第26話 ギリギリ二週間
「ちょ、ちょっと待て、望月。そんな俺の顔を立てるために嘘を言わなくていいんだぞ。お前の力でどうしようもできないことなんてないし、あったとしても俺が動いたってどうにもならないだろ」
俺は周りをちらちら見ながら、必死に声を張り上げる。
望月 優斗は有名人だ。
その高い能力も、十二分に知られている。
そんな奴が助けを求めているあいつは何だとなるだろう。
俺は目立ちたくないんだ!
後ろめたいことがいっぱいだから!
「あの望月が助けを求めるなんて……」
「いったいどんな難しい依頼なんだ? それに、頼られているあいつはどれだけ凄いんだ……?」
ああ! ギルドの馬鹿どもが変な方向に勘違いしている!
俺は何も凄くない。
能力も何もない。
奴隷ちゃんがいなければ、俺なんて雑魚も雑魚なのだ。
過小評価は構わないが、過大評価は一番困る!
遠巻きに見守っている奴らの中に、ルーダを見つける。
よし、俺の役に立て!
「(る、ルーダ! ヘルプ!)」
「(がんばっ★)」
「(死ね)」
ムキムキマッチョマンがウインクするな、ぶっ飛ばすぞ。
これ以上ないほどの強力な殺意を向けるが、口笛を吹きながら逃走しやがった。
いつか覚えておけよ。
俺が汗をダラダラ流していると、望月はさらに畳みかけてくる。
「いいえ、これはリヒトさんにしか頼れないことなんです。だから、ぜひとも力を貸してください!!」
「よーし、ちょっとあっちに行こうか。その間一言もしゃべるなよ」
もう限界だ。
ズルズルと望月を必死に引きずる。
お、重い。貧弱で筋トレなんてしていない俺にとっては重すぎる。
望月も抵抗するつもりはないようで、無抵抗で引きずられてくれたから何とか引っ張ってこられたが、抵抗されていたら微塵も動かすことができなかっただろう。
そして、ギルドの奥まった場所。
そこそこ重要で他人に聞かせられない話をするときに使うテーブルに押し込んだ。
こういうところはある程度ギルドから信頼されている冒険者しか使えないのだが、望月とアイリスの勇者パーティーがいれば、顔パスである。
お、俺も舞子さんからの指名依頼を受けているから、信頼されているし……。
テーブルに着くと同時に、俺は望月に詰め寄る。
「おい、何のつもりだ!? お前、そんなことを言うタイプじゃなかっただろ!?」
「いや、さっきも言ったとおりで、リヒトさんたちのお力を借りたくて……」
「俺もさっき言ったとおりだよ。お前でどうしようもない案件は、俺たちの力じゃどうにもならないっての。もっと別の奴を当たれ」
短く切り捨てる。
だいたい、望月でどうにもならない依頼ってなんだよ。怖いよ。
俺は危ないことをしたくないから依頼もできる限り控えているのに、それに反目するようなことをするわけないだろ。
……いや、まあ奴隷ちゃんなら何とでもなるか。
そう思って、ちらりと後ろを見る。
俺の傍に寄り添ってくれている。
ドラゴンをワンパンで仕留める奴隷ちゃんなら、確実に望月たちの力になれるだろう。
ただ、こいつは俺から離れようとしないだろうし、となると俺がその依頼についていかなければならなくなるのは明白である。
つまり、俺たちは何もできない。
「じゃあな。二度とああいうことを人前でするなよ。泣きわめくぞ」
しめるぞ、とは言えない俺。
だって、望月どころかアイリスにもボコボコにされそうで怖いし……。
「今回、一緒に行ってもらおうと思っている依頼なんですけど」
去ろうとする俺の背中に、望月が声をかけてくる。
無駄無駄。どんな話をしようとも俺が望月たちについていくことはない。
「報酬はこれくらいです。で、これは全部リヒトさんたちにお渡ししようと思っています」
「なん、だと……?」
俺は愕然としながら振り返る。
望月は勝ち誇ったように笑っていやがった。
金、金だ。
やっぱり、世の中は金がすべてなんだ。
「これだけの報酬金があれば、しばらくはゆっくりできるのでは?」
「ああ、ギリギリ二週間は持ちそうだ」
奴隷ちゃんの胃袋、何とかそれくらいは我慢してくれ……!
「……え? 数か月はいけると思いますけど」
「俺だけだったら一年はいける」
「いや、それは心配になる生活計画なんですけど」
一日一食かつ小食の俺なら、余裕で一年いける。
まあ、奴隷ちゃんがいる今、そんな夢想の話をしても仕方ないんですけどね。
どこか引いた様子の望月を睨みつける。
俺はすでにテーブルについている。
「何をしている。さっさと座れ。依頼の話をするんだ」
「変わり身はやっ!?」
望月が驚いているが、時間は有限だ。
さあ、さっさとお金の話をしろ。
すると、スタスタとアイリスが近づいてきたと思うと……。
「死ね」
「物理攻撃は止めて!」
思いきり椅子を蹴りつけられるのであった。
◆
「今回の指名依頼は、広域にわたって活動している賊の討伐です」
「……いや、何でそれを冒険者に依頼しているんだ? 国が動かないといけないことだろ?」
依頼内容を聞いて、俺はますますこの世界が分からなくなる。
そもそも、賊という表現自体が、現代日本ではいまいちピンとこないものだ。
まあ、山賊とか盗賊とか、そういった類だろう。
文明レベルが低いこのクソ世界では、まだ普通に存在する。
まあ、俺のいた世界でも、地域が違えばいたんだろうけどさ。
それらが財産や命を略奪しているというのは分かるんだが、何でその対処を冒険者に任せるんだ?
個人事業主みたいなものだろうに。
治安に関することなんだから、国が動けばいいと思うんだが。
「国軍は動きませんよ。基本的に、国軍は他国からの侵略に備えるもので、内の敵には投入されません。まあ、革命でも起きれば話は別でしょうけど」
はえー。
「じゃあ、今回みたいな賊であったり魔物であったりは、誰が対応するんだ? マジで冒険者なの?」
「あんた、割とこの世界長いのに、なんで知らないのよ」
アイリスが呆れたように俺を見る。
あんまり興味ないから、この世界。
「こういったことは、地方を任されている領主の仕事よ。領主の抱えている兵で、何とかするのが通常ね」
なるほどなるほど。
「だったら、その領主がやらないとダメじゃないか? 指名依頼も高いんだから、ムダ金だろ」
「やってはいたみたいなんですけどね。ただ、ことごとく失敗しちゃったようでして……」
無能……。
俺たちの世界で言うと、犯罪集団に警察がボッコボコにされてしまったということか?
そんで、自分たちではどうしようもできないから、国民有志に任せると。
……どれだけ情けないの?
よく望月にパスできたな。
というか、集団でダメだったのに、望月という個にパスするなよ。
馬鹿かよ。
「それだけだったら、別に望月たちが出張る理由にはならないんじゃないか?」
「そうですね。ただ、少し気になった情報がありまして」
「情報?」
望月は真剣な目をして頷いた。
「この賊の頭目が、転移者だという情報です」




