第30話 ドラゴンより弱いですね
戦い方というのは、人それぞれだ。
正直、正解というものはないのだろう。
一応、セオリーとか正攻法とか、そういったものは存在しているが、結局その人間に一番合っている戦い方をするのが、一番強くなる方法ではないだろうか?
いちいち語り出したらキリがないが、一つ大きな議論を呼ぶことに、『いつ全力を出すのか』というものがある。
無論、最初から最後まで、全力で戦えれば一番だろう。
一分と経たずに決着をつけることができるのであれば、それが最良の手段だ。
だが、拮抗、もしくはそれほど実力差がない場合だと、戦いは意外と長引く。
そして、数分とはいえ、命を懸けた戦いをすると、恐ろしいほど体力を消耗する。
だから、最初からいきなり全力を出すことはせず、戦いの中でここぞと言う場面で力を発揮する者がいる。
一方で、最初から全力を出して相手を叩き潰そうとする者もいる。
そうすると、それをしのがれたら一気に形勢が不利になるという欠点もあるが……。
結局、どちらも間違った考え方ではないだろう。
それぞれのメリットはある。
そして、今回の戦いである。
望月は戦いの中で全力を発揮する戦い方だ。
まあ、こいつは普通に強いので、それでも序盤に敵を圧倒してしまうことができるので、悪くないと思う。
一方で、三ケ田は最初から全力を出すタイプだったようだ。
これが、意外にも望月に対して善戦できる理由だった。
「死なない間に倒れな! じゃあ、同胞のよしみで命だけは奪わないでいてやるよ!」
「くっ……!」
俺の前で繰り広げられる戦い。
何と、望月は押されていた。
微妙にではあるが、確実に勇者と称される男が押されていたのである。
理由としては、単純に三ケ田が強いということ。
伊達に領主の私兵を返り討ちにしたわけではない。
それに、三ケ田の行使する能力も厄介だった。
「はやっ……! 見つけられないわ!」
アイリスが言うように、三ケ田は常時高速で動き回っていた。
その姿は捉えることが難しいくらい。
これが、三ケ田自身が言っていた能力だろう。
何かしら制約があるのかもしれないし、魔力などの代償を伴うものなのかもしれないが、今重要なのはその高速移動を使って望月を押していることだ。
いきなり全力で姿が見えなくなるほどのスピードで迫り来て、激しい白兵戦を強いられる。
白兵戦自体は望月もかかってこいといった状況なんだろうけど、不意打ちで襲われてからは防戦一方であった。
「あれだけ密着して戦われていたら、魔法で援護も難しいわ」
アイリスは参戦したくてもできそうにない状況だった。
悔しそうに歯がみしている。
まあ、アイリスの魔法は強力かつ広範囲にわたるため、そういった方面での参加はないだろうな。
「で、あたしが優斗のことを考えているとき、あんたは何してんのよ」
「何も。特に助けが必要とも思えないし」
アイリスに問われて、俺はそう返す。
こいつと違って、俺は望月を助けようとかは考えていなかった。
彼が嫌いだとか倒れてほしいとか、そんなことは考えていない。
単純に、俺の助力なんて必要ないからである。
「だいぶ押されているみたいだけど」
「本当にやばいのであれば手助けするが、その必要もないだろう。この戦い、望月が直に勝つだろうさ」
時間が経てば経つほど、望月が有利になる。
ひたすらに耐え忍んでおけばいい。
チラリと見れば、三ケ田の顔や身体には大量の汗が浮かび上がっていた。
最初から全力を出した弊害である。
全力を最初に出すのであれば、早期決着をしなければならない。
それができなかった時点で、三ケ田の敗北は確定していた。
望月を押していたのは事実だが、徐々に形勢が逆転してきている。
……いや、もう終わりだな、これ。
俺がそう思ったと同時、三ケ田が弾き飛ばされ、尻もちをつく。
その前に立つのが、望月だ。
うん、凄い。
……やっぱり、俺いらなくない?
