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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第2章 テロリストと反社編

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第43話 誰よりも、強い

 










 何とかアイリスをなだめすかし、先に行ってしまった連中に追いつこうとした俺たち。

 まだこの危険な場所を探索するつもりなら、アイリスを出汁にして先に帰ると言うつもりだった。


 そんな俺が見た景色は、血と贓物と死体がまき散らされている凄惨な地獄。

 そして、一緒に行動していた望月たちが、すべからく地面に転がっている様子だった。


 ちらっと見る限り、一緒に来ていた連中で命を落としている者はいな……あ、リーリスは死んでるわ。

 私兵団のリーダー的な男だったのに、どうしてこんなことに……。


 ちんぷんかんぷんだが、おそらく……というか、ほぼ間違いなく立っている二人のせいだろう。

 他の冒険者たちもそこそこ手練れだったし、望月は誰の目にも優秀で強い冒険者と映るほどの実力者である。


 そんな彼を倒しているこいつら……関わりたくないっす。

 男はともかく、女の方は既知だし。


「優斗!」


 アイリスが望月の元に駆け寄る。

 大きなけがはしていないようだが……。


 早く立ち上がって代わりに戦ってぇ!


「よっ、久しぶりだな」


 ひょっこりと手を上げるのは、かつて私兵に連行されていき、絶対ろくでもない目にあわされたであろう三ケ田だった。

 生きていたのか。絶対殺されたと思っていたけど、まあ……。


「そんなに期間は空いていないけどな。まあ、お前が味わったことも含めれば、時間がだいぶ経ったように感じるのも不思議じゃない」

「やっぱり、そこの馬鹿と違って分かっているね」


 満足げに頷く三ケ田。

 望月、お前……。


 そこの馬鹿って言われているぞ。

 なにしたんだよ……。


「んー、これはこれは。我らが同胞」


 俺と三ケ田の会話に割り込んできた男。

 その風貌に、アイリスは目を丸くしている。


「サラリーマンだ……」

「日本人としての誇りですよ」

「お前、さては社畜だったな?」

「……その話は止めておきましょう。お互い傷つくようです」

「……ああ」

「大人って大変なんだな……」


 二人して肩を落としていると、三ケ田が苦笑いしていた。

 辛いです……。


 さっさと辞めろって気軽に言う奴もいるが、次が見つからないんだから仕方ないじゃない!


「さてさて、ご挨拶を。私は若井田と申します。禍津會に所属しております」

「あ、これはどうもご丁寧に。理人って呼ばれています。あ、頂戴します」

「大人って大変なんだな……」


 名刺を渡され、思わず昔の感じで話してしまう。

 自分の名刺がないのが悪いことのように思えてくるが、この世界ではないのが当たり前である。


 しかし、禍津會かあ……。

 舞子さんから話を聞いてから、ちょくちょく耳にする組織だ。


 関わりたくない……。


「で、最近よく聞く禍津會さんが何の用だ? 何か色々あったみたいだけど……」

「意見の相違がありまして。まあ、世界を破壊するなんてことを言っているんですから、抵抗も批判もあるのは当然だと思っております」


 周りに倒れる冒険者たちを見る若井田。

 いや、それよりもこの死体の山も気になるんですけど……。


「さっそくですが、あなたは我らの仲間に加わっていただけませんでしょうか? 転移者の、転移者による、転移者のための組織です。あなたも大変な目に合われたご様子。この世界に、人間に、復讐を考えたことはありませんか?」

「うーん……」


 若井田の勧誘に、俺は悩む。

 受けるにせよ拒否するにせよ、即答すればどちらにしても角が立つ。


 だから、悩む。

 ここで拒否すれば、間違いなく俺もここで倒れる冒険者たちの仲間入りだ。


 望月でも敗北する相手、しかも大して消耗すらしていない様子の相手に、俺が勝てるはずもない。

 じゃあ、勧誘に乗るか?


 ただ、そうしたら俺はテロ組織の仲間入りだ。

 舞子さんはウキウキで喜びそうだけどなあ……。


 ……うん?

 今、誘われているのは俺だけだ。


 奴隷ちゃんは転移者ではないから、誘われなかったのだろう。

 奴隷ちゃんから離れられるしいいのでは!?


