第43話 誰よりも、強い
何とかアイリスをなだめすかし、先に行ってしまった連中に追いつこうとした俺たち。
まだこの危険な場所を探索するつもりなら、アイリスを出汁にして先に帰ると言うつもりだった。
そんな俺が見た景色は、血と贓物と死体がまき散らされている凄惨な地獄。
そして、一緒に行動していた望月たちが、すべからく地面に転がっている様子だった。
ちらっと見る限り、一緒に来ていた連中で命を落としている者はいな……あ、リーリスは死んでるわ。
私兵団のリーダー的な男だったのに、どうしてこんなことに……。
ちんぷんかんぷんだが、おそらく……というか、ほぼ間違いなく立っている二人のせいだろう。
他の冒険者たちもそこそこ手練れだったし、望月は誰の目にも優秀で強い冒険者と映るほどの実力者である。
そんな彼を倒しているこいつら……関わりたくないっす。
男はともかく、女の方は既知だし。
「優斗!」
アイリスが望月の元に駆け寄る。
大きなけがはしていないようだが……。
早く立ち上がって代わりに戦ってぇ!
「よっ、久しぶりだな」
ひょっこりと手を上げるのは、かつて私兵に連行されていき、絶対ろくでもない目にあわされたであろう三ケ田だった。
生きていたのか。絶対殺されたと思っていたけど、まあ……。
「そんなに期間は空いていないけどな。まあ、お前が味わったことも含めれば、時間がだいぶ経ったように感じるのも不思議じゃない」
「やっぱり、そこの馬鹿と違って分かっているね」
満足げに頷く三ケ田。
望月、お前……。
そこの馬鹿って言われているぞ。
なにしたんだよ……。
「んー、これはこれは。我らが同胞」
俺と三ケ田の会話に割り込んできた男。
その風貌に、アイリスは目を丸くしている。
「サラリーマンだ……」
「日本人としての誇りですよ」
「お前、さては社畜だったな?」
「……その話は止めておきましょう。お互い傷つくようです」
「……ああ」
「大人って大変なんだな……」
二人して肩を落としていると、三ケ田が苦笑いしていた。
辛いです……。
さっさと辞めろって気軽に言う奴もいるが、次が見つからないんだから仕方ないじゃない!
「さてさて、ご挨拶を。私は若井田と申します。禍津會に所属しております」
「あ、これはどうもご丁寧に。理人って呼ばれています。あ、頂戴します」
「大人って大変なんだな……」
名刺を渡され、思わず昔の感じで話してしまう。
自分の名刺がないのが悪いことのように思えてくるが、この世界ではないのが当たり前である。
しかし、禍津會かあ……。
舞子さんから話を聞いてから、ちょくちょく耳にする組織だ。
関わりたくない……。
「で、最近よく聞く禍津會さんが何の用だ? 何か色々あったみたいだけど……」
「意見の相違がありまして。まあ、世界を破壊するなんてことを言っているんですから、抵抗も批判もあるのは当然だと思っております」
周りに倒れる冒険者たちを見る若井田。
いや、それよりもこの死体の山も気になるんですけど……。
「さっそくですが、あなたは我らの仲間に加わっていただけませんでしょうか? 転移者の、転移者による、転移者のための組織です。あなたも大変な目に合われたご様子。この世界に、人間に、復讐を考えたことはありませんか?」
「うーん……」
若井田の勧誘に、俺は悩む。
受けるにせよ拒否するにせよ、即答すればどちらにしても角が立つ。
だから、悩む。
ここで拒否すれば、間違いなく俺もここで倒れる冒険者たちの仲間入りだ。
望月でも敗北する相手、しかも大して消耗すらしていない様子の相手に、俺が勝てるはずもない。
じゃあ、勧誘に乗るか?
ただ、そうしたら俺はテロ組織の仲間入りだ。
舞子さんはウキウキで喜びそうだけどなあ……。
……うん?
今、誘われているのは俺だけだ。
奴隷ちゃんは転移者ではないから、誘われなかったのだろう。
奴隷ちゃんから離れられるしいいのでは!?
