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【書籍化・コミカライズ】自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた  作者: 溝上 良
第1章 やばい奴隷とやばい貴族編

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第21話 聞かなかったことに

 










 朝というのは、清々しいものだ。

 とくに、天気が晴れていれば、気持ちも晴れやかなものになる。


 まあ、清々しさを感じるのは、ある程度今の日常に満足している者だけだが。

 少なくとも、俺はまた一日が始まってしまったのかと、心底げんなりする。


 そして、それだけではなく、さらに心を病んでしまいそうな展開が、俺には待っていた。


「それで、マスター。私に何か言うべきことはありますか?」

「…………」


 俺の前で仁王立ちする奴隷ちゃん。

 ベッドの上で正座する俺。


 おかしいな。奴隷と主人の関係って、こんなものだっけ?

 俺、奴隷ちゃんが初めての奴隷だから分からないんだけど。


 しかも、詰問されてるし。


「い、いや、何も? 別にやましいことなんてないし。俺から求めて舞子さんがこっちに来たわけでもないし。全然俺悪くないし」

「悪いかどうかは周りの人間が判断することです。マスターではありません」

「横暴だ!」


 抗うべきことは断固として抗うぞ!

 俺はノーと言える日本人だ!


「では、男が寝ていたベッドの上に、全裸の女……それも、見た目もよくて身体も厭らしい女がいて、何もなかったと男が慌てて言ったとして、どれほど説得力が?」


 ピタっと止まる。

 奴隷ちゃんの言葉に従い、同じベッドを見る。


 隣では、薄いシーツを身に着けてスヤスヤと眠る舞子さんがいた。

 白いシーツに黒くふわふわした髪が広がっていて、とてもきれいだ。


 身体を隠しているとはいえ薄いので、線がはっきりと出てしまっている。

 柔らかそうで白い双丘は、深い谷間を作り出している。


 長い脚はスベスベで肉付きもよさそうだ。

 俺はそんな彼女を冷静に観察する。


 別にいかがわしいことはしていない。

 だから、こんなにも冷静に外観を見ることができた。


 そして、結論だ。

 うん、ない。


 説得力、ない。


「やれやれ。では、さっそく私にも手を出していただきましょうか」

「おい、待て。服を脱ぎ始めるな」


 いそいそとメイド服をはだけさせる奴隷ちゃん。

 舞子さんほどではないが、十分に実った胸が露わになる。


 おい、止めろ。

 なんで人の家で奴隷と致そうとするやつがいるんだよ。


 ダメだわ、色々。


「だいたい、刃物を通さないほどカチカチなのに、そういうことできないだろ」


 ドラゴンのブレスもノーダメ。

 直接肌に刀剣を突き刺してもノーダメ。


 ……触ってカチカチだったら、さすがの俺も形容できない顔をしてしまうだろう。

 そんな不安を払しょくするように、奴隷ちゃんは自分の胸を揉みしだく。


 やめろ。


「いや、柔らかいですよ、私の身体。ムニムニです。おっぱいなんてもっとムニムニです。触って確認してみてください」


 結構です。

 じりじりにじり寄ってくる奴隷ちゃんからどうやって逃げようかと考えていると、ベッドから声がする。


「私の邸宅で乳繰り合うのは止めてもらえるかしら?」

「全部あんたのせいでこんなことになっているんだが?」

「それは申し訳ないわ」

「すっごい口だけだあ……」


 目をこすりながら身体を起こす舞子さんがいた。

 シーツがはだけて全部見える。


 おい、恥じらい。


「で、よく眠れたか?」

「……ええ、久しぶりに昔のことも夢に見たわ。私の安眠抱き枕として、ずっとスタルト家に雇われない?」

「雇われない」


 悪戯そうに笑う舞子さんに、俺は即答する。

 針のむしろになるじゃないか。


 スタルト家から反舞子さん勢力は一掃されたとはいえ、それは俺に友好的であるということには直結しない。

 舞子さんはスタルト家の身内だし、能力高いから受け入れられている。


 財産を膨れ上がらせた実績もあるしな。

 ただ、俺は完全部外者だし、それが当たり前のように家の中で動き回っていたら、いい気分になるはずもないだろう。


 そんなことを考えていると、舞子さんがポツリと呟いた。


「……やっぱり、私はこの世界を許せないわ」

「そっか」


 かなり重たい発言だが、俺はあっさりと頷いた。

