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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第2章 テロリストと反社編

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第32話 頑張れえええええええええええ!

 










 思わず声を張り上げそうになってしまった。

 しかも、満面の笑顔がこぼれそうにもなってしまった。


 い、いけない。

 なぜかは分からないが、そうしてしまったら非常にマズイことになると、俺の第六感が告げていた。


 俺はこの時気づいていなかったが、のちにアイリスに教えてもらった。

 奴隷ちゃんが、とんでもない修羅の顔をしていたと。


 ……俺に向いていなくてよかったと、その時心から安堵するのであった。


「ど、どういうことかな? おじさんに詳しく教えてもらっていいかな?」


 声が震えるのを必死に抑え込む。

 望月くん、君は素晴らしいよ……。


 俺は奴隷ちゃんを何度も奴隷から解放しようとした。

 しかし、それを望まない彼女を解放するためには、きっかけが必要だった。


 そう、何か大きなきっかけが。

 それが、まさしくこれだろう。


 正義の勇者は、俺が奴隷という存在を飼っていることが許せないらしい。

 素晴らしい倫理観だ。


 まあ、元の世界の倫理観や価値観を引きずっていると言えなくもないが、俺はそれが嫌いではない。

 こんなクソみたいな世界に迎合する必要はまったくない。


 ただ、この世界では奴隷は合法であり、金銭を支払って購入したという正規の取得ルートで獲得したものだから、俺は誰にも謗られることはないんだけどな。

 さて、何かいい感じのことを言ってくれたら、俺もすんなり奴隷ちゃんを解放させる方向にもっていくことができる。


 いや、多少拙くても、俺は望月をカバーして、奴隷ちゃんを解放しよう。

 まさに、千載一遇のチャンス!


 頑張れ望月ぃ!

 さあ、どういうことを言ってくれるんだ、望月ぃ!


 俺の期待の目を受けて、彼は自信満々に言った。


「奴隷は、非人道的でいけないことだと思います!」

「…………?」


 俺は首を傾げた。


「悪いことは、すべきでないと思います!」

「…………??」


 俺は首が地面と水平になるくらい傾げた。


「だから、奴隷ちゃんを解放してください!」

「…………???」


 何を……言っているんだ……?

 いや、その……小学生か?


 小学生並みの意見を、よくもまあそんな自信満々と言えたな!

 さすがにこれは俺もフォローもカバーもできねえじゃねえか!


 もっとなんかうまい感じに言ってくれよぉ!

『奴隷ちゃんの今までの功績を考えて解放』とか、『せっかく素晴らしい能力があるから奴隷から解放して世界のために役立ってもらう』とか、色々あるだるぉう!?


 俺もそう言われていたらなんかいい感じに送り出すみたいなことをできたのに。

 元の世界の価値観ゴリゴリで、しかも感想みたいな意見を言いやがって……!


「……ッ!」

「……ッ!?」


 ギロッとアイリスを睨みつけてやれば、慌てて首を横に振る。

 あたしじゃない! と言外に伝えてきているが、お前の責任である。


 パートナーの情操教育がうまくいっていないのは、お前のせいである。

 絶対に許さねえからなぁ……?


「あー、うん。えっとね……そうだなあ……」


 さて、どうやって奴隷ちゃん解放へと向かわせるかと、俺はうんうん悩む。

 ここから逆転はできないものか……。


 深く悩んでいると……。


「ひょっ!?」


 ズドン! と音がした。

 それと同時に大地が揺れる。


 じ、地震!?

 いや、違う。


 奴隷ちゃんが苛立たし気に地面を踏み抜いた音である。

 まあ、クレーターもできているので、地団駄にしてはレベルが高すぎるんだけどね。


 つい先ほど賊たちをぶっ飛ばした時以上の威力で、彼女の内心を物語っていた。

 全員の目が奴隷ちゃんに向かう。


 すると、彼女は瑞々しい唇を開いた。


「では、私をかけた決闘という形で問題ないですね。無論、出場者は私です」

「えぇ……?」










 ◆



 コキコキと首を回しながらウォーミングアップする奴隷ちゃん。

 なにこの試合前のアスリートみたいな感じは。


 ただ、これから行われる決闘という血なまぐさいことが、アスリートとは違う。

 もちろん、相手を殺すことを目的にしているわけではないし、望月は絶対に傷つけようとはしないだろうが……。


 ……奴隷ちゃんはどうだろう?

