第百八十七話:ただの日常/闇の真実
二学期が始まってそれなりに時間も経過した。
今や九月も下旬。結局のところ伊賀崎さんに関しては何も変なところはない。
無事に杞憂で済んだのだろうと、俺としては断言してしまいたい気分だ。
(ただ、黒崎先輩が少し時間が欲しいって言ってきたのは気になるな)
牙丸先輩に関しては、伊賀崎さんの周りの調査は終わってしまったらしい。
結局、あれ以降なにか目ぼしい新情報は出てこなかった。
まぁ入退院を繰り返していたって聞くし、そんなもんかなとは思う。
(そうなると気になる点は二つ)
一つは、何故政帝は伊賀崎さんを編入させてきたのか。
あれから音無先輩が編入試験のデータを(限りなく黒い方法で)調べてくれたんだけど、やっぱり誰かが介入したと思われる痕跡があった。
特にファイトログに関しては俺も一緒に確認したけど、試験官のプレイングに違和感があった。
(妙な箇所で発生していた試験管のプレイミス。しかも何故か外部から試験官をよんで行っている)
一応聖徳寺学園は通常の入学試験でも、実技試験は外部から呼んだ助っ人が受験生の相手をする事がある。そもそも受験生の数が多いから、人手が足りないんだ。
だけどコレは編入試験。人手不足が発生するはずのない試験で、外部から試験官を呼ぶ理由がない。
(そしてもう一つの件。黒崎先輩が待てと言ってきたやつだ)
それはついこの前の出来事だった。
牙丸先輩の最終報告を聞いた直後、黒崎先輩が「少し時間をくれ」と言ってきたんだ。
なにかあるのかと思って俺と牙丸先輩で聞いたものの……黒崎先輩は「オレ自身、まだ何が起きたのか分からないんだ。だが、なにか異様な胸騒ぎがする」としか答えてくれなかった。
(黒崎先輩は所謂暗部のような事をしている。その人が胸騒ぎって言うとなると……流石に気にした方がいいよな)
とはいえ今のところ何も無いから、全部政帝のブラフだったんじゃないかと思い込みたいレベルだ。
当の伊賀崎さんは普通にソラや藍と仲良くしているし。
一応化神は見えるらしいけど、現状それだけだからな。
(特別であっても、特別な事は起きてない)
我ながらよく分からない言葉になっている。
黒崎先輩の懸念が何もなければ、無事に終わるんだけどな。
そう考えながら学食で昼食をとっていると、向かい側の席に財前がやってきた。
「前、邪魔するぞ」
「もうお邪魔されてる。まぁいいけど」
前回は確か化神について聞いてきた時か。
そういえばあの後、財前の化神ってどうなんだろう。
学園の外ならカーバンクルに聞けるんだけど、今月に入ってから化神の皆様は全員不調だからな。
「で、今回はなんだ? カーバンクルなら今日はまだカードの中だけど」
「いや、化神の話ではなくてだな……」
なんか分かりやすく葛藤してるな。見てて面白い顔してるぞ。
つーか化神関係じゃないってなんの話だよ。流れ的にファイトの申し込みじゃないだろうし。
「天川……相談があるんだが」
おっと怖いこと言い出したぞ。
財前が俺に相談って何事?
思わず天津飯を食べるスプーンが止まってしまうぞ。
「そのだな、キミは女子と距離を縮めたい時にどうしたんだ? あと告白する時の様子もあるとありがたい」
いきなり何を言い出すんだコイツは。
危うくスプーン落としそうになったぞ。
「財前……どう考えても相談相手を間違えてるぞ」
「そんな筈はないだろう。キミは彼女持ちじゃないのか?」
「逆に聞くけど俺に彼女がいるように見えたのか? 本当に見えたのか!?」
年齢イコール彼女いない歴(前の世界分も含む)を甘く見るなよ。
あっ、何故だろう涙が出てきた。
「天川……キミは赤翼か宮田と付き合っているんじゃないのか?」
「何をどう解釈したらそうなるんだよ!? 発想にロケットブースターでも取り付けたのか!?」
「まさか。どちらと付き合っているのか賭けの対象になっているくらいだぞ」
なにそれ初めて聞いた。
俺がソラかアイと付き合っていると解釈された上に、どっちが正解なのかで賭けが始まってるの?
