第二百二十四話:目に見えぬワンサイドゲーム
お互いに抑え込みたい感情があるからだろうか。
それとも冷静さを維持したいからだろうか。
この世界では珍しく、開始の合図無しでファイトが始まった。
「先攻は僕のようだね。スタートフェイズ」
ランダムに決定した先攻は政誠司。
相手のデッキを知っているだけに、俺は内心「ラッキー」だと思ってしまう。
政誠司の【罪臣】というデッキは、手札から不意打ちで仕掛けるカウンターが売りだ。
となれば必然的に手札の枚数が重要になってくる。
(先攻はドローフェイズがないから、いきなり総数が増えるのだけは回避できたか)
とは言え、こうやって安心できるのは最初だけ。
どうせアイツの事だ、直にバカみたいな速度で手札を増やしてくる。
そしてアニメ補正を持っているだろうから――
「メインフェイズ。君には出し惜しみをする必要もないだろう。僕は手札から〈【暗黒感染】カオスプラグイン〉をコストで除外」
――初手で〈ザ・マスターカオス〉を発動してくる。
「理想への到達点。究極のウイルス〈【終焉の感染】ザ・マスターカオス〉を発動!」
空間の裂け目にカードを投げ捨てると、政誠司の背後に闇が満ち始める。
前の世界で見たアニメと同じ演出だ。
闇が集まって、一つの巨大な紋様と化していく。
カードイラストに描かれているのと同じで、七つのスリットがあるデザインだ。
「美しいと思わないかい? 全てのウイルスを支配し、汚れた世界を浄化する力だよ」
「申し訳ないんだけど、今さっき美術の成績が1に落ちた」
「それは残念。来世はイギリスにでも産まれると良い」
「エンタメ大国じゃなきゃ嫌だ」
ウイルスの影響で目を赤く染めながら、政誠司は態とらしく「やれやれ」と首を振っている。
とはいえ、僅かな違和感には気づいているだろう。
大層な魔法カードを使っても、俺が全く動じていない事に。
「理性を維持する能力は高い。やはり惜しいな」
「勝手に思ってろ。どうせ人事能力皆無なんだからさ」
「それには反論をしておこうか……カードという形でね」
そう言うと政誠司は、自身の手札から2枚のモンスターを見せてきた。
どちらも系統:《罪臣》を持つSRのモンスター。
「〈【終焉の感染】ザ・マスターカオス〉の効果を発動。手札から〈【財務罪臣】リラドール〉と〈【防衛罪臣】ジオガートナ〉を墓地へ送る事で、ゲーム外部から対応するモンスターを召喚する」
2枚のモンスターカードが墓地へと送られると、空間の裂け目が2つ現れた。
場だけではなく、手札から直接モンスターを感染させる能力。これも〈ザ・マスターカオス〉が持つ特徴の一つだ。
きっと、普通ならこの場面で驚くリアクションでも出るのだろう。
「闇に染まりて今こそ目覚めよ。汝が使命は世界の終焉なり」
だけど残念ながら、俺はそういう普通の反応はできない。
相手のデッキがする動きを把握している俺には、ありふれたリアクションなんて無理だ。
だからこそ……これは俺にできる最大の禁じ手。
前の世界で膨大なカードプールとデッキタイプを把握してきたからこそ可能になる、最悪の戦い方だ。
「カオスライズ。現れよ――」
「――〈【財務感染罪臣】グリード・リラドール〉と〈【防衛感染罪臣】スロウス・ガードナ〉を召喚」
「ッ!?」
召喚する感染モンスターの名前を先に言われたからか、政誠司は流石に驚いた様子を見せている。
そして俺が先回りして口にした名を持つ、2体の感染モンスターが空間の裂け目を通って現れた。
1体は貴金属や宝石、毛皮で構成された強欲なゴーレム〈グリード・リラドール〉。
もう1体は大きな盾をいくつも浮遊させながら、本体である熊のようなモンスターは、中央で怠惰にも身体を丸くして眠っている。こいつが〈スロウス・ガードナ〉だ。
〈【財務感染罪臣】グリード・リラドール〉P13000 ヒット3
〈【防衛感染罪臣】スロウス・ガードナ〉P15000 ヒット1
「デカブツを2体。効果ダメージとライフ回復を対策したようだけど、それ以上の意味は薄い」
「何故、感染後の名前を……?」
