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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第2章 テロリストと反社編

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第29話 ……俺、いる?

 










「ふう。とりあえず、拘束もできたね」


 戦い……あれって戦いって言うのか?

 そんなひと騒動は、一瞬で終わった。


 まあ、賊からすると本気で殺すつもりで襲い掛かったことだろう。

 だが、相手は勇者と呼ばれる望月と、そんな彼とパーティーを組むアイリスだ。


 ぶっちゃけ、賊なんて相手にならなかった。

 大人と子供の喧嘩のようだった。


 見ているのが恥ずかしくなるくらい、圧倒されていた。

 そして、賊たちは縛り上げられる状態である。


「……つよ。そりゃ指名依頼を貰えるわな」

「あんたも強いじゃない」

「強くないっての」


 アイリスの言葉に、俺は眉を顰める。

 謙遜とかでも何でもなく、俺に望月ほどの優れた力はない。


 そんなものがあったら、さっさと奴隷から逃げていた。

 まったく、あれだけの能力の高さは、うらやましい限りである。


「で、どうするんだ? こいつら、末端だろ? これだけじゃあ依頼達成にはならないよな?」

「ならないですね。賊組織の壊滅が一番ですが、それができないのであれば、最低でも頭目を捕まえるくらいはしないと」

「じゃあ、こいつらに情報を吐かせるか」


 お金のためにここまで来たのだ。

 報酬金がもらえないのであれば、無駄足である。


 それは断固として避けるため、捕まえた賊から頭目の居場所などといった情報を得ようとする。

 望月も賛成のようで、賊たちに話しかけていた。


「話してくれるかい?」

「はっ、頭目を裏切るわけねえだろ」

「何をされたって話すかよ」


 不敵な笑みをこぼす賊たち。

 何とも忠誠心の高いことである。


 賊をしているとは思えない。

 一見すると高貴な態度なのかもしれないが、さっさとお金が欲しい俺からすると、面倒くさいこと極まりない。


 俺はチラリと奴隷ちゃんに目を向けると、彼女はコクリと頷いた。


「では、とりあえず目玉をえぐりましょう。喋ることに目玉は必要ありませんから。喋りたくなったら止めてあげますから、できる限り早く言ってくださいね。一人二つずつしかないので」

「ひっ……!」


 さすがに恐怖で顔を引きつらせる賊たち。

 素晴らしい、ぜひやり給え。


 舌とのどさえ無事なら、何でもいいや。

 そう思って、奴隷ちゃんにゴーサインを出そうとしたのだが、望月が慌てた表情で止めに来る。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! そこまでは……」

