第27話 詐欺師
結局、望月からの提案は受けることになり、一緒に依頼を遂行することになった。
今は、そのための準備の時間である。
と言っても、俺がやろうとしたら奴隷ちゃんが「全部任せてください」と言って向かってしまったので、俺はぼーっと空を見上げて待っている。
……この手持無沙汰感、昔の職場の新人時代を思い出す。
ボーッとしていたら、何してんだ自分で仕事を探せと怒鳴られて……ひぃっ。
「……転移者か」
望月からもたらされた情報をポツリと呟く。
転移者。
この世界にやってきた、別の世界の人間。
俺もその一人だ。
どうしてこちらの世界に来たのかは、正直分からん。
俺は異世界に行きたいなんてことを思ったことはないし、何か特別なことをしたわけでもない。
なら、偶然の事象だろうか?
何か特別な要因がいくつも絡まり合って生まれる、自然現象だろうか?
それがあるということは、俺たちの世界には知識として存在しなかった。
つまり、こっちの世界に来てしまった転移者は、誰一人としてあちらの世界に戻ることはなかったということである。
単純にまだその方法が発見されていないという可能性もある。
なにせ、こっちに来た転移者は、ほとんどが自由を抑制され、殺されているからだ。
でも、俺や舞子さんのようにその立場から抜け出せたものだって、数少ないがいる。
その人たちが誰も戻るために力を尽くさなかったとは思えない。
それでも元の世界に戻ることができていないということは……まあ、そういうことなのだろう。
その賊の頭目になった転移者は、いったい何を考えているのだろうか。
少し、考えてしまった。
『貴様と同じじゃな』
そんな蠱惑的な声が響いた。
頭に直接語り掛けるような、そんな声。
この辺りには、誰もいない。
ただ、いつの間にかふわふわと宙に浮いている女がいた。
長すぎると言えるほどの真っ白な髪。
その髪で片目を隠している。
美しく整った顔はとても楽し気に俺を見つめていた。
あと、でかい。
何がとは言わないが、でかい。
舞子さんも相当なものだが、それをも上回っている。
性欲が人並みにあった昔なら、そこばかり見ていたことだろう。
虐待を受けた甲斐があったというものだ。
そんな女――――マカに注意する。
「あんまり出てくんなよな」
『構わんじゃろ。わらわのことを見ることは誰もできん。ほれ、こうしてちゅっちゅしてもまったく誰も気づかん』
絡みついてきて頬にキスを何度もされる。
ええい、鬱陶しい。
こいつが俺に対してそんな恋愛感情なんて持っていないことは知っている。
こいつにとって、俺はただのおもちゃに過ぎない。
だから、こんなことをされても、俺の心は微塵も揺るがなかった。
確かに、マカの言う通り、こいつを普通の人間が見ることはできない。
一般的に人間よりも直感が優れている動物でも認識できないだろう。
しかし……。
「お前、それで奴隷ちゃんに察知されかけてめちゃくちゃビビっていただろ」
『……あれは何じゃ、本当。わらわの存在を関知するだけでなく、攻撃しかけておったじゃろ。クソ怖い』
マカはプルプルと震える。
この女でも、奴隷ちゃんには通用しなかった。
不可視のはずのマカを的確に認識し、パンチしたのだ。
さすがに、俺のようにどのような顔立ちとか姿をしているとかは分からなかったが、確実に認識し、躊躇なく殺しにかかっていた。
……いや、奴隷ちゃん何者だよ。
本当、何で奴隷なんかしているんだよ……。
奴隷から解放されて冒険者でもやってみたら、一年持たずして世界最高の冒険者になりあがっているだろうに。
「お前、幽霊みたいだし、物理攻撃って効かないんじゃないのか?」
『そのはずなんじゃが……あれの攻撃は間違いなくわらわに通っていた。絶対通っていた。しかも、一撃で滅ぼされかねん。とんだ化け物がいたもんじゃ』
「俺からすると、お前も十分化け物なんだけどな」
プルプルと顔を青ざめさせて震えるマカ。
こんな彼女を見ることができるのは、ちょっと楽しい。
いつも人を食ったような態度なので、ひたすら弱っていると面白い。
……今度こっそり奴隷ちゃんをけしかけてやろうか。
『で、何をたそがれておったんじゃ。わらわに話してみい。暇つぶしになる』
「お前のためかよ」
どういうわけかは知らないが、時々俺の前に現れてくる。
本当に暇つぶしなんだろうな。
こいつ、普段は何をしているのか知らんが。
ニートかな?