つーか誰だよ元締めは。
「まさかとは思うが、本当に……」
「彼女いた歴ゼロ年。女の子と距離を縮めるテクニックのデッキはまだゼロ枚。デビュー戦すらない雑魚だよ!」
「それは……申し訳なかったな」
謝らないでくれ、俺の心に深い傷がつく。
「つーか、そんな相談をしてくるって事は……伊賀崎さんだな?」
「なっ!? 僕は誰かの名前すら出してないだろ!」
「どっからどう見ても距離が急接近してたのに、そりゃあ無理があるだろ。賭けの対象にすらならねーぞ」
俺がそう言うと財前は顔を真っ赤にしながら、眉間を指で押えていた。
図星か。予想通り過ぎて面白くもない。
「俺なんかよりも相談するなら最適の相手がいるだろ」
「最適の相手?」
「【暴帝】こと牙丸先輩」
「逆に聞くけどキミは本当にあの人相手に異性関係の相談をして大丈夫だと思うかい?」
それは……その通りだな。
「やめておこうか。他の人を探そう」
「僕も同感だ。誰か良さそうな相手がいたら教えてくれたまえ」
「見つけたらそうするよ」
牙丸先輩は大真面目に変な知恵を伝授してきそうだし、財前は大真面目にそれを実行してしまいそうだ。
その後の展開は……考えない方がいい気がする。
しっかし財前にそんな春が来るとはな……人生って何があるか分からないもんだな。
(だけど……伊賀崎さんか)
ほんの僅かな引っかかりを感じながらも、昼休みは過ぎていくのだった。
◆
小太郎が食堂でツルギに相談をしていた頃。
屋上ではソラと愛梨、そして藍がヒトハが昼食を楽しんでいた。
本日のお誘いは珍しくヒトハから。
というのも昼休みになるや、ヒトハはソラと愛梨に相談があると言ってきたのだ。
そして現在、どうなっているのかというと……
「えっとね……二人は好きな人ができた時って、どんな感じだったの?」
ヒトハの発言に、ソラは完全にフリーズ、愛梨は口元に笑みを浮かべて、藍はやきそばパンを頬張っていた。
好きな人という単語。恋バナは女子高生の華と言う者達もいるが、少なくともまともな答えを出せる者はここにはいなかった。
「ヒトハ、貴女気になる男子でもできたの?」
「う、うん」
「なるほど、それで私たちに相談したいと言ったのね」
「ままままま待ってくださいヒトハちゃん! なんで私まで恋愛相談に呼ばれたんですか!? 私そういう経験ないですよ!」
「まぁかく言う私も元アイドルという都合、あまり具体的なアドバイスはできなさそうね」
至って冷静な愛梨に対して、ソラはひたすらアタフタとしている。
愛梨の言葉にはある程度納得するも、ヒトハはソラの反応に関してはキョトンと首を傾げていた。
ちなみに藍はやきそばパンで頬を膨らませていた。
「えっと……ソラちゃんか愛梨ちゃんって、彼氏持ちじゃないの?」
「ぜぜぜぜぜ全然ですよ!? 男の子とお付き合いなんてした事ないですよ!?」
「ヒトハ、貴女その反応だとなにか勘違いしてるわね?」
バタバタと手を動かしながらも顔を真っ赤にするソラ。
そして愛梨は少し呆れたような表情で、ヒトハに問いかけていた。
「あのぉ、二人のどっちかが付き合ってるんじゃないの? 天川くんと」
「「ブフォッッッ!?」」
お相手としてツルギの名前が出てきた瞬間、ソラと愛梨は同時に吹き出した。
勿論、動揺したからである。
「そ、そう。私がツルギとそういう関係だと勘違いしたのね」
「いやいやいや、確かに私もツルギくんとは色々ありましたし、嫌いなんて事は絶対にないですけど、まだそういうお付き合いは……」
「そうだったんだ……まだ?」
声色でも表情でも満更ではない様子の愛梨。
そして分かりやすく動揺しつつも、まだ付き合ってはいないと言うソラ。
二人とツルギの関係が気になったヒトハだったが、ここで変な踏み込みをすると取り返しがつかなくなると、本能で理解できた。
「えっと、それじゃあ……二人が天川くんとあったエピソードとかないかな? もしかしたら何か参考になるかもしれないし」
