第22話 効かんなぁ!
舞子さんの指名依頼を受けてから、一か月。
あれから、俺は何の仕事も受けていない。
引きこもることができるほどの大金を、指名依頼の報酬で手に入れたからである。
しかも、あれはワイバーン(という名のドラゴン)の討伐も合わせて二つの指名依頼だからな。
名家スタルト家ということもあって、かなりの額となった。
俺だけなら数年は余裕だったのだが、奴隷ちゃんの胃の中に大量に消えていくので、もってあと一か月か。
……穀潰しと言えないのがつらい。
「納得できません」
そんな穀潰し……もとい、胃袋ブラックホールは不機嫌ですとアピールしてきていた。
俺がアピールやりたいくらいなんだけど。
「……何が?」
「私は少しでもベッドに近づいたら放り投げられるのに、どうして彼女はセーフなんですか」
奴隷ちゃんは、まだ一か月前くらいの舞子さんとの添い寝事件について怒りを抱いていたようだ。
ながっ。
いや、まあ怒りとか恨みって継続して持ち続けても不思議じゃない感情なんだけどさ。
いつにもまして不機嫌そうなので、俺もちゃんと答えることにした。
「……なんだろう。お前、捕食者の気配が凄いんだよ。肉食動物がにじり寄ってくるような感じがして、ぶっちゃけ怖い」
非捕食者の立場としては、やはりビビってしまう。
あの時の舞子さんは、全裸ということとからかうような言動はあったものの、結局はトラウマを思い出して眠れないという悩みが強かった。
だから、俺のところに来たのも、寝られるようになりたいという主目的が透けて見えていた。
だから、添い寝を受け入れたのだ。
うん、完璧な反論だ。
「私もあなたのことを何度も食べちゃっているけどね」
「…………」
それを、ひょっこり顔を出した舞子さん自身によって粉々に破壊された。
なにしてくれてんねん。
俺以外の他人が来たことによって奴隷ちゃんは黙り込んでしまったが、目がガチである。
凝視されてしまっている。
絶対に後で追及があるじゃん……。
「奴隷ちゃん、これは高度にして巧妙な嘘だ。騙されるな。……というか、何で当たり前のように俺たちの家にいるの?」
あながち間違いでもないんだけど、この場をうまく収めるために矢継ぎ早に話す。
「本人が動かず何もしなくとも金が集まるシステムを作るのが、資産家というものよ」
「へー、すっごい……」
元の世界でも投資というものがあったが、金持ちがさらに金持ちになるためのツールとか聞いたこともある。
この世界でもそういうことができるんだな。
まあ、俺はそういう勉強をするつもりもないし、そもそも元手となる資金もないので、決して手を出さないが。
ヘタクソがやったら、お金が溶けていくだけだし。
「それって、俺たちの家に来ている理由になる?」
「ところで、どうしてこんなこじんまりとした家に住んでいるの? あなたがその気になれば、スタルト家までとは言わないけど、そこそこの家を持つことができるでしょう?」
すっごい誤魔化された……。
あと、人の家に来てこじんまりとかよく言えるな。
自覚があるから俺は別にショックとか受けないけど、俺以外なら割と本気で苛立ちそう。
「その気になっても、俺じゃ無理だって。舞子さんは勘違いしているみたいだけど、俺の力なんて大したことねえもん。ずば抜けているのは、結局奴隷ちゃんだ」
俺を強いと勘違いしているようだが、本当に俺は強くない。
奴隷ちゃんがだいたいなんでもやってくれる。
「でも、その奴隷ちゃんを使えば、できるってことでしょう?」
「止めてくれ。目立つのは好きじゃない。敵が増えるしな」
バンバン依頼をこなしていけば、当然注目される。
注目というのは、この世界ではあまりよくないものだ。
妬み、嫉み、恨み。
そういうものを向けられて敵が増えるのは、面倒極まりない。
それも、奴隷におんぶにだっこというのがやばい。
俺は舐められ、余計に攻撃が激しさを増すだろう。
「あと、居住場所を贅沢すると、本当に毎日依頼を受けないといけなくなるから無理。奴隷ちゃんの食費だけで精いっぱいだ」
「奴隷の食費で家計が切迫するってなに?」
怪訝そうに俺を見てくる舞子さん。
俺が聞きたい。
「あなた、相変わらずやせぎすだし、ろくにご飯を食べていないんじゃない? ……なんで奴隷より主人が困窮しているのかしら」
「もともと、あまり食事が好きじゃないというか……」
元の世界にいた時は、まあ普通だったと思う。
体型も、太すぎず痩せすぎず、標準的なものだった。
今では、そんな食事をとることもできないが。
「仕方ないから、私が作ってあげるわ。昔を思い出せて楽しいし」
「え、いや……」
結構です。
そう言う前に、舞子さんはウキウキでキッチンに向かっていった。
いや、料理できんの?
今、自分のことすら自分でしない立場の人間なのに……。
「マスター。なんですか、あれは」
憮然とした表情の奴隷ちゃん。
こいつがこんな不満そうな顔をするのも珍しい。
俺に分かれば答えてやりたいのだが、分からないのでどうしようもない。
「知らん」
「完全にマスターを狙っている雌猫の顔でした」
「どんな顔だよ」
あの舞子さんだぞ?
人間を、金を産みだす道具としか思っていなかった前スタルト家当主を篭絡し、莫大な財産を産みだした稀代の女傑。
そんな人が、俺を狙うってどういうことだ。
「マスター。マイコ・スタルトとただならぬ関係であることは、重々承知しています」
「ああ。同郷だしな。似たような境遇だったし」
「……誤魔化されるのであれば、構いません。私はしょせん奴隷。マスターに意見を言うことは、本来はおこがましいのですから」
……奴隷ちゃんなのに、シュンとしたしおらしい態度をとる。
ば、馬鹿な。当たり前のように俺よりも食事をとって、好き放題しているこいつが、落ち込んでいる……!?
あまりにも不思議な光景に、俺はわたわたと慌ててしまう。
「ですが、せめて少しだけ、私があなたの所有物であるということを教えてください」
「奴隷ちゃん……」
奴隷ちゃんは、そういうとそっと身体を寄せてきた。
普段なら遠ざけるか逃げるかしていたのだろうが、今の殊勝な態度を見ると、とてもじゃないがそんなことはできない。
もちろん、奴隷ちゃんを抱くとか、ものにするとか、そういうことをするつもりは一切ない。
ただ、舞子さんにしたように、そっと抱きしめるくらいは……。
と思っていたら、キッチンからひょっこりと顔を出し、ニヤニヤと笑う舞子さん。
「押してダメなら引いてみる。意外と効果的でしょう?」
「はい」
ギョッとして見下ろせば、先ほどまでのシュンとした態度はどこにいったのか、いつも通りの澄ました表情をした奴隷ちゃんがいた。
……演技、だと?
愕然としつつ、俺の心は一気に冷める。
そして、笑顔で扉を指さした。
「……とりあえず、お前ら出て行け」
怒り心頭なのに、舞子さんは近づいてきて後ろからふわりと抱き着いてきた。
柔らかく大きな胸が潰れる感触。
「奴隷ばかり構っていないで、私のこともちゃんと構ってね」
耳元でぽしょりと、色気のある声。
効かんなぁ!