「でも、聞いても喋らないって言うしな。奴隷ちゃん、やってよし」

「分かりました」

「ひいいいっ!?」


 まあ、拷問で聞き出した情報というのは、なかなかうのみにできないものである。

 苦痛から逃れるために、あることないこと言ってしまうということがある。


 たとえば、この賊たちが本当に頭目の居場所などを知らなければ、ひたすらに知らないことを聞かれて拷問をされる。

 終わりのない苦痛を与えられるわけだ。


 当然、そこから逃れたいと人間なら誰しもが思うだろうし、ならば知らなくても適当に言って拷問を止めてもらおうとする者もいるかもしれない。

 まあ、そういうわけで、拷問で得た情報は精査する必要があるのだ。


 正直手間以外のなにものでもないが……拷問しないと何の情報も手に入らない状況だ。

 ならば、やるしかない。


 俺は望月の制止を振り切って、奴隷ちゃんにやっちまえと命令しようとして……。


「あー、その必要はないな。あたしがこうして出てきたから、あんたらの目標も達成しているし」


 女の声が聞こえてきた。

 気配について、俺は察知能力は大して高くないが、何も感じなかった。


 望月やアイリスも驚いた表情を浮かべているから、ここまで近づかれないと気付くことのできない実力者だということである。

 そんな実力者の女は、ゆっくりと歩いてきた。


「と、頭目!」

「ったく。ほら、定時報告をするようにしておいてよかっただろ? 報告がないと、何かトラブルがあったってことだから、こうして助けに来ることができるし」


 ……めっちゃ組織化しようとしているじゃん。

 こういうのが組織になったら、相当面倒くさいと思う。


 領主側の立場からすると、だが。

 俺はもちろんこの世界の人間はどうなっても大して関係ないと思えるタイプなので、組織になっていようがいまいがどっちでもいいのだが。


「君が……」

「ああ、こいつらのリーダーみたいなことをやらされている。三ケ田(みけた)っていうんだ、よろしくな」


 自信に満ち溢れた笑みを浮かべる女。

 こっちの世界に来てからは見慣れてなく、元の世界にいた時は見慣れている顔。


 知り合いというわけではなく、人種という意味でだ。


「日本人か」

「おっ、もしかして同胞か? マジかぁ。奴隷じゃない同胞なんて、初めて見たよ」


 思わずつぶやいてしまった俺を見て、嬉しそうに笑う三ケ田。

 おそらく、奴隷から逃げてからすぐに賊になったのだろう。


 だから、同じような同胞を知る機会がなかったということか。

 まあ、俺も舞子さんやアイリス、望月と知り合ったのは偶然だしな。


「まあ、そんなものだよな。だいたい奴隷で死ぬし」

「本当だよ。あたしも自分の力にたまたま気づかなくて、運もよくなければ、奴隷のまま殺されていただろうし」


 ケラケラと笑いあう俺と三ケ田。

 なんだこいつ、いい奴じゃん。


 ……いや、賊をしていたら良くはないわな。

 話ができるというだけで十分だ。


「運も実力のうちってやつだ。まあ、この世界に来ている時点で、悪いんだろうけどな」

「それは違いないな」


 いや、本当どういう原理でこっちの世界に飛ばされるのだろうか。

 また、飛ばされる奴は無作為なのだろうか。


 もし作為的にこの世界に俺を飛ばした奴がいるなら、少し話をしなければならないだろう。

 奴隷ちゃんをけしかけてぶっ殺してもらいたい。


「いやー、まさか賊になって、こんなふうに会話できるなんて思っていなかったよ。それも、同胞となんて。普通、そいつみたいに睨んでくるもんだよ?」


 三ケ田が指さすのは、険しい顔で俺たちを見ていた望月であった。

 ……まあ、気持ちは分からんでもない。


 賊と仲良く喋っていたら、そりゃいい気分にはならないよな。

 申し訳ねえ……。


「君のやっていることは、とてもじゃないが褒められたことじゃない。大人しく捕まって、罪を償ってくれないか? 僕も同胞を攻撃するのは、胸が痛む」

「無理だね。もうここまでのことをしているんだ。あたしが今更大人しく捕まったところで、処刑されるのがいいところだよ。最悪、また奴隷時代に逆戻りだ。領主の顔に泥を塗っているんだから、それは当然だろ。悪いけど、あんな生活に戻るくらいだったら、死んだ方がマシだね」


 あっさりと、考える間もなく拒絶する三ケ田。

 確固たる意志を感じる。


 彼女も地獄を見たのだろう。

 決してそこには戻るまいとする強い決意。


 それを逃れるためなら、何だってしてやるという意気込みを感じた。

 これは話し合いじゃあどうにもならないだろうなあ……。


「そっちこそ、同胞のよしみで見逃してくれることはないのか?」

「君の行いで、転移者全体の見る目が悪くなる。見逃すわけにはいかない」

「今までだって最悪だろ。あたしが一人暴れたところで、もともと底にいるんだから変わらないさ」


 それはそう。


「それでも、だ。少しでも転移者の地位を向上させるために、君を見逃すわけにはいかない」


 望月は強い目で三ケ田を睨みつける。

 他人のためにそこまでやろうと思えるのは凄いなあ。


「そうかい。だったら、やり合うしかないね」

「後悔するなよ!」


 同じ転移者でありながら、決して相容れることのない二人が、高い戦意を醸し出しながら向かい合う。

 勇者と称される転移者と、領主の私兵をも退けた賊の頭目となった転移者。


 二人の戦いが、今始まろうとしていた。

 ……俺、いる?




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