第二百六話:ゼウスとツルギ
アニメでは何度もその姿を見せてきたが、終ぞ具体的な正体や目的は分からなかったキャラクター。
モンスター・サモナーの支配者。
UFコーポレーションのトップ、ゼウスとまた会う事になるとは思わなかった。
「JMSでは良いファイトを見させてもらったよ」
「それはどうも。今日はスカウトのお仕事ですか?」
「そうだね。今日はそういう体で来ているよ」
わざわざ体とまで言ってしまうのか。
確かに普通に考えれば、大企業のCEOが自ら学生をヘッドハンティングしに来るなんて妙な話だもんな。
なら何故この男は、今パークに来ているのか。
理由はふんわりと想像できるが、絶対に断定はできない。
(どこにでも現れる。突然事態に介入してくる。そういう性質を知っているからこそ、厄介極まりない相手)
藍達に力を貸す事もあれば、敵側に力を貸す事もある。
アニメの中では曖昧ながら政誠司に助力しているような描写はあったけど、ハッキリと敵側に力を貸す描写があったのは二年生編。
むしろ一年生編では藍に助言をするシーンがあった。
だからと言って、ゼウスを善側の存在とは呼べない。
(ゼウスは善でも悪でもある。力を持ったどっちつかずなんて、一番面倒な属性)
だから警戒して距離を保つ。
特に今は、下手にこの男を信用できない。
「善でも悪でもない。だが今はミスターセイジに手を貸しているかもしれない」
「っ!?」
「全てを見透かされたのは何故か? 君の思考を読むくらい、私には容易い事だよ」
そういう男だと分かっていても、実際に考えを読まれてしまうのは心臓に悪い。
こういう不気味なところが怖くて信用できないんだ。
「そうだろう。天の果ては人の身で観測できないのと同じように、君にとって私は信用できない存在だ」
「……なんで今、俺に話しかけてきたんだ?」
「必要がある。私がそう判断した」
そう言うとゼウスは一度だけ指をパチンと鳴らすと、俺の方へと歩みよってくる。
逃げるという選択肢は浮かんでいたが、まだ相手の動きが読みきれない。
ただいつでも逃げ出せるように、警戒はそのままにする。
「ミスターツルギ。君から見てミスターセイジはどのような人間かな?」
「政誠司がどんなって」
「想像以上の邪悪。観測外の所業。そしてイレギュラー。君は随分と色々経験してきたはずだ」
不思議で不気味で底が見えない。
まるでゼウスは俺の周囲で起きた出来事を全て知っているように語りかけてくる。
アニメで知っていた以上に邪悪な側面。
ギョウブや伊賀崎さんといった、俺も知らなかった事件の存在。
それらに関連する化神というイレギュラー。
「政誠司は、倒すべき相手」
「それは、誰が倒す予定なのかな?」
誰が倒すのか。一応アニメ通りなら藍が倒す事になる。
俺は保険のような準備はしてきたけど、本来ならそうなる予定だ。
だから藍の名前を出すべき場面……そのはずだったのに、俺は上手く答える事ができない。
「誰が倒すのか、ではないか。君が倒すのか否かだな」
ゼウスにそう言われて奥歯を噛み締めてしまう。
藍よりも先に、俺が政誠司を討ちにいくという選択。
確かに俺なら勝てる。政誠司と直接戦う理由もあるし、その為にデッキも準備した。
だけどいざ言葉にされてしまうと、自分は保険の域を出て良いのか疑問は残ってしまう。
「ミスターツルギ。君は物語というもについて考えた事はあるか?」
突然、ゼウスは奇妙な問いかけをしてきた。
「物語。ムービーやコミック、ノベルのようなフィクションもあれば、リアルを生きる我々のような存在が紡ぐものもある」
「なにを言いたいんですか」
「君は今この世界に於いて、観測者なのか? それともこの世界を生きる登場人物なのか?」
観測者かキャラクターか。
確かに俺は前の世界では、アニメの世界を観測する存在だったのかもしれない。
だけど今は……この世界で生きている。
「では、ミスターに1つ私からプレゼントをしよう」
