第28話 先生、お願いします!
「まずは、賊の情報を集めましょう。情報をおろそかにすると、いいことはありませんから」
荷物をまとめて全員が集まった場所で、望月はそう言った。
まあ、それはその通りだと思う。
事前の情報は、とても大事だ。
それで備えとかしていくわけだからな。
その賊の情報はどこから集めるのかというと、戦って負傷した兵士や襲われた商人たちからだった。
「あいつらの数は多くねえ。でも、全員がかなり強かった。とくに、あの頭目の女だ。あれはめちゃくちゃ強い。いくら大金を積まれても、もう二度とごめんだね。次に戦ったら殺される」
「くうううっ、許せませんよ! 私の商品を根こそぎ奪っていきやがったんです! いつか捕まって死刑になってほしいですね!」
「今度はお前らか? 俺たちのことを情けねえと思うだろうが、まあそう思っていられるのは、あいつらと相対するまでだ。俺たちが負けた理由を、その身をもって知ることになるだろうさ」
という、負け犬さんたちの御言葉でした。
……誰も有意義なことを言ってねえ。
まともな情報を渡せよ。
お前らの不始末をこっちが処理してやるって言ってんのによぉ。
まあ、主は望月たちなので、俺は文句は言わない。
心の底で罵倒するだけである。
「……大した情報は集まらなかったな」
「いえ、あれだけでも、十分に集まりましたよ。賊の頭目が女であること、とても強いということ、そして頭目も前線に出てきて戦う程度の人数しかいないということです」
「大きな組織みたいにはなっていないのね」
俺はまったく無意味だと思っていたが、そうでもないらしい。
望月とアイリスはしっかりと意見を得ていた。
しゅごい。俺いらないじゃん。
「まあ、そんなに強いんだったら、そいつの相手は二人に任せるわ。俺よりもはるかに強いだろうし」
「……堂々と言うことじゃないでしょ」
この世界に来て、奴隷として酷使されたら、自尊心とかプライドとか吹っ飛ぶ。
弱いと見下されても、今の俺は何とも思わない。
呆れた様子を見せるアイリスにも、胸を張れる。
「本当にリヒトさんが弱者だったら、僕も何も言いませんけどね。そういうわけじゃないでしょう」
「そういうことなんだよ」
どうしてあまりしゃべったことのない望月も勘違いしているんですかねぇ。
どいつもこいつも俺に力があるとか、あるわけねえんだよ。
マカー! お前からも言ってやってくれ!
そんな魂の叫びも届かず、俺たちは次のステップに進む。
「では、情報も集まったことですし、行きましょうか。リヒトさんのお力を確認するのも、その後ということで……」
嫌だよ。
◆
賊と呼ばれる彼らは、今日も主要な街道の脇道に潜み、誰か通らないか監視していた。
基本的に、彼らは旅人や冒険者といった類の通行者は襲わない。
前者は大してお金を持っていないし、後者はこちらが殺される恐れがあるからである。
そのため、狙うのはもっぱら商人だ。
もちろん、商人も自分たちが狙われているということを知っていて何も対策を取らないバカではない。
冒険者を雇って護衛させているが、彼らにはそんなものはいてもいなくても関係ない。
それだけの力を持っていた。
「お、商人だ。グループでないのは残念だが、久々だな」
彼らが新しく見つけたのは、一つの馬車だ。
個人商人が一人で暢気に移動しているのだろう。
冒険者もいるようだが、あの程度の数では、殺して奪ってくれと言っているようなものだ。
嘲りを多分に含んだ笑みをこぼす。
「俺たちの悪名が響き渡っているからな。今だと、冒険者を雇いながら複数の商人がグループで行動するのが多いが……」
「そっちの方がカモが増えていいんだけどなあ。姉御も喜んでくれるし」
まとまって行動すれば、その分人数も増えるので、賊として手を出しづらい。
ただし、それは普通の賊に限ってのこと。
彼らほどの実力者になれば、むしろ獲物が集まってやってくるので、ありがたさすら感じる。
「一気に稼げるからな。そんなしょぼい対処法で、俺たちから守り切れると思っているのが面白いわ」
「ああ。なにせ、俺らは領主の兵も返り討ちにしたんだからな!」
「全部姉御のおかげだぜ。一生ついていくわ」
彼らは誇らしげに語る。
賊が領主の私兵を返り討ちにするなんて、そうそうない。
襲ってくることが分かれば、逃げるしか対処法はない。
しかし、彼らは勝ってしまったのである。
彼らを率いる女頭目の力は、その戦いで非常に強く発揮された。
そんなまぶしい頭目の姿を思い浮かべた男は、ポツリと呟いた。
「……なあ。あいつら、俺たちだけで仕留めねえか?」
「は? 姉御には勝手な行動はするなって言われているだろ」
「でもよ、今回の獲物はかなり小規模だ。姉御にわざわざ出向いてもらったら、手間をかけちまう。俺たちで多少はやらねえと、姉御の負担ばかりになっちまう」
「うーん、それはまあ……」
一理ある。
頭目に負担を集中させれば、大事な時になってポカをしてしまうかもしれない。
それが、何でもかんでも彼女に頼ってしまったせいだとなると、悔やんでも悔やみきれない。
「それに、俺たちも役に立つってことを姉御に知ってもらわねえと。姉御に褒めてもらえるし、もっといい立場になれるかもしれねえ」
男の言葉にしばらく考え、窺うように言った。
「…………やるか?」
「ああ、やっちまおうぜ。簡単なカモ狩りだ」
彼らの視線の先には、馬車が一つ。
今回の、ちょろい獲物だ。
……なお、それが自分たちの首を全力で握りしめていることに、彼らは気づかなかった。
◆
のんびりと愚かな馬車が歩いている。
そのため、簡単に彼らの前に現れ、無理やり動きを止めることに成功した。
「はいはーい。ここは関所だよー。有り金と商品を全部置いていかないといけないよー。それか、殺されてから全部奪われるか選んでねー」
手馴れているので、この口上も随分堂に入っている。
この言葉と、ニヤニヤと嗜虐的に笑いながら通せんぼをする、いかにも荒くれ者の男たちが数人以上。
そして、大して手入れもしていない剣すら抜刀していれば、彼らが賊であることはすぐに分かっただろう。
絶体絶命のピンチなのに、外にいる冒険者一人とメイド一人の凸凹コンビが平然としていた。
「見ろ、奴隷ちゃん。俺の言った通り、こういうコテコテの賊もいるんだよ」
「まさか、現代においてこんなのがいるとは……」
「おい、何グチャグチャ喋ってんだ、商人さんよぉ。本当に殺してから奪ってやろうか」
余裕を見せる冒険者に苛立ちを隠せない賊たち。
殺すのが可愛そうなんて腑抜けたことを考える者は、誰もいない。
何だったら、殺してから奪ってもいいのだ。
「ふっ、俺だけの時ならできたかもしれないが、今はできないな。先生、お願いします!」
冒険者――――リヒトは勝ち誇ったように叫ぶ。
すると、馬車の中から現れるのは、勇者と呼び声の高い望月とアイリスであった。
「いつから僕は先生になったの?」
「……ダサい」
苦笑いの望月と、リヒトを見て白い眼を向けるアイリスであった。




