第二百二十五話:強さの果てに天地開闢
「僕の、ターンだね。スタートフェイズ」
俺が攻撃をしなかったので、すぐさま政誠司のターンが開始する。
パッと見れば落ち着いて、冷静なように振る舞っている。
だけど内心はどうだ。自分の勝利は確信していても、心穏やかでは無いだろう。
それでいい。お前はこうも簡単に自分自身を疑うような男じゃない。
いつも通りのプレイングに徹していろ。
「メインフェイズ。僕は〈【終焉の感染】ザ・マスターカオス〉第二の効果を発動」
効果を発動するや、政誠司の背後に浮かぶ紋様が妖しく光る。
すると墓地から、2体の感染モンスターの遺体が引き摺り出されてきた。
遺体は邪悪な闇の塊と化して、紋様にある7つのスリットへと入っていく。
「僕は墓地から〈【財務感染罪臣】グリード・リラドール〉と〈【防衛感染罪臣】スロウス・ガードナ〉を〈ザ・マスターカオス〉の下に置き、デッキから2枚ドローする」
7つあるスリットの内、2つに光が灯る。
これが〈ザ・マスターカオス〉の持つ第二の効果。
場か墓地に存在する系統:《終焉》を持つモンスター(要するに感染後の罪臣)を下に置く事で、置いたカード1種類につき1枚ドローができる。ただしドローの上限は3枚まで。
(わかりやすく【7型罪臣】の動きだな)
とにかく《罪臣》を感染させて、〈ザ・マスターカオス〉の下に置いていく。
置けばドローができるから、次の感染モンスターにも繋がる。
最後には7枚のカードを貯めて、強力な切り札へと繋げるデッキだ。
(手札は増えるけど、そうしてもらわないと切り札に繋がってくれない)
だからこそ細心の注意を払って、カードを使わないといけない。
特に【罪臣】というデッキの性質上、【断罪】によるカウンターを上手く突破する必要がある。
カウンターでただ単純な痛手を負えば、その時点で全て終わってしまうからな。
(そして手札が増えたとなれば、次にする事は……)
一つしかない。
「僕は〈ザ・マスターカオス〉の効果を発動。手札の〈【鎧武罪臣】オニマル〉と〈【計算罪臣】オールブレイン〉、そして場の〈【法務罪臣】ジャッジリブラ〉をオールカオスライズ」
合計3枚、まとめてウイルス感染させる政誠司。
一度にまとめて感染化できるのは〈ザ・マスターカオス〉の強みだし、この世界の一般的なファイターからすれば厄介この上ないものだろう。
とはいえ感染先を知っている俺からすれば、先の見えた展開ほど楽なものもない。
空間に現れた裂け目は3つ。
手札の2枚と場の1体が中へと吸い込まれていき、邪悪な力を目覚めさせていく。
「現れよ〈【鎧武感染罪臣】グラトニ・オニマル〉〈【計算感染罪臣】エンヴィ・ブレイン〉。そして〈【法務感染罪臣】ラス・ジャッジメント〉!」
裂け目の向こうから、禍々しい3体のモンスターが場に現れる。
暴食を司る、悍ましき鎧武者〈グラトニ・オニマル〉。
嫉妬を司る、巨大な機械に浮かぶ脳〈エンヴィ・ブレイン〉。
そして憤怒を司る、壊れた天秤の意匠を持つ邪悪な審判者〈ラス・ジャッジメント〉だ。
〈【鎧武感染罪臣】グラトニ・オニマル〉P13000 ヒット3
〈【計算感染罪臣】エンヴィ・ブレイン〉P12000 ヒット2
〈【法務感染罪臣】ラス・ジャッジメント〉P14000 ヒット2
「デカいなぁ、態度と図体だけは」
「萎縮すら無いか……君のようなファイターは初めてだよ」
「だろうな。そして最後になる」
「審判の結果は変わらない。これは君という咎人を裁く力であり、僕達を導く方舟だ」
力であり、方舟ねぇ。
どの口が言うんだか。
「その力の果てが虐殺なら、アンタはノアじゃなくて災厄だろ」
「名乗りは僕が創る。これが僕達が目指す果てだとね」