「凄い強さだ。これだけの力を手に入れるのは、並大抵のことではなかっただろう。素直に賞賛するよ。でも、ここまでだ」
「はぁ、はぁ……っ。嫌な男だね……!」
全身汗だくになりながら、三ケ田は笑う。
望月も無傷ではないし、多少肩を上下させているが、それでも勝者だった。
「まったく、わざわざ出てこないで逃げればよかったかな?」
「これだけの強さなら、正しいことに使えれば、世のため人のためになるだろう。それは、他の転移者たちの地位向上につながる。大人しく捕まって、更生するんだ」
望月は強く提案する。
転移者全体のことを考えている男の言葉だ。
しかし、それは三ケ田にはまったく響かなかった。
「絶対に嫌だね」
考える間もなく、即答で拒絶した。
「この世界も、住む人間も、あたしは大嫌いだ。一人残らず死んでほしいし、世界だって粉々に壊れてほしい。そんな奴らのために、あたしが力を尽くすわけないだろ!」
圧倒的な憎悪だ。
近づくだけで身体も心も病んでしまいそうになるほどの、黒い感情。
俺や奴隷ちゃんはそうでもないが、望月はこんな黒くて悍ましい感情を受けたことがなかったのだろう。
勝者であるのにもかかわらず、明らかに気圧されていた。
そんな彼の様子を見て、三ケ田はふっと自嘲気味に笑った。
「それに、捕まって生きていられるとも思わないね」
「そんなことは……」
望月はそんなことはないと、本気で思っているだろう。
彼自身も、助命の嘆願をするだろうし。
ただ、俺は間違いなく三ケ田は殺されるだろうなと思っている。
賊をやっている転移者というだけでもかなり厳しい立場だが、領主の私兵を返り討ちにしたというのがマズイ。
顔に泥を塗っているわけだからな。
絶対に殺されるだろうし、何ならその前に徹底的に痛めつけられるだろう。
「そういうことだよ。あんたはあたしに殺されるか、あたしを殺すかしかない。覚悟を決めな!」
その気迫に、望月は気圧される。
分かる。俺も怖いし。
「あんたがあたしと戦うことをためらうのは構わないけど、あたしはためらわないよ。こういうことだって、平気でする」
「なっ……!?」
何を合図にしていたのかは分からない。
しかし、三ケ田がそう言うと同時に、一斉に伏せていた賊たちが現れた。
さすがに三ケ田が強いとはいえ、一人だけなら領主の私兵たちを追い返すことはできなかっただろう。
つまり、この賊たちも、そこそこ精鋭だということだった。
「やれ、お前ら!」
武器を持ち、四方八方から一斉に襲い掛かってくる賊たち。
狙いは消耗している望月、ではなく俺たちだった。
三ケ田は、俺たちが望月よりも弱いと判断したらしい。
まあ、それは正しい。
あいつ、勇者だし。
だから、弱い奴を倒して人質にでもしようとしているのではないだろうか?
望月の性格を、今までの会話で把握しているだろう。
弱者や仲間を見捨てられない男であることは、三ケ田も把握しているだろう。
それゆえに、俺たちを狙ったのだ。
その狙いは悪くないと思う。
ただ、三ケ田にとって不幸だったのは、勇者と称される望月をも凌駕するかもしれない実力者が、その弱者の中に紛れ込んでいたことである。
「――――――あ?」
ドン! と重々しい音が響き渡った。
それは、奴隷ちゃんが強く地面を踏み込んだ音。
それだけで、地形は一気に変わる。
大地が噴火したかのように、一気に膨れ上がったのだ。
その結果、迫っていた賊たちは、皆一様に空に打ち上げられた。
三ケ田ならまだしも、襲い掛かってきた賊の中に、『走っていたと思ったらいきなり宙に放り投げられたので受け身や空中で姿勢を立て直しました』なんてことができる者なんて、誰もいない。
全員キョトンとした表情のまま、地面に打ち付けられ、そして動かなくなった。
「は、は……?」
その声を漏らしたのは三ケ田だったが、望月もアイリスもそう言いたかったに違いない。
全員が唖然として奴隷ちゃんを見ていた。
弱いと見られていたメイドの奴隷。
そんな彼女が、たった一撃、足を踏み込んだだけで、多くの賊を無力化してしまった。
平然としているのは、それをやってのけた奴隷ちゃんと、その主人で高い能力を知っていた俺くらいなものである。
「ドラゴンより弱いですね、マスター」
「いや、お前が規格外なだけだわ」
ドラゴンと賊を比べるのは止めて差し上げろ。
かわいそうだろ。