「さぁてね。まだ何かやる事あるのか?」
「……ターンエンドだ」
誠司:ライフ10 手札2枚
場:〈【財務感染罪臣】グリード・リラドール〉〈【防衛感染罪臣】スロウス・ガードナ〉
発動中:〈【終焉の感染】ザ・マスターカオス〉
訝しげな顔を浮かべてターンを終える政誠司。
別に俺からタネ明かしをする理由もないし、このまま未知でいてくれた方が余程都合がいい。
「俺のターン。スタートフェイズ」
相手の場にはライフ回復を妨害する〈グリード・リラドール〉。そして効果ダメージを反射させて、味方を守る〈スロウス・ガードナ〉。
最初に出すモンスターとしては悪くないけど、別に対処に困るようなカードでもない。
「ドローフェイズ」
むしろ本当に警戒するべきは相手の手札。
残り2枚とはいえ、あの中に眠るカード次第では少し動き難くなってしまう。
「メインフェイズ」
ならここから先は慎重かつ、冷静にカードを使っていく。
自分への被害は最小限にしつつ、政誠司にはちゃんとカードを消耗してもらおう。
「ライフを2点支払い、魔法カード〈フューチャードロー〉を発動。2ターン後のスタートフェイズ開始時に、カードを2枚ドローする」
ツルギ:ライフ10→8
コストを支払って、定番のドロー予約カードを発動する。
俺は政誠司の出方を注視するが、あちらは特に動く事なく魔法カードの効果は適用された。
どうやら2枚ある手札の中に、魔法カードを無効化する〈【交痛罪臣】サイバーヴァンプ〉がある可能性は薄そうだ。
なら次はこのカードだ。
「〈ルビーの魔術師〉を召喚」
カードを仮想モニターに投げ込むと、俺の場に巨大なルビーが出現して砕け散る。
中から現れた眷属は、赤いマントを身につけた白いウサギの魔術師。
必要なカードを持ってくるついでに、相手の手札に探りを入れる。
〈ルビーの魔術師〉P1000 ヒット0
「〈ルビーの魔術師〉の召喚時効果を発動。ライフを2点支払う事で、デッキから〈【紅玉獣】カーバンクル〉を手札に加える」
『さぁさぁ! お前に相応しい進化形態を決めてやるっプイ!』
「それは後でな」
手札からカーバンクルが声をかけてくるが、今は後回し。
俺は静かに政誠司の動きを観察する。
特に手札からカードを発動する様子はない……なら手札枚数の増加をトリガーにする〈【計算罪臣】オールブレイン〉も無さそうだ。
前の世界でも【罪臣】というデッキは、その性質から相手にするのが面倒なデッキの一つだった。
不意打ちのカウンターというものは、どんなデッキにも打撃を与える事ができる。
(その中でも特に厄介なのカードは2枚)
魔法カードを無効化する〈サイバーヴァンプ〉と、手札増加を妨害してくる〈オールブレイン〉だ。
他のカードも強力とはいえ、この2枚が飛んでこないなら、こちらも動きやすい。
「まずは感染モンスターを対処する。俺は〈アゲートの神官〉を召喚」
独特な縞模様のある宝石が砕け散ると、俺の場に猫のような獣人の神官が現れる。
ガチ眷属の力、見せてやる。
〈アゲートの神官〉P5000 ヒット1
「〈アゲートの神官〉の召喚時効果を発動。相手モンスターを1体選んで、ターン中その効果を無効にする。俺は〈グリード・リラドール〉を選択」
とりあえずライフ回復の妨害ができる【ライフガード】持ちは面倒だからな。今のうちに無力化しておく。
さて……問題は次の一手だな。
(前の世界だったら【罪臣】というデッキには、主に2つの型があった)
一つはカウンター戦術で相手をコントロールし、〈【最悪総理罪臣】プライド・デーモン〉でフィニッシュを決める【パーミッション型罪臣】。
パーミッション型は採用する罪臣の種類を限定する代わりに、他の系統との共存や、高い安定性を実現していた。
とはいえこの型は同名SRを3枚採用する前提のデッキ。
(構築済みデッキで感染前の7種類が入手できた前の世界と違って、この世界では純然たるレアカード。アニメの描写的にも各種1枚しか入ってないだろうな)
すると思い浮かぶのは、もう一つの型。
通称【7型罪臣】というデッキだ。
これはその名の通り、7種類の罪臣を全て採用する前提の構築。