 分からない。ぶっ殺しそうな気もする。


 いや、普通奴隷と勇者が戦ったら、後者が勝つのは決まっている。

 相手にもならないだろう。


 ……でも、奴隷ちゃんだもんなあ。

 一方的にボコボコに……とはできないだろうが、でも普通に勝ちそう。


 俺はうーんと悩んでいると、アイリスが近づいてきた。

 ……いや、望月のところにいって激励してやれよ。


「ねえ。普通、こういう時ってあなたが奴隷ちゃんのために決闘して守る、なんて展開になるんじゃないの?」

「俺もそう思う」

「なのに、なんで奴隷が奴隷でいるために決闘しようとしているの?」

「……俺もそう思う」


 普通に考えて、『負けたら奴隷を解放しろ。お前が勝ったら何もない』というとんでもない決闘がありうるとは思えないが。

 しかし、現に今俺はそれをされているわけで。


 本当なら俺が決闘に出て、奴隷ちゃんをかけて戦うのだろうが……。

 なぜか出場するのは奴隷ちゃん本人であり、勝って奴隷に居残ろうとしている。


 何だこの不思議な状況は……。


「まあ、あんたが出たら、わざと負けて奴隷解放しそうってことが、奴隷ちゃんにもばれていたんじゃないの」

「こ、怖いこと言うなよ。ちびるぞ」


 奴隷ちゃんならありうる。

 だから、俺は背筋が冷たくなった。


 ……奴隷ちゃんの方を見られない。


「リヒトさん」

「んあ?」


 震えていると、望月が話しかけてきた。

 笑顔で。


 ……なに笑ってんねん。


「僕、ちょっと誤解していました。この大事な決闘に、奴隷ちゃん自身を出させてあげるなんて……。あなたはやはり優しい人だ。自分で羽ばたけるように、背中を押してあげたんですね」

「え、あ、うん。……え?」


 何を言われているのか分からない。

 えーと……望月の考えていることは……?


 ああ、俺が暗に奴隷ちゃんを解放させようとしていると思ったのか。

 奴隷ちゃんが解放されたいのなら、自分からわざと敗北すればいい。


 というか、普通そうする。

 だから、奴隷ちゃんが決闘に出ることを俺が容認したのは、解放を認めたということになる。


 ……いや、あながち間違っていないんだけどな。

 俺は奴隷ちゃんを解放したいと思っているし。


 でも、違うんだよなあ……。

 奴隷ちゃん、たぶん本気でお前に勝つつもりだし。


「大丈夫です。僕も、アイリスも、あなたのことを絶対に手助けしますから!」


 奴隷ちゃんがいないと何もできないと思われているのか、俺……。

 そりゃ、あんな強くないけど、普通の依頼くらいならこなせるのに……。


「あたしは嫌よ」

「ここでツンデレかぁ」

「あんたにデレを見せたことはないでしょ」


 そっぽを向くアイリス。

 お? そんなことを俺に言っちゃっていいのか?


「ベッドの上でトラウマで泣きじゃくっていた姿は――――――」

「死ね!」


 すねを思いきり蹴られた。

 俺は崩れ落ち、悶絶する。


 いたぁい! 折れた! 絶対に折れた!


「では、始めましょう。マスターに詰問しなければならないことが増えたようですので」

「ああ!」


 地面でのたうち回っていると、決闘が始まるらしい。

 俺は、悲鳴しか出てこないため、内心で全力で応援することにした。


 うおおおおおおおおおお!

 頑張れえええええええええええ!


 気張れよ望月いいいいいいいいいいい!!




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