 俺の中で答えは出た。

 奴隷ちゃん、お別れだ……。


「あ、じゃあ……」

「マスターは、お断りすると申しております」


 ズイッと前に出て言う奴隷ちゃん。

 申していたっけ!?


 むしろ、受け入れる的な感じだったけど!?


「おや、そうですか? 禍津會は、その組織の都合上構成員が少ないので、新しい仲間はとても大切にしますし、色々サポートもさせていただきますが……」

「(奴隷である私を誘わない組織なんて)ごめんだと申しております」

「おい、言外に何を言いたいのか伝わってきたぞ」


 自分のためやんけ!

 自分が置いて行かれると分かったとたんに……なんて奴隷だ。


 主人の意思を完全に無視して話を進めやがった。


「り、リヒトさん……!」


 望月が倒れたまま俺を見上げてくる。

 おい、その感動したような目を向けてくるな。


 俺の意志が一切介在していない意思決定なんだぞ。

 禍津會と戦うなんて一言も言ってねえからな!?


「なるほど、それは残念。であるならば、仕方ありません。ここにいる連中は皆殺しにする予定だったので、あなたも倒れていただきましょう。同胞とはいえ、手加減はなしです」


 戦意をみなぎらせる若井田。

 ど、奴隷ちゃん、助けて!









 ◆



 望月を含めた倒れた冒険者たちの目の前で、激しい戦闘が繰り広げられる。

 自分たちを一瞬で倒してしまった、禍津會の若井田。


 そして、自分たちと同じ依頼を受け、奴隷を連れている男、理人。

 まず、たった一人で若井田と渡り合っているという時点で、彼らの目を引き付けるだけのものがあった。


 加えて、その戦闘である。

 激しい……と称したが、確かに武器と武器がぶつかり合う剣戟は目立つ。


 若井田はどこからか取り出したナイフ。

 理人はそこら中に落ちている小剣。


 室内で散る火花は、とても美しく見えた。

 そう、その戦いも、まるで演舞のようだった。


 それほど洗練されていて、美しいと感じた。


「早く……助力しないと……!」


 望月は身体に受けたダメージを無視して、何とか立ち上がろうとする。

 相手は強力だ。


 すぐにでも助けなければならない。

 しかし、そんな彼の背中を、アイリスが優しく抑えた。


「大丈夫よ。あいつ、こんなのでやられる奴じゃないから」

「……アイリスは、あの人のことを信頼しているんだね」


 介抱されながら、思わず尋ねてしまう。

 それが、親に構ってもらえなくなった子供のようで、顔を赤らめてしまう。


 アイリスは少し驚いた表情を見せるが、苦笑した。


「実は、優斗と会う以前の知り合いなのよ。だから、あいつの力も知っているってわけ」

「そうだったの? でも、僕と出会う前っていうことは……」

「そこらへんは、内緒よ」


 アイリスはそう言うが、望月とペアを組んだのは、彼女が奴隷から解放されて少ししてからだと認識している。

 つまり、理人と会ったのは奴隷時代だということで……。


 その時、彼はどのような立場だったのだろうか?

 アイリスと同じ奴隷だったのか、それとも……?


「でも、あたしは断言できるし、保証するわ。あいつは、自分で弱い弱いと言っているけど」


 アイリスがじっと戦う理人の背中を見る。

 四方八方から飛んでくるナイフ。


 どのような手段を行使しているのかさっぱりわからないが、しかしその攻撃を見事に避けていく。

 あと少しで若井田に届くというとき、横の死角から三ケ田が襲い掛かる。


 一度も声を発さず、狙いすましていた一撃。

 しかし、死角に目がついているのかと言うほど、理人は正確に動きを把握していた。


 彼に頻繁に構う女の助言があったことは、彼にしか分からない。

 ともかく、的確に急所を狙ってくる三ケ田の攻撃を避け、背中に蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。


 そして、全方位から飛来していたナイフを、たったの一振りで弾き飛ばす。

 明らかに魔法の付与がある斬撃だった。


 その後、無防備となっている若井田の懐に入り込み、同じく蹴りを叩き込む。

 地面を転がるサラリーマンの首筋に、理人は剣を当てていた。


「誰よりも、強い」




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