第24話 今日の朝食で最後です
ゴソゴソと音がするので、自然と目が覚めた。
というか、それよりも先に覚醒してしまっていたのだが。
誰かが部屋に入ってきた時点で、俺は浅い眠りからすぐに起床する。
それは、卓越した達人ならではの気配読みが原因だというのではなく、ただただ臆病でビビっているだけだ。
昔は直接声をかけられても起きられなかったくらいなのに、この世界に来てから随分とした変わりようである。
こんな変化は求めていなかったが。
ということで、俺の部屋に誰かが侵入してきているということなのだが、この部屋に入ってくるのは、俺以外にはもう一人しかいない。
あいつ以外なら怖すぎて死ぬ。
そんなことを考えながら、恐る恐る目を開けば……。
「おはようございます、マスター」
「……ああ、おはよう」
俺が唯一雇っている奴隷、奴隷ちゃんがいた。
凄い名前だと思うが、俺が意地悪でそんな名前を付けているわけではないことを知ってもらいたい。
そんな彼女は、特に求めていないのだが、奴隷のたしなみとして毎朝モーニングコールをしてくれる。
それはいいんだけどさ……。
「ところでなんだけど、どうして全裸で俺のベッドにもぐりこもうとしているのか、説明してもらえるか?」
全裸である。
奴隷ちゃん、全裸である。
他所の奴隷はろくに衣食住が保障されず、死ねば代わりを買う程度の使い捨ての道具としか思われていない。
そのため、碌に食事も提供されないため、やせぎすな体型が多い。
俺もそうだったし、実体験から分かる。
一方で、奴隷ちゃんは非常に健康体である。
何なら俺よりも健康体である。
俺以上に毎日食事をとっているから、当たり前だが。
そのため、身体もとても肉感的である。
時々自慢するように、胸は大きく前に突き出ている。
本当に奴隷かと思うくらい身体に傷跡やシミはなく、真っ白で美しい。
絶対に他人に見せたらいけないはずの下腹部も見えてしまっている。
隠すものがまるでない。
スタイルはもちろんいいが、顔立ちもとても整っている。
灰色の髪はいつものように二つのお団子にしていて、まとめられていた。
「アピールです」
「悪化しているんだけど?」
俺の中の奴隷ちゃんへの評価はますます下がっていくばかりである。
俺、性欲があまり強くないから、こういうことをされてもビビるだけなんだよなあ……。
「ですが、あの雌ブタがマスターを野獣の眼光で狙っているので、ここは積極的にいかないと……」
ふんすと拳を握る奴隷ちゃん。
それに合わせて、豊かな胸が弾む。
しかし、言っていることが衝撃的過ぎて目に入ってこない。
雌ブタって……。
名前は一切出していないが、誰のことを言っているのかは明白だった。
「お前、絶対に舞子さんの前で言うなよ。俺がやられる」
「ヤられる? ヤる側では?」
「上手いと思ってんの? 最低だぞ、お前」
奴隷ちゃんがこっそり敵視しているのは、マイコ・スタルト。
名前からも想像できるかもしれないが、俺と同じ転移者である。
彼女も奴隷として苦しみに満ちた生活を送っていたようだが、今では名家スタルト家の当主であり、先日の騒動もあいまって、もはや敵対する者は誰もいない確固とした立場を築き上げていた。
俺はよくわかっていないが、金を動かす能力もすこぶる高いらしい。
そんな彼女が、一度トラウマ軽減のために俺のベッドにもぐりこんできたことがあった。
それを目撃した奴隷ちゃんが、やけに敵対的なのだ。
「実際に抱いているくせに、何を今さら……」
「い、いろいろ事情がありまして……」
ボソリと呟かれた奴隷ちゃんの言葉に、肝が冷える。
止めてくれ。スタルト家当主と関係があるとばれたら、絶対に面倒くさいことになるから。
懇願すれば、奴隷の立場にもかかわらず、俺に何かを要求してきそうで怖い。
ここは、話題転換しかない!
