第1話 幼馴染との仲を突っつかれるんだけど
俺の名前は池波修二。
平々凡々な高校二年生で、趣味はゲーム。嫌いなものは夏。
ただ、平々凡々については他人はそうは思わないらしい。
「老成している」
「落ち着いている」
「ウルトラ草食系男子」
などなどの不本意な評価を頂戴している。
ともあれ、今は幼馴染を起こすのが先決だ。
三階建ての一軒家のインターフォンを押すと。
「堀川ですけど~。もう修二来たの?」
ほわほわとした声が聞こえてくる。
堀川百合。
背中まで下ろした黒髪と垂れ目な可愛い容姿にスリムな体型。
体型維持は結構意識してるとか。
そんな百合は朝が弱いので毎日のように俺が起こしに行っている。
(今日はまだ寝てるかと思ったんだけど)
意外にも起きてたらしい。
「ゆっくりしてると遅刻するぞー」
(ほんとしょうがない奴なんだから)
心の中でつぶやきながらも少し頬が緩むのを感じる。
こうして起こしに行くのは俺にとっても楽しみなのだ。
「ごめんごめん。家入って待ってて?」
あくびが聞こえる。のんびりしてるんだから。
「了解」
慣れた手つきで彼女の家の扉を開けて玄関に入る。
スリッパに履き替えて家の階段を登るのはもう何度目だろう。
(小学校二年くらいが始まりだったか)
ざっと200回以上。長い付き合いだ。
「おはよー。修二」
「修二君、悪いね。うちの娘が寝坊助で」
百合とおばさんが二階のダイニングに入ってきた俺に声をかける。
「別にいいですよ。百合。また夜更かししただろ」
パジャマ姿で納豆パンをかじっている百合を睨む。
男の前でこういう姿を見せるのはどうなんだ。
「だってー。もうちょっとでラスボス倒せたんだよ?」
少し眠そうな目を向けて子どもっぽい物言い。
飾らない素朴なところがいいのか男子人気も女子人気もある。
「新作RPGのたびに夜更かしはどうかと思うぞ?」
よくお説教をするんだけど聞き入れられた試しがない。
「大丈夫。無事にエンディングまで行ったから」
えっへんと自慢げに言う百合だけど。
「胸張って言うことじゃないだろ。もうちょっとペース考えろよ」
徹夜してまでエンディング見るもんでもないだろ。
「わかってないな。一気にクリアした後のエンディングが最高なんだよ」
百合はレベル上げは最小限で一気クリアするスタイル。
レベルを上げて勝ってもつまらないらしい。
「コツコツレベル上げながら進めた方が面白いと思うんだけど」
対する俺はそんな普通のプレイスタイル。
百合のような短期集中決戦は真似できそうにない。
「おじさんはもう仕事に出たのか?」
「修二が来るちょっと前に出てった」
「ゲーム開発ってのも大変なもんだな」
「お父さんたちのおかげで私もゲーム遊べるんだし、感謝しなきゃ」
おじさんはゲームメーカー勤務で朝早く家を出ていく。
百合がRPG好きになったのもおじさんの影響が強い。
百合なりに父親の事は誇りに思っているらしい。
おじさんも娘には甘くて仲の良い父娘関係も微笑ましい。
席に座ってぼーっと百合が食べ終わるのを待つ。
「修二君も牛乳くらい飲んでいきなさいな」
おばさんがコップに注いだ牛乳を手渡してくれる。
「ありがとうございます」
お礼を言いながらコップに入った牛乳に手をつける。
(美味い)
結構よい牛乳を定期購入しているとか。
スーパーの成分無調整牛乳とは全然味が違う。
ごくごくと飲み干してから百合の方をじっと見てみる。
(やっぱり可愛いよな)
水玉模様のパジャマが愛らしい。
長く伸ばした髪に、穏やかな気性を表すかのような目つき。
少し小柄で均整の取れた体格。出るところは出ている。
「修二。私のことじっと見つめてどしたの?」
不思議そうな目を向けてくる。
「い、いや。納豆パンを美味しそうに食うなって思っただけ」
気恥ずかしくて誤魔化す。
「納豆パン、美味しいよ?修二も試してみなよ」
幸い気づかれなかったらしい。
別に気づかれてもこいつの場合、
「えへへ。ありがと」
なんて嬉しそうに言ってくるだけなんだけど。
俺はちょっと照れくさい。
「納豆パン推しは聞き飽きた。納豆はご飯に合わせるに限るな」
まずくはないけどな。
「むぅ。いつか究極の納豆パンを食べさせてあげる」
どこの料理漫画だよ。
「どうせなら至高の納豆ご飯を食べさせてくれ」
納豆絡みはいつもこんなやり取りだ。
「修二君も百合も昔から変わらないねぇ」
俺たちのやり取りを見るおばさんは微笑ましげだ。
この人にも子どもの頃から世話になってる。
「いい加減付き合いも長いですからね」
「もう十年くらい?月日が経つのは早いよ」
目を見合わせて微笑みあう。
もう高二。なのに十年もこんな関係が続いているのだ。
「「いってきまーす」」
揃って玄関で挨拶。
「行ってらっしゃい」
おばさんに見送られて登校するのも日常の光景だ。
「今日は晴れて気持ちいいねー」
少し肌寒くなって来た十一月初旬。
冬用の黒セーラー服に身を包んだ百合は健康的で可愛らしい。
「同感。でも学校着いてから居眠りするなよ」
「無理。絶対、居眠りする」
「だからゲームで夜更かしはやめろ」
「修二はお母さんじゃないんだから」
「おばさんが娘を甘やかすから俺が厳しくしないと」