俺の中で答えは出た。
奴隷ちゃん、お別れだ……。
「あ、じゃあ……」
「マスターは、お断りすると申しております」
ズイッと前に出て言う奴隷ちゃん。
申していたっけ!?
むしろ、受け入れる的な感じだったけど!?
「おや、そうですか? 禍津會は、その組織の都合上構成員が少ないので、新しい仲間はとても大切にしますし、色々サポートもさせていただきますが……」
「(奴隷である私を誘わない組織なんて)ごめんだと申しております」
「おい、言外に何を言いたいのか伝わってきたぞ」
自分のためやんけ!
自分が置いて行かれると分かったとたんに……なんて奴隷だ。
主人の意思を完全に無視して話を進めやがった。
「り、リヒトさん……!」
望月が倒れたまま俺を見上げてくる。
おい、その感動したような目を向けてくるな。
俺の意志が一切介在していない意思決定なんだぞ。
禍津會と戦うなんて一言も言ってねえからな!?
「なるほど、それは残念。であるならば、仕方ありません。ここにいる連中は皆殺しにする予定だったので、あなたも倒れていただきましょう。同胞とはいえ、手加減はなしです」
戦意をみなぎらせる若井田。
ど、奴隷ちゃん、助けて!
◆
望月を含めた倒れた冒険者たちの目の前で、激しい戦闘が繰り広げられる。
自分たちを一瞬で倒してしまった、禍津會の若井田。
そして、自分たちと同じ依頼を受け、奴隷を連れている男、理人。
まず、たった一人で若井田と渡り合っているという時点で、彼らの目を引き付けるだけのものがあった。
加えて、その戦闘である。
激しい……と称したが、確かに武器と武器がぶつかり合う剣戟は目立つ。
若井田はどこからか取り出したナイフ。
理人はそこら中に落ちている小剣。
室内で散る火花は、とても美しく見えた。
そう、その戦いも、まるで演舞のようだった。
それほど洗練されていて、美しいと感じた。
「早く……助力しないと……!」
望月は身体に受けたダメージを無視して、何とか立ち上がろうとする。
相手は強力だ。
すぐにでも助けなければならない。
しかし、そんな彼の背中を、アイリスが優しく抑えた。
「大丈夫よ。あいつ、こんなのでやられる奴じゃないから」
「……アイリスは、あの人のことを信頼しているんだね」
介抱されながら、思わず尋ねてしまう。
それが、親に構ってもらえなくなった子供のようで、顔を赤らめてしまう。
アイリスは少し驚いた表情を見せるが、苦笑した。
「実は、優斗と会う以前の知り合いなのよ。だから、あいつの力も知っているってわけ」
「そうだったの? でも、僕と出会う前っていうことは……」
「そこらへんは、内緒よ」
アイリスはそう言うが、望月とペアを組んだのは、彼女が奴隷から解放されて少ししてからだと認識している。
つまり、理人と会ったのは奴隷時代だということで……。
その時、彼はどのような立場だったのだろうか?
アイリスと同じ奴隷だったのか、それとも……?
「でも、あたしは断言できるし、保証するわ。あいつは、自分で弱い弱いと言っているけど」
アイリスがじっと戦う理人の背中を見る。
四方八方から飛んでくるナイフ。
どのような手段を行使しているのかさっぱりわからないが、しかしその攻撃を見事に避けていく。
あと少しで若井田に届くというとき、横の死角から三ケ田が襲い掛かる。
一度も声を発さず、狙いすましていた一撃。
しかし、死角に目がついているのかと言うほど、理人は正確に動きを把握していた。
彼に頻繁に構う女の助言があったことは、彼にしか分からない。
ともかく、的確に急所を狙ってくる三ケ田の攻撃を避け、背中に蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
そして、全方位から飛来していたナイフを、たったの一振りで弾き飛ばす。
明らかに魔法の付与がある斬撃だった。
その後、無防備となっている若井田の懐に入り込み、同じく蹴りを叩き込む。
地面を転がるサラリーマンの首筋に、理人は剣を当てていた。
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