「さあて、今日も朝から美味しいご飯をもらおうかな!」
「露骨な話題転換ですが、私の料理を褒めてくれたので許します」
奴隷ちゃん、意外とちょろかった。
彼女の先導で部屋を出て、リビングへ。
そこには、すでに調理された食材の数々が置かれていた。
朝から食うレベルの量じゃねえ……。
「……相変わらず凄いな、この量」
「大丈夫です、私がほとんど食べるので」
「うん、それは知ってる」
俺に食えと言われても食えないし、それは全然かまわないのだが。
二人して食事をとり始める。
奴隷に、主人と同じレベルの食事。
しかも、同じテーブルで食べるなんて、この世界の常識ではありえない。
飢餓に瀕していても食べたくないような、味も見た目も最悪な、食料とも言えない名状しがたい何かを、数日に一度くらい腹に入れる。
それが奴隷である。
うちでは全然違うけど。
何なら、俺よりもパワーバランスが上な気がする。
「ですが、マスターの食事量の少なさは心配になります。マイコ・スタルトも心配していましたよ」
「あー、まあ今くらいがちょうどいいからなあ。一日一食食べられていれば十分だ」
心配してくれるのはありがたいので、正直に答える。
俺の身体のことだから一番よく分かっているのだが、あんまり食事はとることができない。
だから、無理しているわけでもないから、安心してほしい。
「健康に悪そうですね。元から小食だったんですか?」
「いや、そうでもないな。昔は一日三食食べていたし」
「何かあったのですか?」
「あー……」
転移前は、とても健康的な生活を送っていたと思う。
朝ごはんを食べない人が多くなっていた時でも、俺はちゃんと朝昼晩と毎日三食を食べていた。
俺が今のように小食になったのは、この世界に来てからである。
……正直、愉快な話でもないからしようとは思っていなかったのだが。
「まあ、もう奴隷ちゃんに言ってもいいか」
それなりに付き合いも長いし、別に隠すようなことでもないので、俺はあっさりと小食になってしまった理由を奴隷ちゃんに話すことにした。
「俺ってさ、結構内臓にダメージがあるんだ。胃も割と損傷しているから、食欲がないというか、あまり食べたらダメなんだよな。キャパが簡単にオーバーするから」
「……なるほど」
奴隷時代の名残というやつである。
まあ、俺は舞子さんのように特別容姿に優れているわけではないからなあ。
あの人もかなりしんどい思いをしているはずだが、特にこれと言って利点のない俺は、より苛烈な環境にいたと断言できる。
……まったく自慢にならないんだけどな。
そんな奴隷生活だったから、俺は今でも後遺症に苦しんでいる。
小食なのは、その一つだ。
内臓……というか、胃にダメージがあるから、そんなに食べても消化できないのである。
奴隷ちゃんは重々しく頷いた。
「奴隷時代ですよね」
「ああ。まあ、奴隷ちゃんはクソが百個付くくらい強いから、分からないかもしれないけど……」
「いえ、分かりますよ」
奴隷ちゃんなら、俺が受けた虐待も平然としてそう。
そう思ったのだが、彼女は首を横に振った。
「本当、この世界はクソですから」
その言葉は、普段あまり感情を強く表に出さない彼女らしからぬ力の入れようだった。
この世界はクソ。
はっきりわかるんだね。
俺と同じ感想を持っていたことに、思わず驚いてしまう。
……やはり、あまり愉快な感じに話が進みそうにない。
朝から気が落ち込む話なんてしたくないので、俺はふと気になったことを尋ねてみる。
「それはそうと、生活費って残ってる?」
「今日の朝食で最後です」
俺はニッコリと笑った。
奴隷ちゃんも笑った。
……なんで指名依頼二件分の報酬金が、一か月もたないんだよ!!
第2章スタートです!
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