「ゴールとデール兄弟も言っているけど、無力な僕たちを守るために、あの強大な男と戦ったんだ。自分が殺されるかもしれないのにね。たとえ勝ったとしても、あのテロ組織に命を狙われる羽目になると分かっていたのに、だよ」

「いや、あれは自分の意志というか、成り行きで嫌々戦っていたような……」


 もし若井田たちがあの場にいると事前に分かっていたら、おそらくあの場所に赴くことはなかったのではないだろうか?

 倒れる冒険者をそのままに、さっさと帰っていた姿が目に浮かぶ。


 どうしてもどうにもならなかったために、嫌々戦っていた気がした。

 それで勝っているのだから、何とも言えないが。


「アイリスが彼を信頼している気持ちが分かったよ。あの人は、英雄だ」

「英雄。それは……違わないかもね」


 すっかり胸に抱えていたモヤモヤを吹き飛ばして、望月は純粋に理人を賞賛する。

 英雄という言葉に、アイリスはピクリと反応した。


 理人に対する評価としての英雄。

 望月たちの考えている、巨悪に立ち向かう英雄像とは少し違う。


 だが、アイリスにとっての英雄であることには違いなく、否定する気は毛頭なかった。

 そんな内心を知らない望月は、純粋に喜ぶ。


「でしょう? おそらく、このまま反禍津會の象徴はリヒトさんになるだろうね。勝ったわけだから」

「……そうね。あいつ、めっちゃ絶望しそうだけど」


 まったく守りたいと思っていない世界や人々のために、世界最悪のテロ組織の戦うリーダーになろうとしている。

 考えるだけで吐き気がしてきそうだ。


「これから、激しい戦いになるだろう。リヒトさんが先陣を切って戦うことになるだろうけど、少しでもその力になりたいと思うんだ。一緒に頑張ってくれるかい?」

「まあ、あいつのためっていうのは絶対に嫌だけど、優斗がやるって言うなら頑張るわ。でも、本当に禍津會と戦うの?」


 ポツリと疑問を呟く。

 それに対して、望月は逡巡することなく、はっきりと頷いた。


「当然だよ。彼らはこの世界を破壊しようし、罪のない人々を苦しめている。それを見過ごすことはできない。それに、転移者の立場をさらに悪化させるものであることは、間違いないからね。禍津會が、転移者のみで構成された集団だとばれるのは、時間の問題だろうし」

「……そうよね。優斗の言っていることが正しいわ」

「……やっぱり、思うところはあるみたいだね」


 アイリスの感情の変化に気づいた望月が問いかける。

 自分たちに温度差があることは、さすがの彼でも理解していた。


 そして、自分よりもつらい境遇にあったことも知っている。

 だから、アイリスが少し悩むしぐさを見せたのを咎める気にはならないし、理解もしていた。


「あたしも転移者だから。若井田が言っていたことをすべて納得できたわけじゃないけど、全部否定できるわけでもないわ。出会う順番が違えば、もしかしたら違う道もあったかもしれないわね」


 その道というのを、アイリスは明確に言わなかった。

 しかし、望月は、【先に自分と出会っていなければ、若井田の誘いに乗って禍津會に参加していたかもしれない】と考えた。


 それが、通常の考え方だろう。

 正しいかどうかは別にして。


 アイリスはニッコリと笑った。


「でも、今は違うから。安心して」

「アイリス……うん!」

「おい、望月! あの偉大な英雄、リヒトさんのことについて、もっと詳しく教えてくれよ!」

「ああ、分かった! すぐに行く!」


 ゴールに呼ばれて、望月はそちらに向かって行った。

 残されるのは、アイリス。


「…………」


 彼女の考えていたことは、誰も知る由もなかった。

 今、この時、この場にいる者の中では。




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