「あー。まず、同胞が奴隷にならずに抜け出せたということに驚いたかな。よっぽどのことがない限り不可能だし」
『まあ、そうじゃな。あの男のように世界に愛されているレベルの幸運か、貴様のように卓越した能力があるかのどちらかじゃろう。賊になっていることを考えると、後者じゃろうな』
あの男と言われているのは、間違いなく望月だ。
あいつは本当に異質だ。
転移者なのに、俺や舞子さん、アイリスのように、【奴隷になった経験が一度もない】。
それは、とんでもない幸運なのだろう。
数少ないが転移者と会ったことはあるが、誰一人として奴隷を経験していない者はいなかったし。
いやはや、本当に羨ましい限りだ。
「お前が一番わかっているくせに言うなよ。俺に能力はないっての。そんな雑魚が強い奴の元に向かうとか嫌すぎる……。マジで危ないじゃん」
『あの奴隷がいる限り、貴様は大丈夫じゃろ。マジで。ほんとマジで』
マカはよほど奴隷ちゃんが怖いらしい。
面白い、後で奴隷ちゃんと鉢合わせみたいな形にしてやろう。
「……一人で何ブツブツ言ってんの?」
呆れたような声を漏らすのは、アイリスだった。
準備が終わったのだろう。
小さくまとめられた荷物を抱えていた。
彼女はスタスタと寄ってくると、隣に座ってきた。
……近くない?
甘い匂いが感じられるくらいには近い。
「んあ? あー……幻聴が聞こえてきてさ」
「後遺症かしら? その目と同じみたいに」
じっと俺の顔を見上げてくる。
顔、というよりも、眼帯のつけられた片目か。
こんなものをつけているから目立って仕方ない。
まあ、つけていなければもっと目立つんだけどな。
しかし、こんなことになったのも、とても愉快な話ではない。
俺はちょっとだけイラっとしてしまった。
「お前さあ。自分の過去はほじくり返されたらブチ切れるくせに、他人のトラウマを掘り起こすの止めろよ。いつか刺されるぞ」
「ご、ごめんなさい。今のはあたしが悪かったわ……」
俺がそう言うと、すぐに謝罪してきた。
気が強く、俺を目の敵にしているアイリスの対応とは思えない。
『随分殊勝じゃな』
トラウマ関連についてはな。
こいつも相当しんどかったみたいだし。
自分が逆の立場だったら、と考えたのだろう。
重苦しい雰囲気を変えるように、アイリスがさらに話しかけてきた。
「で、どうするの?」
「どうするもこうするも、報酬金は魅力的だからな。ついていくさ」
「違うわよ。今回の賊の頭目。転移者だけど、そいつはどうするのかって聞いているのよ」
あー、と変な声が漏れる。
転移者なあ……。
「俺に決定権はないだろ。それに……すでに領主の私兵を返り討ちにして、冒険者まで動かしているんだ。生死は問わずらしいし、生きて捕まっても地獄に逆戻りするだけだろうな」
「……そう」
スッと顔に影が差すアイリス。
同じ転移者だから、思うところがあるのだろう。
……ふと気づいたんだけど、何かさらに距離が近くなってね?
もう身体が触れ合っているくらいなんだけど。
「……あと、お前近いぞ。望月に勘違いされたら、一番ショック受けるのお前だろ」
「は? 普通でしょ?」
何でもないように言うアイリス。
……この距離感が普通とはいったい。
じゃあ、望月とはどんな距離感なんだ?
ずっと抱き合って行動しているのだろうか?
邪魔そう……。
さて、アイリスがこうやって嫌いなはずの俺に近寄ってきたということは、メンタルが弱っているということだ。
こいつ、割とメンヘラだし。
すぐ過去のトラウマが蘇って発狂しそうになるから、結構大変なんだよな。
まあ、奴隷なんて過去があれば、何度も思い出して発狂しそうになるのも当然だ。
だから、俺は彼女の力になりたい。
「あー……お前もしんどいんだったら、周りを頼ってもいいからな。望月……はちょっと過去を共有しづらいだろうから、俺くらいだったら別にいつでも話くらい聞いてやるから」
こいつ、たぶん舞子さんよりもヘビーな奴隷時代を過ごしているからなあ。
あの人も相当つらかっただろうが、あの人の奴隷時代は大半が買われてからだ。
一方で、アイリスの奴隷時代は、【買われていなかった】方が長い。
つまり……まあ、いいだろうそれは。
俺も気分が落ち込むし。
そんな重たいトラウマを、そういった経験が一切ない望月に話せるはずもない。
だから、同じような体験をした俺になら話してもいいのだ。
そう言うと、アイリスはじっと俺を見上げて……。
「……そうやって、あの女も取り込んだんだ。女殺し」
「おいやめろ。取り込んだってなんだ」
あと、女殺しってなに?
初めて言われたんだけど?
アイリスは俺の手をギュッと握ってきた。
つ、潰さないよね?
俺の心配なんて吹き飛ばすように、彼女は久しぶりに見る笑顔を向けてきていた。
「まあ、そう言ってくれるなら、たまにはあたしの手助けをさせてあげるわ」
「はいはい」
きゅっと握られる手を握り返す。
こんなことでメンタルケアできるのであれば、いくらでもしてやろう。
数少ない、同胞なのだから。
『……詐欺師じゃな』
なんで?




