第36話 勧誘
時は少しさかのぼる。
望月と三ケ田が戦い、望月が勝った。
その後、捕らえられた賊たちは、領主の私兵たちに引き渡される。
乱暴しないように望月は言い、私兵たちも笑顔で頷き、その要望を受け入れた。
そして、彼らは領主の元へと、賊たちを連行していった。
しかるべき裁判を受けて、相応の罰を受けるために。
……そう思っていたのは、望月だけだったが。
「がっ、ごっ、げぇっ!?」
「ひぎっ、ぎゃぁっ!!」
悲鳴が響き渡る。
ゴッゴッ、と硬い何かを殴るような重たい音。
それに応じて響く悲鳴。
吐しゃ物をまき散らす音もする。
森の中だ。
よほどのことがない限り、人が入ってくることはない。
街道からも外れた場所に、賊と私兵たちはいた。
そこで行われていたのは、凄惨な私刑だった。
私兵による、賊たちへのリンチである。
賊たちは望月たちに敗北したことによって、全員が縛り上げられていた。
当然、身動きの自由なんてろくに取れない。
そのため、私兵たちの繰り出す攻撃を、手で防ぐこともできずに、もろにダメージを受け続ける。
賊の多くは、血を吐いてボロボロになっていた。
顔は殴られ続けたせいで変形し、原形が分からなくなるほど腫れあがっている。
骨も何本も折られ、痛々しい色に染まっていた。
地面に倒れてピクリとも動かなくなった賊もいる。
それなのにもかかわらず、執拗に何度もその身体を踏みつける私兵もいた。
「ふっ、ざけんな! テメエら、何でこんなことを……!!」
泣きながら声を張り上げるのは、三ケ田である。
彼女はこれだけ声を出せるのは、他の賊とは違い、物理的な暴力を受けていないことにあった。
三ケ田だけは、領主直々に罰を下す。
だから、他の賊たちと同じように痛めつけることは許されないのだ。
無論、怪我などをさせなければ、何をしてもいい。
三ケ田の衣服が乱雑に引きちぎられ、その肌が所々露わになっていたことからも、彼女がどのような目に合っていたのかは、想像に難くない。
そんな悲惨な様子の彼女を、私兵たちはあざ笑っていた。
とくに楽しそうなのは、直接望月と会話をし、人の好さそうな笑顔を浮かべて彼の要望を受け入れていた、あの男だった。
「なんで? いちいちそんなことを言わないと分からないのか? お前らが俺らをコケにしたからだろうがよ」
「お前ら、あの勇者と約束していただろうが……! それを全部無視するのかよ!」
それを受けて、男は心底バカにしたように笑った。
それは、そんなことを言ってくる三ケ田に対して、そして自分たちを信じて能天気なことを言ってきた望月に対してだった。
「当たり前だろ。あんな転移者のお坊ちゃんの言うことなんか、まともに聞くはずねえだろ。まあ、無駄に強いみたいだから、表立っては逆らわねえけどな」
転移者は格下だ。
同じ立場には存在しない。
彼らは突然現れ、家族もなく、手に職をつけた者も少なく、能力はおおむね低い。
自分たちに搾取されるだけの存在であり、奴隷そのものである。
ただし、望月のように、自分たちよりも力の強い者が存在するのも事実。
表向きは大人しく従っているが、当然裏では軽んじているし、嘲っている。
望月の依頼なんて、聞くはずもなかった。
今回も、護送の際に別の賊が襲ってきて、身動きの取れない賊たちは殺されてしまった、と簡単に報告して終わりだ。
そもそも、望月は指名依頼を受け続けており、非常に忙しい身だ。
賊たちが死んだことすら気づかないかもしれない。
「それに、今回の報復は領主様も認めてくださってるんだ。お前が何を言おうが、お前らを痛めつけるのは変わりねえ。お前も仲間の心配よりも自分の心配をしておいた方がいいと思うぜ。領主様、お前らに超怒っていたからな」
さらに、男たちには確固とした後ろ盾もある。
顔に泥を塗られた領主だ。
雇い主の彼は、賊たちを【不慮の事故に合わせる】ことに同意してくれた。
三ケ田だけは生かして持ち帰らなければならないが、それだけだ。
後は好き勝手できる。
たとえ、望月に問い詰められたとしても、領主より地位は低い。
領主がかばってくれたら、絶対に露呈しないのである。
それほど安全を確約しても、三ケ田だけは寄こせという。
さて、どのような悲惨なことが彼女を待っているのか。
男は考えるだけで笑ってしまった。
「何日持ちますかねぇ? この前の転移者の女は、一週間程度で壊されたんでしたっけ?」
「そうじゃないか? ゴミの始末も俺らにやらすから、それが嫌なんだよなあ」
「くっ、そ……! クソクソクソクソクソ!!」
目の前で広げられる、最低な会話。
三ケ田はそれを聞いて、涙を流しながら唇をかむ。
皮膚が裂けて血があふれても、噛む力を落とすことはない。
悔しい。
それが三ケ田の感情だった。
普通に生きてきた。
学生として学校に通い、友達とも楽しく暮らしていた。
両親のことは、思春期らしく煩わしいと思ったこともあったが、大切に育てられてきたと思う。
それなのに、いきなりこの世界に入れられて、奴隷に落とされ、考えられないほど最低な行為を叩き込まれてきた。
やっと逃げ出せたと思えば、また地獄へ逆戻りだ。
しかも、同じ転移者であるはずの望月にやられて……。
どうして転移者なのに、こんな世界の連中の味方をするのだ。
もしかして、自分のような境遇に会っていないのか?