 彼女の考えを否定する気も矯正する気も、まったくなかった。


「舞子さんの好きにすればいいと思う。ぶっちゃけ、俺もこの世界を守りたいとか、人々を助けたいとか、そんなことは一切思っていないし」

「冷たいのね」

「俺も元奴隷なんですけど……」


 世界を恨みこそすれ、好きになる要素は微塵もない。

 結局、誰かに助け出されたわけでもないしな。


 そう考えると、同じ転移者であれだけ他者のために尽くすことのできる善良な勇者くんは、どれほど異質なのか。

 めちゃくちゃ運がよかったんだろうなあ。


 …………はあ。

 沈んだ気持ちを切り替えるため、奴隷ちゃんに話を振る。


 舞子さんが起床した今、こっちから振らないとよほどのことがない限り話に入ってこないからな。


「奴隷ちゃんはどうだ?」

「私は現在進行形で奴隷ですので、一切そういう気持ちはありません」

「よし。じゃあ、奴隷から解放を……」

「何度奴隷から解放されても、マスターの奴隷に戻ってきます」


 呪われた人形かな?

 自分から積極的に奴隷になろうとするやつが、この世界にいるだろうか?


 奴隷ちゃん以外いないだろうと、確信をもって言える。


「とりあえず、禍津會にもっとお金を回すために、スタルト家の財産を膨らませないとね」


 舞子さんはニコニコだ。

 夢見でもよかったのかもしれない。


 それはそうと、世界破壊をもくろむテロ組織に献金すると、胸を張って言われると少々ビビる。


「あと、今回のことを裏で操った奴も、相応の報いを受けさせないと」

「誰か黒幕がいるのか?」


 思わず問いかけてしまった。

 イビルやスタルト家の重鎮たちが、舞子さんの暗殺を狙っていたわけではないのか?


「イビルと重鎮たちだけで、今回みたいなことはできないわよ。金を動かすことはそれなりに優秀だけれども、それだけ。元国軍の兵士だけの傭兵たちを集めることも、私を殺す準備をすることもできないわ。誰かが指導し、助力し、操ったのよ」

「マジか。しかし、スタルト家を敵に回すようなことを、よくできるな」


 やはり、世の中金は非常に重要だ。

 どれほどあってもどうしようもないこともあるだろうが、ほとんどどうにでもできてしまうのが金だ。


 スタルト家のそれは莫大であり、少なくともこの近辺で不興を買おうとする者は誰もいないだろう。

 となると、ちょっと遠方の奴か?


 しかし、傭兵を手配してイビルたちを唆すって、割と大変そうだけどなあ。


「まあ、私が殺されてイビルが勝っていれば、敵じゃなくて味方になるしね。そうすれば、スタルト家の財産を自由に使えるようになるもの。イビルを操るなんて簡単でしょうし」

「とはいえ、まったく想像できないな。誰がそんな大層なことをしようとしたんだか」


 もともと、そういった家とか対立関係とかは興味がないので、知識がない。

 まあ、金があれば敵も増えるだろうから、スタルト家や舞子さんと喧嘩したいと思う者もいるのかもしれないが……。


「まず、最悪失敗してスタルト家と敵対しても戦えるだけの力を持っているということ。そして、スタルト家を支配下に入れてメリットがある者」

「……後者はともかく、前者はめちゃくちゃ限られてくるような気もするんだけど」


 スタルト家を支配下に入れたい者なんて、腐るほどいるだろう。

 しかし、敵対して戦えるとなると、相当限られる。


 下手な貴族よりもはるかに力のあるスタルト家。

 それを上回るということは……。


「ふふっ。そして、今私が禍津會に資金を流しているように、前当主も、寄付や献金という形で資金を色々な組織に流していたのよ。金で味方や後ろ盾を作るというのは、別に不思議なことじゃないわよね」


 それは、元の世界にいた俺はよくわかる。

 大企業や経済団体が政党に献金などをして、自分たちに有利な政策をしてもらおうというのと似ている。


 舞子さんは楽しそうに笑いながら言う。


「それを、私が当主になってから、気に食わないところに継続的に払っていた寄付を一気に止めたの。多分、そこだと思うのよね」

「金ってやっぱ凄いんだなあ。で、だいたいめぼしはついているのか?」


 テロ組織にお金を流すために献金を止めます、と言われたらまあ厳しいよな。

 舞子さんも馬鹿正直に言っているわけもないのだが、真実としてはそうなのだ。


 俺が問いかければ、舞子さんは全裸で(服着ろよ)、いたずらそうに人差し指を立てて笑った。


「王族♡」


 聞かなかったことにしよう。




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