第39話 じゃあ、俺たちは待機で
「まあ、調査と言っても、やることなんて大したことないんだけどな」
俺は誰に聞かせるつもりでもなく、一人で呟いた。
すると、隣で潜んでいたアイリスがジトッと睨んでくる。
だからなんで俺の隣にいるんだ、こいつ。
望月の近くの方がいいだろうに。
「静かにしなさいよ。大した事ないって、とても大事なことでしょ」
「あー、すまん」
俺たちの任務は、イリファス支部の出入り口がどこにあるのかということと、見張りがどの程度いて、どういった時間に、どの場所を歩いているのかを調べるということだ。
中に潜入するなんてことはしないし、威力偵察でもないので、ぶっちゃけばれたらダメなのだ。
つまり、荒事が起きる可能性というのは、限りなく低い。
起きてしまった時は依頼失敗ということだ。
大声を上げて逃げ出すのみ。
……俺、そんなに足が速くないから、その時は奴隷ちゃんに担いで逃げてもらう所存。
「本格的に潰すときに、今回の調査の結果はとても重要なものになります。一生懸命やりましょう」
「ああ」
望月の言葉に頷く。
俺はその時はいないから、別にどうでもいいかな。
「……と言っても、こんな人里離れた場所で、見張りの人間をぞろぞろと立てていたら、ここにやましい施設があるって言っているようなもんだよな。なんで街の中に作らなかったんだ?」
すでに、何人かの見張りがいることは確認していた。
さすがにこの依頼を受けている冒険者たちは精鋭のようで、誰も気づかれていない。
所詮犯罪組織の人間か。大したことないらしい。
しかし、人がほとんど寄り付かない場所に、いかにもな人相の人間がちょろちょろ動き回っていたら、何かありますと言っているようなものじゃないか。
頭が足りていないのか?
「他の支部はそう言うところが多いみたいですね。街中に紛れて活動しているようです。ただの馬鹿ならいいんですが……」
「意図的にこういうところに拠点を置いていたとしたら、厄介よ。何かしているということを、大っぴらに言っているようなものだし」
なるほどと頷く。
たとえ、他の連中にばれてもどうにでも出来る自信があるのか。
それとも、こういった場所でないといけない理由があるのか。
狭い街の中ではできないようなことかあ。
まあ、犯罪組織なんだからろくでもないんだろうけど。
「しかし、リヒトさんの言ったようなことを避けるために、あまり大量の見張りは立てていないようですね。出入り口も、こっち側にあるのはあの一つだけのようです」
いくつかのチームに分かれているが、俺たちが発見できた出入り口は一つだけだった。
その辺りを見張りがちょろちょろしている。
「よし、じゃあその情報だけ持ってさっさと帰ろう」
「いえ、見張りの周期などを知るためには、もう少し張っていた方が……」
正論を言うな。
だいたい、俺は制圧には参加しないから、周期とかどうでもいいんだわ。
早く帰って金を貰いたい。
そう思っていると……。
『なんじゃ。中が気になるんじゃったら、言えばよかろう。わらわが助けてやる』
俺にだけ――――奴隷ちゃんには感づかれかけているが――――聞こえる声。
不穏なことを言っている!?
は!?
いや、求めていないから余計なことは止めろ!
しかし、遅かったということもあるし、そもそも俺の意見なんてろくに聞かない奴だ。
ドサリと音がしたと思うと、見張りの男が倒れていた。
なにやってんだ!
「あれ、急に倒れた……?」
余計な事しやがってよおおおおおお!!
誰も頼んでねえだろうがよおおおお!!
「…………」
何が起きたのかと全員が呆然としている中、一人だけその見張りの元へ近づいていく奴がいた。
生存確認をして……え? 死んでるの?
嘘……怖い……。
戦慄していると、そいつがそのまま出入口に向かっていく。
なんばしよっとね!!
「あ、ちょっと。どこに行くんだい?」
「中に潜入する。より情報を得られるチャンスだ。いずれ潰す時、何か役に立つかもしれない」
そう言うのは……レイスだったか。
ルーダが言っていたのを思い出す。
ちなみに、あいつは別チームである。
まあ、何が起きても死にそうにないし、大丈夫だろう。
「危険だ。今回の依頼はそこまで求められていないし、ここは下がった方が……」
「別についてきてくれと頼んでいない」
望月の言葉を無視して、さっさと支部の中に入って行ってしまった。
そっすか。
じゃあ、あの人に任せて、俺たちは帰ろう。
「……確かに、一理あるな。領主様に掛け合うが、よりよい情報が手に入れば、ボーナスを出そう。志願者はレイスと共に中に潜入しろ」
リーリスまでもトチ狂ったことを言い出した。
強制でないだけマシか。
まあ、こんな危険なことに飛び込む奴なんていな……。
「お金が出るんだったら」
「僕たちも行くよ」
ゴールとデール兄弟がスタスタと歩いて行った。
守銭奴め。
「じゃあ、俺たちは待機で」
俺はニッコリと笑いながら提案する。
しかし、望月は……。
「……いえ、彼らが心配です。それに、良い情報を手に入れられれば、計画より早くイリファスの支部を潰すことができるかもしれない。苦しむ人を少しでも減らすことが早くできるのであれば、僕はそうしたいです。行きましょう」
嫌です。
◆
「うわぁ。これってどれくらいの価値になるんだろう……」
支部の中の一室。
そこには、ぎっしりと積み上げられた薬物があった。
全部やばい奴だよなあ。
俺が奴隷時代に使われた奴って、この中にあるのだろうか?
あまり知りたくもないことだが。
「ザッとこれくらいですね」
「ザッと価値を把握できる奴隷ちゃんってなんなの……?」
俺の問いかけにサッと応えられる奴隷ちゃん。
その知識はいったいどこで……?
「お手柄だ。これらの一部を領主様の元へもっていき、証拠とする。ボーナスは期待していていいぞ」
薬物を確認しながら、リーリスが言う。
やったぜ。
ボーナス、とても良い響きだ。
あっちの世界にいた時、結局貰ったことなかったし。
……悲しい。
「ある程度歩いて中の様子も分かったし、そろそろ戻ろう。もう鉢合わせしても不思議じゃない」
「いえ、これは最初で最後のチャンスです。できる限り情報を……」
俺の提案を、望月が否定する。
ま、マジか。
お前のパートナーの顔色の悪さ、把握していないのか?
「いや、もうやめておいた方が……」
そんなことを言いながら、別の部屋へ。
そして、そこで最悪のものを見てしまう。
「……あーあ」
「…………ッ」
そこにいたのは、首輪をつながれた、死んだ目をした人間たち。
すなわち、奴隷だった。
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