だとしたら、なおさら許せない。
そんなの、ずるいじゃないか。
「あー、どうせ壊されるんだったら、もっと楽しんだ方がいい気がしてきました。ちょっと借りていいですか?」
「好きにしろよ」
「あざーす。おら、さっさと来いよ。指の骨へし折られたくなかったらな」
下卑た笑みを浮かべながら、私兵の一人が無理やり三ケ田を立たせる。
髪の毛を掴み、ぐいぐいと引っ張る。
その痛みに涙を浮かべながら、三ケ田は憎悪の言葉を口にする。
「絶対……絶対に許さないからな! お前らは……この世界は、絶対に……!!」
「はいはい。そういうのいいから。そんなこと言っても、何も変わらねえんだからさ」
怨嗟のこもった言葉も、彼らには通じない。
三ケ田はしょせん転移者。
転移者の言葉をしっかりとくみ取ろうとする者は誰もいなかった。
実際、彼女はここで心身ともに犯され、連行された後は領主に徹底的に痛めつけられて、死に至る。
誰も彼女の死を悔やむこともなく、たった一人で死ぬ。
そんな未来が待っている……はずだった。
「いやいや、それは分かりませんよぉ? 私みたいな、変な男が聞き取って、のこのことやってきちゃうかもしれないじゃないですか」
奇妙な男が現れた。
スラリと背が高く、そして身体は細い。
黒い髪の毛を七三でぴったりと分けて固めている。
眼鏡をつけ、そしてこの世界では一切見ることのない、スーツを着用していた。
三ケ田からすると、とても見覚えのある格好だ。
まさしく、日本のサラリーマンといった風貌だったからだ。
しかし、この世界で生まれて生きてきた私兵たちにとっては、非常に奇妙な風貌であることに違いなかった。
「あ? 何だお前? 取り込み中だってことが分からねえのか?」
「おっと、これは失礼」
すぐに謝罪して頭を下げるのは、それまた日本のサラリーマンらしかった。
リーダー的立場の男が、三ケ田を連れて行こうとした男に命令する。
「おい、殺せ。俺たちが領主様の兵だってばれて噂でも流されたら面倒だ」
「へーい。まったく、手間かけさせやがったよぉ。おい、こっちに来い。大人しくしていたら、痛くしねえで殺してやるからさ」
その言葉を聞いて、サラリーマンはにこやかに笑った。
「ははっ、それは面白い」
「あ? 何が?」
苛立たし気な私兵に、サラリーマンは眼鏡越しに細い目を開いた。
「もうあなたは、私が殺していますから」
「え、あ……?」
いつの間にか。
男の喉には、細いナイフが突き刺さっていた。
血を噴き出して倒れる男。
彼だけではない。
賊たちをいたぶっていた私兵たちも、全員が身体中にナイフが突き立てられて倒れていた。
「(見えなかった……)」
三ケ田も、注視していたわけではない。
しかし、勇者である望月と一定時間戦えたことからも明らかなように、戦闘能力という意味では非常に高い。
そんな彼女をしても、このサラリーマンの男がしたことは、視認できなかった。
「さて、ゴミ掃除も終わったことですし、本題に入りましょうか」
人の命を奪って、ゴミ掃除と言えるメンタル。
やはり、この男もまともではないと、三ケ田は身構える。
まあ、今の状況で殺しにかかってきたら、何もできずに殺されるのだが。
そんな諦観を吹き飛ばしたのは、サラリーマンが名刺を差し出してきたことだった。
この世界ではありえない行為に、唖然とする。
「どうも、初めまして三ケ田さん。私、こういう者になります」
いつの間にか、自分を拘束するものも破壊されていた。
震える手でその名刺を受け取り、記載されてあることを見る。
そこには、所属している集団と、名前が書かれてあるという、ごく普通の名刺。
組織名は……。
「『禍津會』……?」
「ええ、そこに所属しています、若井田と申します」
その名前から、日本人であることは明白だった。
つまり、彼も転移者なのだろう。
「……同胞が何の用?」
望月の例もあるため、同胞だからと言って気は抜けない。
ふと理人のことを思い出すが……すぐに関係のないことだと霧散させた。
しかし、若井田は非常に胡散臭い笑みを浮かべながら、三ケ田の想像していなかった言葉を吐いた。
「勧誘です」
「勧誘?」
コクリと頷いた若井田は、意気揚々と口を開いた。
「我々と一緒に、この世界と人間どもに、復讐をしませんか?」