「……強さを自覚した上で、一度も振り向かなかったんだな」
「未来を良くするのは為政者の義務だ。民は王の背について来ればいい」
「今を蔑ろにして、自分勝手に遠くを見てるだけじゃねーか。傲慢野郎」
「今が未来を創る。ならば必要なのは、今を勝利する圧倒的な強さ」
「それは手段であり結果だろ。必要なのは後ろを守る強さだ」
後進が未来を創る。なら今を生きる者が振るうべきは、後ろに在る者達を守る力。
守った結果で未来を掴み取る。それが上に立つ者が目指すべき強さだ。
「目に映らぬ範囲は、世界では無いと言うのかな?」
「映る範囲から解決しなきゃ、全部取りこぼすんだよッ!」
「絵空事。ならばその浅慮を悔い続けるといい。アタックフェイズ!」
分かっていたとはいえ、言葉は通じても話は通じないか。
政誠司の目つきが露骨に氷点下を突き抜けている。
同時に、アイツの場に君臨している3体の感染罪臣が、こちらに視線を刺してきた。
「まずは〈エンヴィ・ブレイン〉で攻撃」
脳の浮かんだ機械が、こちらに突進してくる。
さぁ、繊細に選んでいこうか。
「〈オブシディアン・アンノウン〉でブロック!」
黒い霧の塊が巨大な機械の攻撃から、俺を守ってくれる。
パワーは到底及ばないので、〈オブシディアン・アンノウン〉は呆気なく破壊されてしまうが、これでいい。
大事なのは系統:《眷属》を持つモンスターが破壊される事だ。
「味方の《眷属》が破壊された事で、〈オニキスの魔竜〉の効果を発動!」
俺は自分のデッキを上から2枚確認する。
捲ったカードは〈カーバンクル・ミョルニール〉か……今のうちに墓地に置いておこう。
「1枚を手札に加えて、残りは墓地へ送り、ライフを1点回復」
「だが〈ラス・ジャッジメント〉の効果により、モンスターが場から墓地へ送られるたびに、相手に1点のダメージを与える」
「知ってる。だからライフはプラマイ0だ」
とはいえ、〈ラス・ジャッジメント〉が放ってきた火球は俺に襲いかかってくる。
いくらプラマイ0になるとはいえ、ダメージはダメージ。ちゃんと痛いな。
だけどこれで俺の場には、モンスターを召喚できる空きができた。
これで良い。これが良いんだ。
「捨てて、奪う……捨てれば見える明日もある。君にも理解できるはずだよ」
「捨てるんじゃない。繋げるんだ」
「そこに違いはない。誰しも変わらない。だから僕達は決められたルールに従ってやろうと言うんだよ。身勝手に決められたルールを利用してね」
「既に逸脱してるだろうが、馬鹿野郎」
「歴史は改竄する。〈グラトニ・オニマル〉で攻撃!」
続けて悍ましい雰囲気を身に纏った鎧武者が、刀を抜いて襲いかかってくる。
ここらで一度攻撃を受けるのも手だけど……今回はもう少し派手に動いてやろう。
「手札から〈ルビーレプリカ〉の効果を発動!」
「君も手札からモンスター効果を使うのか」
「〈ルビーレプリカ〉は、自分の手札から『カーバンクル』と名のつくモンスターを相手に見せる事で、相手ターンであっても召喚できる。俺は手札から〈【紅玉獣】カーバンクル〉を公開」
『ボク、チラ見せっプイ』
「来い〈ルビーレプリカ〉!」
仮想モニターにカードを投げ込むと、俺の場に新たなモンスターが召喚される。
紅いガラスのような身体を持つ、小さなウサギ型モンスター。
カーバンクルのように見えるが、これはレプリカだと一目で分かる外見をしている。
〈ルビーレプリカ〉P1000 ヒット0
「その程度のモンスター。壁にしかならない」
「〈ルビーレプリカ〉は自身の効果で召喚された場合、そのターン中だけ系統:《夢幻》を得る」
「系統を追加する能力だと……?」
