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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第2章 テロリストと反社編

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第25話 声がでけえんだよ!!

 










「はああ……めんどうくさ」


 俺はとぼとぼと肩を落としながら歩いていた。

 もちろん、目的地はギルドである。


 お金だ。お金がないと生きていけないので、依頼を受けて報酬金をいただかねばならない。

 しかし、そもそも俺は荒事は嫌いだし、得意でもない。


 命を懸ける仕事に行かなければならないと思うと、気が重くなるのも当然だろう。

 しかも、節約のせの字も知らない奴隷ちゃんの食費にほとんどが消えていくと思うと、憂鬱はここに極まれり。


 マジで行きたくない……。


「ダメ男一直線のマスター、さすがです」

「適当にさすがですって言えばいいと思っているだろ、お前。俺はそんなにちょろくないからな」


 自分が好き勝手やってこういう結果になっているんだぞ。

 分かっているのか。


 俺がそういう意志を込めて睨みつければ、奴隷ちゃんはなぜか胸を張って頷いた。


「もちろん、私の失態。エッチなお仕置きも楽しみにしております」

「しない」


 クソ! 舞子さんとの一件以来、マジでこういうことが多い!

 俺にも人並みの性欲さえあれば、ウィンウィンの関係になれたのだろうが……。


 朝食の場でも言ったが、俺は内臓にダメージがある。

 それは、胃だけにとどまらない。


 多分、それが影響しているんだろうなあ。

 転移前の俺だったら、奴隷ちゃんくらいかわいい子に迫られたら、ウッキウキで引っかかっていたはずだ。


「さて、どうしようかな。適当に報酬金が高くて、適当に簡単な依頼ってないかな?」

「もうこの時間帯では残っていないのでは?」

「だよなあ。もっと早く動けばいいんだろうけど……」


 ギルドの依頼は早い者勝ちだ。

 当然、条件がいいものはすぐに取られていく。


 だいたい、依頼が更新される時間帯は決まっているので、その時間帯は冒険者たちが大勢集まって、依頼の取り合いをする。

 ……それに参加する勇気は、俺にはないんだよなあ……。


 あと、単純に寝不足。

 俺がそう考えていると、奴隷ちゃんがすべてを見透かしたような目を向けてきた。


「夜更かしばかりしているからですよ。毎晩よなよなどこに行っているのですか」

「……ばれてた?」


 驚いた。

 睡眠不足であることはばれるだろうなと思っていたが、外に出ていることに気づかれているとは思っていなかった。


 ……奴隷ちゃん、いつ寝ているの?


「マスターのことだから、当然把握しております。誰と会って、何をしているかは知りませんが。……まさか、雌ブタではないでしょうが」


 俺は無言で前を向いた。

 奴隷ちゃんがジーッと凝視してくる。


 おい、主人をそんな目で見るな、馬鹿。


「…………さあて、しごとがんばるかー」

「マスター? ちょっとお話があるのですが?」

「俺はないから」

「私があると言っているんです」


 奴隷なのに主人に命令しようとするな!

 しかし、怒鳴っていないのにもかかわらず、思わず従ってしまいそうになるほどの迫力。


 ふっ、ビビってないから。


「おっとー、ギルドに着いてしまったー。奴隷がペラペラしゃべっていると反感を買うこともあるかもしれないから、気をつけろよー」

「……まあ、時間はいくらでもありますし」


 ちょうどいいタイミングで、ギルドについた。

 俺は別にどうでもいいのだが、奴隷ちゃんは俺のこととこの世界の文化のことを考えて、人前ではペラペラと喋ったりしない。


 奴隷を人間と思わないこの世界の常識である。

 本当、くだらないと思う。


 そんなことを考えながらギルドの扉をくぐると……。


「「げっ」」


 ちょうど出ようとしていた人物とぶつかりそうになり、急ブレーキをかける。

 軽く謝ろうと顔を見たら、そんな気分も一気になくなった。


 なにせ、俺の前にいるのは、アイリスだからである。

 セミロングの金髪に整った顔立ち。


 そして、奴隷ちゃんが小さく舌打ちするくらいの、メリハリのある肢体をこの世界らしい衣装で隠している。

 まったく隠れていないが。


 アイリスは俺のことを毛嫌いしている。

 で、俺も自分のことが嫌いだと言ってくる人が苦手にならないはずがなかった。


 挨拶もせず、スッと横に避けてアイリスが去るのを待つ。

 さっさと失せろ。


 そう思っていると、不機嫌そうな……というか、明らか不機嫌な声が聞こえてきた。


「ちょっと待ちなさい。あんた、今あたしの顔を見て『げっ』て言ったわね? どういうつもり?」


 何だこいつ、面倒くせえなあ……。

 めっちゃ睨みつけてくるアイリスに、俺は辟易とする。


 お前、俺のこと嫌いアピールさんざんしているんだから、突っかかってきたらダメだろ……。

 ここ、ギルドだぞ?