最大の特徴は、7種の罪臣を全て要求する切り札を出すためのデッキである事だ。
(政誠司のデッキは間違いなく後者。だからこそ全てが飛んでくる可能性を持つ)
可能性を引き算していき、政誠司という男を観察する。
表情や所作、そして性格を加味して、あの男が手札に抱えているであろうカードを予想する。
それができれば、俺は先を読んだ上でカードを使うだけ。
「俺は召喚コストとして、系統:《眷属》を持つモンスター〈ルビーの魔術師〉を疲労させる」
いくつかのパターンを想像してから、政誠司にカードを使わせる事に重きを置く。
そうした場合の最善策はこのカードだ。
「来いッ〈オニキスの魔竜〉!」
漆黒の巨岩が俺の場に現れると、それを砕いて中から一体の眷属が姿を見せた。
黒い鱗の中に白い模様が混じっている、巨大な竜である。
〈オニキスの魔竜〉P9000 ヒット3
さて、このタイミングで政誠司は――
「ヒット3以上のモンスターを、召喚したね?」
――ほら、動いた。
「相手がヒット3以上のモンスターを召喚した事で、手札から――」
「〈【法務罪臣】ジャッジリブラ〉の【断罪】を発動、だろ」
「なッ!?」
「ほら、早くやれよ」
目を見開いたまま、政誠司は手札からカードを切る。
自身の効果で召喚されたのは、天秤の意匠がハッキリと出ている人型のモンスター。
高ステータスのモンスターを引き金にして出てくる、罪臣の一体だ。
〈【法務罪臣】ジャッジリブラ〉P10000 ヒット1
「……〈ジャッジリブラ〉の【断罪】によって、相手は自身のモンスターが1体になるように、墓地へ送らなければならない」
「〈オニキスの魔竜〉を残して、残りは墓地へ」
俺は淡々と効果処理をする。
効果で〈ルビーの魔術師〉と〈アゲートの神官〉が墓地へ送られるが、特に問題はない。
この展開は想定の範疇もいいところだ。
「事前研究……とも違うように見える」
「確信が言語化できたなら、それでいいんじゃないか? 俺は肯定も否定もしないけど」
「敵対する僕が言うのも妙だが、君は不正のような真似はしない。だからこそ、よく分からない」
「分からない、ねぇ」
思わず口角が僅かに上がってしまう。
分からない、理解の外にあるとは、未だ知らずも同義。
未知とは相手にすれば厄介で、味方として手懐ければ頼もしい。
何故なら未知は恐怖の種になる。恐怖は判断能力を低下させ、動揺は相手に支配権を渡してしまう。
「じゃあそのまま何も知らずにいてくれよ。俺にとってはそっちの方がやり易い」
「今のところ盤面は君の方が不利に見えるが……動じてないという事は、何か仕込んだね」
「当然。味方モンスターが場を離れた事で、〈オニキスの魔竜〉の効果発動」
コイツは自分の他の《眷属》か《夢幻》が相手によって場を離れる度に効果を発動できる。
「自分のデッキを上から2枚確認する。その中から1枚を手札に加えて、残りを墓地に送り、ライフを1点回復する」
「墓地に送られたモンスターは2体。という事は」
「もちろん2回発動する」
政誠司を潰すために必要なパーツを少しでも手札に引き込む。
同時に墓地にも必要なカードを置いて、ライフに少しだけ余裕を持っておく。
今回はライフコストを積極的に使いたいからな。ちょっとくらい余裕のある方が良い。
ツルギ:ライフ6→8 手札3枚→5枚
さて、場にモンスターを召喚できる枠も空いた。
ならそろそろ、邪魔なモンスターには退場してもらおう。
「俺は〈オブシディアン・アンノウン〉を召喚」
まずは第一段階。
予選でも使った黒い霧の塊から竜の翼や頭部がチラ見えしている眷属を召喚する。
〈オブシディアン・アンノウン〉P7000 ヒット0
「〈オブシディアン・アンノウン〉の効果発動。ライフを2点支払って、墓地からヒット1以下の系統:《眷属》を持つモンスターを召喚する。俺は〈アゲートの神官〉を復活させる」
今回はアームドカードによる代替えコストではなく、ちゃんとライフで支払う。
効果で墓地から、再び猫のような獣人の神官が出てくる。