堀川家の教育方針は自由放任。
ある意味俺が百合のお目付け役でもある。
「仕方ない。居眠りしてもノートは写させてやるから」
「やったー!修二、大好き!」
ぎゅうっと抱きしめられながらの「大好き」もいつものことだ。
未だに照れ臭いんだけどな。
「はいはい。俺も大好きだよ」
努めて平静な調子でそう返す。
「あ。与助だ!」
一緒に登校していると見慣れた野良猫がゆるゆると歩いてくる。
人慣れした老猫の名前は与助。百合が勝手につけた。
古めかしい名前の由来は昔の百合が見ていた時代劇。
百合のところに近づいて来て喉をごろごろと鳴らす。
「よしよし。与助は昔から変わらないなあ」
「猫年齢ではいい歳だけどな」
「最近は動きが鈍いしね」
小学校の時、初めて俺たちの前に現れた与助は若かった。
いつ天寿を全うしてもおかしくない年齢だ。
あとどのくらい会えるんだろうか。
「じゃあ行ってくるね、与助!」
地域の老猫とたわむれて登校を再開する俺たち。
「与助と触れ合えるのもあとどれくらいだろうね」
同じようなことを考えていたんだろうか。
少し感傷的な声色と表情だ。
「それまでは一緒に可愛がってやろうぜ」
「うん。そだね。ありがと」
頬に触れながら照れくさそうなお礼の言葉。
素直に気持ちを伝えてくれるのが百合の可愛いところの一つだ。
「どういたしまして。そこまでのことじゃないけどな」
やっぱり少し照れ臭いけど、そんな言葉を返す。
俺達は相性がいいんだろう。
十五分程歩くと四階建ての校舎が見えてくる。
一学年六クラス。高校としてはそこそこの大きさだ。
「じゃ、また後でねー」
「居眠りするなよー」
「それは無理」
俺は二年Aクラで百合は二年Bクラ。
三階への階段を登ったところでお別れだ。
窓際の席じゃら外を眺めていると川村が寄って来る。
高校に入って以来の友人で気さくな奴だ。
「見てたぜ。ほんとうらやましいな」
「聞き飽きたって」
「堀川さんみたいな可愛い子と二人きりでなんて贅沢者め」
笑いながら肩をたたいてくる。
「百合は可愛いけど、付き合ってないのはホントだぞ」
最近、俺を悩ませている問題。
「ナチュラルに可愛いとは言うんだな」
「本人の前だと照れくさいけど」
「そんだけ仲良いのになんで付き合わないんだ?」
不思議そうな表情だ。なんて言えばいいんだろう。
「高校になってからの友達ならそれでいいんだろうけどな」
あるいは大きくなってから出会っていたら。
もう百合と付き合っていたのかもしれない。
「幼馴染としての関係が壊れるから怖いって奴?」
幼馴染。便宜上友人に百合との関係を説明する時に使っている言葉。
異性の幼馴染というのは滅多に居ないファンタジーな存在らしい。
不本意ながら関係を勘繰られることも多い。
「別に関係が壊れるとかはないな。振られても友達やってるだろうし」
「修二の事は男としては見られない」
そう言われることはあるかもしれない。
「そっか。残念だけど、友人としてよろしく」。
そんな事を言っている様が容易に想像出来る。
「じゃあなんだって言うんだよ」
「言葉にするのがが難しいんだけどな」
意識することもないから言葉選びが難しい。
「恋人じゃなくても俺は満足なんだよ」
その言葉がしっくり来る。
楽しく話して一緒にゲームをする。
登下校の時や夜に語り合うこともある。
休日は一緒に出かけることもある。
今に満足しているから少し迷う。
「ハグしたり、胸揉んだり、エッチな事もできるのに?」
川村は悪い奴じゃないけど、すぐそっちに結びつけるのが玉に瑕だ。
「肉欲ありきはどうもなあ」
同学年の高校生はもっとエッチに興味津々らしい。
興味はあるけどそこまで切実じゃないと前に言ったら。
「信じられねえ」
と言われたことがある。
「えー?そっちの方が普通だろ」
そうなのかもしれないけど。
「俺だってどっちかと言えばしてみたいけど」
「けど?」
「そのうち出来ればいいんじゃないか?」
百合とそういうことが出来たらと想像してみたことはある。
ただ、興味はあるけど、そこまでしてみたい訳じゃない。
「幼馴染の関係ってのもややこしいもんだな」
幼馴染の関係、か。少し微妙な気分だ。
でも、俺たちの距離感が特殊なのかもしれない。
「他の幼馴染は知らんけどな。俺はそういう気持ちって話」
言っても仕方ないし適当に受け流す。
「ま、頑張れや。俺は応援してるぞ?」
「さんきゅ」
それだけ言って川村は席に戻って言った。
(俺はどうしたいんだろうな)
百合のことは友達としても女の子としても好きだ。
じゃあ、恋人になりたいんだろうか?
恋人になったらきっと楽しいだろう。
今よりもっと仲良くなれるのかもしれない。
(でも……)
今の関係も気楽だし結構満足だ。
(結局のところ、切実さがないんだよな)
百合との関係は今で十分居心地がいいんだ。
恋人になった後とかぎこちなくなるかもだし。
そういうのがあって億劫になってるところもある。
(百合はどう思ってるのかな)
隣のクラスで授業を受けている彼女の姿を思い浮かべる。
机に突っ伏してぐーすか寝てるんだろうけど。
(ま、こんなことを想像してしまうくらいには)
やっぱり百合のことが好きなんだけどな。