そう言うとゼウスは、スーツジャケットの内側から1冊の漫画を取り出した。
表紙を見ればわかる。日本人なら誰でも知っている有名な漫画だ。
「良いかねミスター。物語とは観測するだけなら一定の流れを保つ。しかし観測者の目を持っていれば、分岐を作る事は容易だ」
するとゼウスは突然ペンを取り出し、手に持った漫画本のページに落書きをし始めた。
「優れた物語を観測した者は、少なからず新たな分岐を想像する。分岐が起きれば物語は増え、新たな展開が生まれる」
ゼウスは漫画本のページを数枚、乱雑に破り捨てる。
観測、物語……まるで俺が異世界から転移してきた事を知っているかのように、ゼウスは話を続けてきた。
「分岐はイレギュラーを生み、バグは新たな展開をもたらす。だが忘れてはいけない。物語を紡ぐの、その世界を生きる登場人物だ」
手に持ったペンで何かを書いている。
俺はゼウスが何を企んでいるのかが分からず、ただ警戒しながら話を聞く事しかできない。
「しかし普通に生きている存在は観測者の目を持つ事など決してできない。そのような目、本来ならノイズにしかならないからね」
ノイズ……確かに未来を知るデメリットなんて、数多の創作物で語られてきた話ではある。
既に流れが変化している中で、それを元に寄せようとする考え方もノイズと言えるのだろうか。
「改めて聞こうミスターツルギ……君は観測者か、登場人物か?」
問いかけに対する答えは、すぐに出てこない。
自分がどの立ち位置なのか、今すぐには断言できない。
だがそれでも十分なのか、ゼウスは口元に小さな笑みを浮かべると、手にしていた漫画本を自分の頭程の高さに持ち上げた。
「ミスターツルギ。この本をキャッチしなさい」
そう言うとゼウスは漫画本を、上から下に落としてきた。
俺が落書きだらけの漫画本を片手でキャッチすると、それを見届けたゼウスは満足そうに背を向けてくる。
「そのコミックを大事に持っておくと良い。私からのヒントだ」
ヒントという言葉の意味は分からない。
だが俺はいても立ってもいられず、ゼウスの背に向けて問いかけてしまった。
「アンタ、結局何者なんだ?」
「ヒントは渡した。君ならその内辿り着くはずだよ」
答えになっていない答えを言い残すと、ゼウスはどこかへと去って行ってしまった。
そしてゼウスの姿が見えなくなった途端、デッキの中からカーバンクルが姿を現した。
「キュプ? ツルギ、戻らないっプイ?」
「あっ! つい話込んじまった」
「プイ? 話し込むって、誰もいないっプイ」
焦る俺を訝しむように、カーバンクルが頭上から語りかけてくる。
「誰もいないって、さっきまでゼウスCEOがいたんだけど」
「誰の気配もなかったっプイ」
カーバンクルが気配すら感じていなかった?
いや、そもそもゼウス話している最中にカーバンクルが起きてこなかったぞ。
奇妙な現象が起きている。だけどとりあえず、今はソラの元へと戻ろう。
「悪い、遅くなった」
俺はまだ冷たいお茶を2本手に持ちながら、ソラの元へと戻ってきた。
だけどソラは全然待っていなかったような、むしろ先程までと同じように疲れたままのような。
「全然遅くなんてないですよ。3分くらいしか経ってませんよ」
「えっ、3分?」
「あっ、お茶ありがとうございます」
ソラにお茶を手渡すが、俺はどうにも心がザワザワしていた。
召喚器で時間を確認してみると、確かにそれくらいしか時間が経過していない。
だけど俺の体感時間では、ゼウスとの話はもっと時間がかかっていたはずだ。
「はふ〜、冷たさが沁みます」
手に持ったペットボトルのお茶は、冷たいままだった。
自販機で購入してから、大して時間が経っていないように。
俺は蓋を開けて、ペットボトルに入ったお茶を一口飲んでみる。
やっぱりちゃんと冷たい。
(デウスエクスマキナ。ゼウスの自称だけど……これじゃあまるで)
時間は平凡に経過していく。
不気味な感じは残ってしまうが、ランキング戦はまだ続くのだった。