「もちろんこの召喚は《夢幻》のモンスターが召喚されたものとして扱う」
つまり進化したカーバンクルでなくても、【眷属召喚】の発動トリガーになれるって事だ。
「いくぞ、墓地から〈アゲートの神官〉と〈チューライトの修道女〉の【眷属召喚】を発動!」
『コイツ本日3回目の召喚っプイ。でもウチのデッキは労働基準法を採用してないから大丈夫っプイ!』
その通りだ相棒。
なのでまずは、墓地から〈アゲートの神官〉を回復状態で復活させる。
肩で息していてもスルーだ。
〈アゲートの神官〉P5000 ヒット1
「なるほど、モンスターを復活させる能力だったか……だけど君の場には既にモンスターが3体。もうこれ以上の召喚はできないのに、何故もう1枚の効果を?」
「【眷属召喚】は自身を復活させる場合は回復状態で呼び出せる……だけど発動した眷属を除外すれば、デッキから別の眷属を疲労状態で召喚できるんだ」
「まさか、進化モンスターか!」
その通りだ。
俺は〈チューライトの修道女〉を除外して、デッキから1枚のカードを選択する。
合宿の時に和尚から受け取ったブランクカードの1枚。
俺の心に応じてくれた新たな力を、今ここで使う。
「進化条件は……系統:《幻想獣》《魔獣》《眷属》《解放同盟》の内いずれかを持つモンスターである事!」
正確には『このカードと同じ系統を持つモンスター1体』なんだけど……こう口にすると長いな。
「俺は系統:《幻想獣》を持つ〈ルビーレプリカ〉を進化!」
紅いイミテーションのウサギは一瞬にして巨大な魔法陣へと飲み込まれていく。
魔法陣から膨大な光が噴流となって、螺旋を描いていく。
その光は黄金色と紫電の混じっているが、不穏さはない。
むしろ光も闇も従えて、未来を切り拓こうとする意思の表れのようにも見えた。
「今ここに黒き竜の封印を解く! 天の暗雲、地の厄災。全て斬り裂き未来を創出しろ!」
魔法陣が弾けると、その竜は姿を現した。
黒く頑強な鱗と皮膚。拘束具のようにも見える黄金の装甲。
そして光と闇を混在させた、黒曜石を司る新たな眷属。
この竜こそ、俺が望んだ強さの果て。
「〈【天地開闢竜】オブシディアン・ソード・ドラゴン〉召喚!」
『ボク達の新たな仲間っプイ!』
雄々しき咆哮がファイトステージに響き渡る。
コイツの力で、必ず……
〈【天地開闢竜】オブシディアン・ソード・ドラゴン〉P10000 ヒット2
「何かと思えばパワー10000程度。疲労しているその竜でどうするつもりなのかな?」
「〈オブシディアン・ソード・ドラゴン〉の召喚時効果を発動! 相手モンスターを1体選んで、このカードと強制バトルさせる!」
「なッ! 強制バトル効果だと!?」
「俺は〈ラス・ジャッジメント〉を選択! いけ〈オブシディアン・ソード・ドラゴン〉!」
効果を発動するや、〈オブシディアン・ソード・ドラゴン〉は身につけた装具から、黄金の鎖を出現させる。
鎖の狙いは当然、壊れた天秤を掲げている邪悪な審判者。
「アブソリュート・チェーン!」
黄金の鎖は勢いよく伸びていき、一瞬にして〈ラス・ジャッジメント〉の身体を拘束する。
そして鎖を引き寄せて〈オブシディアン・ソード・ドラゴン〉は、邪悪な審判者の首を鷲掴みにした。
「強制バトルを仕掛けるのは良いが、パワーはこちらは上」
「〈オブシディアン・ソード・ドラゴン〉は召喚されたターン中、自身のパワーを+5000する」
〈【天地開闢竜】オブシディアン・ソード・ドラゴン〉P10000→P15000
「パワー上昇を持っていたかッ」
「これで問題解決だ」
自身の効果によって〈ラス・ジャッジメント〉のパワーを上回った〈オブシディアン・ソード・ドラゴン〉。
首を鷲掴んでいた腕を高く上げると、もう片方の腕で拳を作る。