 他の連中も、興味深そうにこっちをちらちら見ているし。

 まあ、アイリスも能無しではないので、声はかなり潜めているが。


 ルーダとか、『俺を裏切るのか』みたいな目を向けてきているし。

 いつから仲間になったんだよ。


「げっんきー? って聞こうとしたんだよ。言わせんな、恥ずかしい」

「そんな関係じゃないでしょ」


 うん。

 ここで素直に頷いたらそれはそれで不機嫌になるだろうな。


 面倒くさい性格しているな、こいつ。


「で、何か用かしら、引きこもりニート野郎」


 お前から突っかかってきたんだるぉう!?

 声を張り上げたくなったが、何とか飲み込む。


 というか、引きこもりニート野郎だと!?

 その暴言は許容しがたい!


「指名依頼二つもこの前こなしたんだぞ! ニートじゃないぞ!」

「優斗は毎日指名依頼を受けているわよ」

「化け物か?」


 俺の膝は自然と震えていた。

 指名依頼をそんな毎日発注されるくらい信頼されているということ。


 そして、それを受け続けているということに愕然とする。

 こいつら、どれだけお金持ちなんだろう……。


「ふっ。あたしたちとあんただと、信頼のされ具合が違うのよ。うらやましいでしょ」

「いや、そんなに働きたくないから羨ましくないわ」

「…………」


 自慢気に大きな胸を張るアイリス。

 スケベな奴だ。


 しかし、俺は時々仕事をしてのんびり生きていられたらいいのであって、こいつらみたいに超金持ちになりたいわけではない。

 絶対にしんどいだろ。


 信頼を向けられるというのは、意外とストレスになるものだ。

 まあ、望月みたいな性格なら平気なのかもしれんが。


 俺は無理。


「あんたも力があるならもっと頑張りなさいよ。優斗はあたしたち転移者の地位向上のために、あんなに頑張って……」

「あいつもずっと頑張ってくれているが、それでこの世界は何か変わったか? 転移者の扱いが向上したか?」

「…………」


 アイリスは言葉を返さない。

 いや、返せない。


 こいつも分かっているだろうから。

 俺たち転移者がどれほど頑張っても、何も変わらない。


 そもそも、生きている母数が少ない。

 だいたい、奴隷に落とされて、身体も心も消費されつくし、殺される。


 それに、何とかその境遇から抜け出せた数少ない俺たちみたいなのでも、公に転移者だと胸を張って生きている者はいないだろう。

 メリットがまるでない。


 色眼鏡で見られるだけだ。

 そして、どれほど転移者が頑張ってこの世界の人のために尽くしても、この世界の人間が俺たちを認めることはないだろう。


 そんなことをするよりも、転移者を見下し、搾取し、抑え込んだ方が楽しいからだ。


「何も変わらねえよ。こっちがどれほど寄り添ったって、この世界はクソだ」


 俺は、アイリスや望月のしていることを否定しない。

 志は立派だ。


 やっていることも素晴らしい。

 だが、これでは何も変わらない。


 だから、そんな志を持って行動することは、絶対にない。


「傍から見ている俺よりも、一緒にいるお前の方がよく分かっているんじゃないか?」

「……うるさいわね」


 アイリスは苦々しそうに顔を歪める。

 彼女が名前をこの世界風に変えて、転移者であることを隠しているのが、何よりの証拠だ。


 正直言って、望月が異常というか、特別なだけだ。

 ……いや、本当凄いな、あいつ。


「……その指名依頼って、誰から?」


 アイリスから、まったく違う話題が出る。

 まあ、変えたいというのであれば、付き合ってあげよう。


「え、舞子さんだけど。お前も知っているだろ?」

「……死ね、ゴミ男」

「いきなりなんで!?」


 恐ろしいほど冷たい目で睨まれる。

 今までにないほどだ。


 ど、どうして……?

 俺が舞子さんから指名依頼を受けるのが、そんなに気に食わないのか?


「アイリス、報酬金を受け取ってきたよ……って、リヒトさん」


 そんな俺たちに近寄ってきたのは、時折話題に出ていた望月だった。

 望月 優斗。


 俺たちと同じ転移者で、その素性を全く隠そうとせず、むしろ知らしめるようにしている異質な男。

 その実力は、指名依頼を毎日のように貰っていることからも明らかである。


 ……本当、すげえなこいつ。


「お、望月。お前のパートナーを何とかしてくれ。しつけのなっていない狂犬じゃないか」

「死ね」


 ダン! と俺の足を踏みつぶすアイリス。

 やっぱり狂犬じゃないか!


「ひぎぃっ!? 見ろ、望月! お前の教育がなっていないからだ!」

「いや、今のはリヒトさんが悪いですよ」


 呆れたように俺を見る望月。

 お前ら勇者パーティーとか言われているんだろ!?


 ええんか、無辜の民をいじめるようなことをして!


「ああ、でもちょうどよかった。僕、リヒトさんたちに用があったんです」

「そうか、俺はない。じゃ」

「待て」


 嫌な予感しかしない。

 内容を聞く前に退散しようとすれば、アイリスにがっしりと腕を囚われる。


 放せ! 無駄に大きい胸が当たっているぞ!

 ジタバタするが、俺よりもアイリスの方が力が強いようで、ビクともしない。


 ゴリラウーマン、二人目か。

 そんなことを現実逃避のように考えていると、望月がガバッと頭を下げてきた。


 止めろぉ!


「リヒトさん、力を貸してください!!」


 声がでけえんだよ!!




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