これで再び召喚時効果を使えるが……モンスター効果によって召喚された時、〈アゲートの神官〉は本領を発揮できる。
「〈アゲートの神官〉の効果。相手モンスターを1体選んで、その効果を無効化する」
「だが効果を無効化するだけでは、僕のモンスターにはパワー負けする」
「戦闘なんてする必要もない。〈アゲートの神官〉はモンスター効果によって召喚されていた場合、選んだモンスターの効果を無効化した後、墓地に送る事ができる」
「……ほう」
「俺は〈スロウス・ガードナ〉を選択。効果を無効にしてから墓地へ」
流石に味方へ魔法破壊耐性の付与と、疲労ブロック能力を持つデカブツは放置できない。
神官が祝詞を唱えると、怠惰な熊は悲鳴を上げて苦しみ始める。そして追加効果もあり、〈スロウス・ガードナ〉はそのまま闇の中へと葬られてしまった。
普通ならこれだけでも十分だと言いたいけれど……今回のファイトは、一つのゴール地点を目指して動いた方が最善。
(となれば今のうちに……感染モンスターを墓地に送ってやるか)
そうすればアイツも、俺の思惑通りに動いてくれるはず。
「魔法カード〈サーヴァント・サンダー〉を発動。場の〈アゲートの神官〉を墓地へ送って、〈【財務感染罪臣】グリード・リラドール〉を破壊」
神官には申し訳ないが、早々に墓地へ戻ってもらう。
眷属は墓地にいても効果発動できるのが売りだからな。
そして魔法効果が適用され、強欲を体現したようなゴーレムへと降り注いだ。
強烈な雷を浴びて、ゴーレムは消し炭と化し退場する。
「ふむ。いきなりモンスターを2体も破壊されてしまったか」
「白々しい。本命でもなんでも無いから落ち着いてるじゃねーか」
「それは、君も似たようなものだろう?」
「演劇勝負ってのも悪くないよなぁ政帝?」
「なら仮面のセンスは僕の勝ちだね」
「やっぱり俺、美術の成績1っぽいわ」
お互いに強がり合っている……とでもあっちは思っているんだろう。
実際は俺による精神面でのワンサイドゲームだ。
未知を恐れるのは向こうだけ。相手を知っているのは俺だけ。
この条件下を知った上で勝負をする物好きは、そういないだろう。
だから俺は黙っているし、タネ明かしなんて退屈な事はしてやらない。
「俺はこれでターンエンド」
ツルギ:ライフ6 手札3枚
場:〈オニキスの魔竜〉〈オブシディアン・アンノウン〉
もう攻撃可能なターンだが、俺はアタックフェイズを行わずにターンを終える。
それが予想外だったのか、政誠司は興味深そうにこちらを見てきた。
「攻撃をしないのだね。パワー負けを恐れたのかな?」
「まさか。迂闊に攻撃をするような場面でもない。それに下手に攻撃したら使われるかもしれないだろ?」
「……何をだい?」
「〈プライド・デーモン〉……ターンの残りを飛ばされるのは怖いからなぁ」
まぁ実際はアイツの墓地に《罪臣》のモンスターが3種類無いから、仮に手札にあっても使えないんだけどな。
それでもエース級のカードについて触れられたら、流石に少しは苛つくだろう。
「臆病か戦略か、判断しかねてしまう」
「さぁて、どっちだろうな?」
なんて言ってみるけど、正直に言ってしまえば〈プライド・デーモン〉関係なく、今は攻撃を仕掛けるメリットが薄い。
特に〈オニキスの魔竜〉を下手に行動させて除去されても旨味が少ないからな。
除去を許す場面というのは、それにメリットがある場面か、それしか選択肢がない場面に限る。
「ほら、次はアンタのターンだぞ……早く〈ザ・マスターカオス〉の下にカードを仕込みたいだろ?」
「天川、ツルギ……やはり、何か知っているな?」
あぁ知ってるよ、全部な。
だから早くやれよ、〈ザ・マスターカオス〉の下に7種の《罪臣》モンスターを置くんだ。
お前の本当の切り札を待ってやる……政誠司という男が持つ自信の根源を倒して、再起不能にしてやるよ。
(というか……出してもらった方が倒せそうってだけなんだけど)
さぁ、ファイトを続けろ。
得体の知れない相手と戦う恐怖を育てながら、自分の優位性を錯覚し、盲信し続けろ。
その全てを打ち砕く準備を、俺は整えてきた。