悪しき審判者は必要ない。そんな言葉が聞こえてきそうな目つきを浮かべたまま、〈オブシディアン・ソード・ドラゴン〉はその拳で〈ラス・ジャッジメント〉の身体を貫いた。
「これで、また1体」
爆散して墓地に送られた〈ラス・ジャッジメント〉。
そんな爆炎の残り香を軽く払いながら、〈オブシディアン・ソード・ドラゴン〉は政誠司を睨みつける。
彼方は少し驚いているようだが、まだ俺の効果処理は終わらない。
「続けてモンスター効果によって召喚された〈アゲートの神官〉の効果を発動。〈エンヴィ・ブレイン〉の効果を無効にして墓地へ送る」
やはり【ライフガード】持ちは優先して除去しておきたい。
死んだ目を浮かべながら、猫の獣人が祝詞を唱える。
するとカプセルの内部で脳を浮かべている培養液が、ゴポゴポと激しく動き始める。
そして培養液の中で浮かぶ脳諸共、カプセルは破裂して〈エンヴィ・ブレイン〉は機能停止。そのまま崩壊して墓地へと葬られてしまった。
「残るは〈グラトニ・オニマル〉の攻撃だけ! それは〈アゲートの神官〉でブロック!」
『過労死バンザーイ!』
鎧武者の一太刀を正面から受けて、猫の獣人は破壊されてしまう。
なんか相棒が言ってたけど、スルーしておこう。
そして味方の《眷属》が破壊された事で、〈オニキスの魔竜〉も効果を発動する。
デッキを上から2枚確認して、1枚手札、1枚墓地、1点回復。
ツルギ:ライフ6→7 手札3枚→4枚
「まさかこうも凌いで来るとはね」
「そうだな。だから早く〈グラトニ・オニマル〉の効果使えよ。回復条件は整ってるぞ」
「……〈グラトニ・オニマル〉の効果。お互いのアタックフェイズ中に、自分の場に存在するモンスターがこのカードのみなら、1度だけ回復が可能」
少し苛立ちを滲ませながら、政誠司は〈グラトニ・オニマル〉を回復させてくる。
そしてそのまま追撃を仕掛けてきた。
だけどその追撃も想定内。
「〈オニキスの魔竜〉でブロック」
鎧武者による二度目の攻撃で斬り捨てられてしまう魔竜。
だけどこれでいい。
あまり場に維持し過ぎても、〈オニキスの魔竜〉によって不必要にライフを回復し過ぎてしまう。
ライフが多過ぎると、今度はカーバンクルの召喚条件に関わってしまうからな。
そうなる前に防御を兼ねて退場させた方が効率的だ。
「さぁ、次はどうします?」
「……ターンエンドだ」
誠司:ライフ10 手札2枚
場:〈【鎧武感染罪臣】グラトニ・オニマル〉
発動中:〈【終焉の感染】ザ・マスターカオス〉(下に置かれたカード:2枚)
大人しくターンを終えてきた政誠司。
頑張って取繕おうとしているけど、内心は相当荒れているだろう。
それでいい……とはいえ、そろそろ俺も次の手を打たないといけない。
(〈ザ・マスターカオス〉の下にカードは2枚。次の俺のターンに効果を発動すれば最大で5枚)
政誠司の真の切り札には着実に近づいている。
あとは俺の思惑がバレないように、上手く誘導してやれば……アイツは間違いなく使ってくる。
(ならそろそろ……露骨な手伝いをしてやるか)
丁度さっき良いカードを手札に加えた。
こういう場面を想定して1枚だけ入れておいたカード。
政誠司という男のプライドに傷をつけるのに最適な1枚。
この後増えるであろう手札を掻い潜る事ができれば、流れはこちらが掴める。
『ツルギ……そろそろ仕掛けるっプイ?』
「あぁ。言っておくけど」
『楽には終わらせない。それで好い……そうでなくては、彼奴に痛みを教え込む事などできまい』
カーバンクルの怒りが声にも出ている。
当然だし、俺が同じ立場でもそうしただろう。
だから政誠司……まともに終われると思うなよ。




