第34話 最低最悪のテロ組織
「えー……ということで、奴隷ちゃんはこれからも俺の奴隷だということだ。問題ないな?(絶望)」
「……はい」
俺も望月も顔を真っ青にして、お互い頷き合っていた。
別に、意思疎通が計れているわけではない。
顔を青ざめさせている理由も別々だし。
俺は奴隷ちゃんがこれからも奴隷であるという事実に震え。
望月はまさか敗北することはないと思っていた奴隷に敗北したことによる震え。
それぞれである。
「優斗、元気出して。この奴隷が色々とおかしいだけなのよ」
落ち込む望月をアイリスが慰めている。
それはそう。
俺もまだ奴隷ちゃんのこと全然分かっていないもん。
なんでこれだけの力を持っている奴が奴隷をしているのか、さっぱりわからん。
「お前、勇者の心をへし折るなよ……。なんかこう、必殺技みたいなのなかったの? お前、普通のパンチでのされるって、結構あいつショック受けてるじゃん」
とくに力を溜めた攻撃でもなく、普通のパンチでノックアウトされてしまった望月。
勇者としての自負もプライドもあったからこその落ち込みようだ。
奴隷にワンパンされたなんて、とてもじゃないが言えないだろう。
コソコソと、望月に聞こえないように奴隷ちゃんに話すと……。
「え? 別にそこまでする必要性がありませんでしたし……」
「おい! 聞こえるように言うのは止めろ!」
わざと聞こえるように言ったな、こいつ!
望月のどんよりした雰囲気が、さらに重くなる。
あぁっ! アイリスのこっちを睨みつけてくる目が怖い!
「ともかく、これで大切な奴隷がマスターの御側にいられるというわけです。嬉しいですか?」
「ハイ、ウレシイデス」
ここで嬉しくないと言ったらどうなるのか?
俺は怖くて絶対に口が裂けても言えない。
「まさか、こんなことになるなんてね……。僕も想定していなかったよ……」
どんよりしたままの望月が近づいてくる。
ふふっ、と笑う自嘲は、何とも言えない。
可愛そう……。
何と言葉を返していいかわからず困惑していると、望月は深く頭を下げてきた。
「まず、リヒトさん。すみませんでした」
え? いきなりなに?
怖いんだけど……。
「僕は自分の目的のために、奴隷ちゃんを解放してもらおうとしていました。転移者が奴隷を保有しているというのも良くないと思い、無理なことをしてしまいました。すみません」
「いや、それは別にいいんだけど……」
望むところだったし。
惜しむらくは、お前が小学生みたいな感想しか言えなかったことである。
これがなかったら、決闘なんて馬鹿げたこともなかったのに……!
まあ、転移者がこの世界に染まって奴隷を飼って酷使するようになっていたら、同じ転移者としてはいい気分はしないだろう。
事実は全く異なるので、俺に関してはそんな心配ご無用だが。
「奴隷ちゃんもごめんね。僕が勝手に良かれと思ってしたことで、君に無駄な手間を取らせてしまった」
「いえ、大して手間でもありませんでしたし、大丈夫です」
「うぐぅっ」
お腹を押さえてうずくまる望月。
別に奴隷ちゃんも悪気があって言っているわけではないんだけどなあ……。
気遣いができないので、的確に言葉でぼこぼこにしていた。
まあ、望月を積極的に庇う理由もないし、俺はとくに奴隷ちゃんを制止するつもりもなかった。
すると、アイリスがスッと前に出てきて……。
「それくらいで勘弁してあげて。報酬金も、ちょっと色をつけるから」
「奴隷ちゃん、もう許してあげよう。人には過ちを見つめ直し、償うこともできるんだから」
「はい」
俺はキリッと顔を凛々しくして諫めた。
やはり、人のことを傷つけるのはよくないよ。
奴隷ちゃんのマスターとして、彼女をしっかりと注意しなければならない。
……どうですか、アイリスさん!
もっと色を付けてくれたりしますか!?
俺がウキウキでアイリスを見れば……。
「きも」
あ、すっごい冷たい顔と声。
俺じゃなかったらおもらししているね。
まあ、アイリスからそういう絶対零度を差し向けられるのは慣れているから、俺は大丈夫だった。
「でも、何でまた奴隷ちゃんに頼ろうとしたんだ? お前ほどの力があったら、だいたい自分で何とかできてしまうだろ?」
そこは普通に疑問だった。
奴隷ちゃんの力があったら、基本的に何でもできる。
しかし、望月は私利私欲で何かをしようとするタイプではないし、そもそもこいつ自身の能力が高いから、奴隷ちゃんに頼るまでもないはずだ。
何のために奴隷ちゃんに助けを求めようとしたのか。
「……今、僕は転移者の地位を少しでも向上させるために依頼を受け続けています」
「ああ、それは知っている」
俺はあまり役に立たないと思っているけど、口には出さない。
せっかく頑張っている奴にケチをつけるようなことはしたくない。
「ただ、僕と逆行するような組織がいるということは、ご存じですか?」
…………えーと。
俺は自分の顔が引きつるのを実感していた。
少し前までだったら、俺はまったくこの質問に狼狽しなかっただろう。
だが、そんなやばい組織があることを、俺は最近知ってしまっていた。
「世界の崩壊を目的に、殺戮と破壊を繰り返す巨悪組織。断じて許されない最低最悪のテロ組織」
怒りを露わにしながら語る望月。
顔を赤くして興奮していることが分かる。
一方で、俺の顔は青ざめていっていた。
めっちゃ心当たりがあった。
「その名も、【禍津會】」
舞子さぁん!?
あんたの資金供与しているテロ組織、何か凄いことしてくれちゃっていますねぇ!?
望月ににらまれる組織とか、最悪だろ。
「えーと……テロ組織ね。うん、わかる分かる。でも、何でまたその【禍津會】だけに強く反応するんだ? まあ、世界の破壊を目的にしている組織は少ないだろうが、テロ組織と呼ばれる悪の集団は、今までにもいろいろあっただろうに。今も存在しているものもあるよな?」
世界を破壊する、なんて中二病全開の思想を持つ集団も、この世界にはあるだろう。
俺は特に興味ないから知らないが、調べたら出てくる。
世の中、だいたいなんでもあるからだ。
まあ、望月の性格を考えたら、こういう思想の集団を許せないというのは分かる。
しかし、【禍津會】だけ特別視しているのは不可解だ。
一番精力的に活動しているという理由でもあるのだろうか?
「ええ。僕はどれもこれも許せませんが、【禍津會】だけは放っておけないんです」
望月は、俺をじっと見て口を開いた。
「なにせ、彼らの多くは僕たちと同じ、この世界にやってきた、転移者たちなのですから」