「ツルギくんとのエピソード、ですか?」
「そうねぇ、じゃあ最初は私が」
そして愛梨が先陣を切って語り始める。
「ツルギとは夜の海辺で手繋ぎデートをした仲よ。彼ったら人のいない岩場まで私を連れていくんだから」
「えっ、なにそれ!? 天川くんって結構大胆!?」
「へぇ〜、私もその話聞きたいですね〜」
張り付いた笑顔だが、ソラの背後には何か凄まじい圧が解き放たれていた。
ちなみに愛梨が言っているエピソードは、隠神島の研究施設を訪れた時の話である。
描写の省略は愛梨の意図によるもの。
「はい。じゃあ次は私ですね」
「愛梨ちゃんの話もすごかったけど、ソラちゃんも何かエピソードが……なんか修羅が浮かんでる気がするけど」
「気のせいですよ。それじゃあ私とツルギくんの出会いについてなんですが」
そして語られるソラのエピソード(最高火力で脚色あり)。
「デッキを失った私に、ツルギくんがデッキを渡してくれたんです」
「…………え?」
「今私が使っているデッキは半分くらいツルギくんから貰ったカードでできています。つまり私は半分くらいツルギくんで構成されているようなものです」
「それ、もう、婚約とかそういうのじゃないの?」
想像以上に強烈なエピソードが飛んできたので、流石にヒトハは困惑する。
同時に、ヒトハの中にある天川ツルギという男に対する評価が「気軽に女の子の脳を焼き払うヤベーやつ」へと変化した。
「えっ、天川くんってクラスメイトの女子にデッキあげるような人なの!?」
「流石に私が出会った頃にはそういう事はしてない筈だけれど……ツルギならやっても不思議ではないわね」
「天川くんってハーレム王にでもなるつもりなのかな?」
「前に似たような事を聞いたら、ツルギくんに『ハーレムものは趣味じゃない!』って返されました」
少なくとも二股の類は起きてないと理解したヒトハは、とりあえず安心する。
しかし参考にできそうな恋愛エピソードが出てこなかったので、ヒトハは少し困っていた。
ちなみに藍は恋バナがよくわからないので、後ろでコロッケパンを頬張っている。
「ところでヒトハ。貴女の心を射止めた男って誰なのよ」
「ヒトハちゃんが転校してきてから、一番交流していそうな男子って……」
ソラと一緒に愛梨もクラスでの様子を思い出す。
そして同時に一人の男子生徒が浮かび上がるが、揃って「まさか」と思っていた。
「えっとね、その……小太郎くん」
まさかが正解として出てきた瞬間、ソラと愛梨は揃ってフリーズした。
ヒトハの出した名前が理解できるまで少し時間がかかってしまったのだ。
「えっ、あの、ヒトハちゃんが言っている人って、もしかして隣の席です?」
「うん。小太郎くん」
「そうなの……世界って広いのね」
流石に財前小太郎の名前が出てきてしまうと、ソラと愛梨は困惑の表情を浮かべてしまう。
だが他の女子生徒や男子生徒に相談していても、似たような反応が返ってきただろう。
何故なら学内での小太郎の評価は、大半が「天川ツルギに連敗し続けている懲りないやつ」なのである。
「でもなんで財前なのよ」
「えっとね……色々あったんだけど、やっぱり一番はワタシのワガママに付き合ってくれた事かな〜って」
自分の秘密に関わる箇所は語らないヒトハ。
しかし小太郎について語るヒトハの様子から、彼女が本当に恋をしているのだと理解するのは容易であった。
「仕方ないわね。経験がないなりに、協力はするわよ」
「私もです。役に立てるかは怪しいですけど」
友達の恋路を純粋に応援しようとする二人。
その姿を見て、ヒトハは素直に「ありがとう」と感謝を伝えるのだった。
ちなみに後ろで藍はパンを喉に詰まらせたので、ミルクティーをガブ飲みしていた。
ただ幸せな、なんの変哲もない日常は静かに過ぎていく。
だからこそ、誰も想像できない。
同時刻、黒崎勇吾は一つの真実に辿り着いていた事に。
伊賀崎ヒトハという人間が既に死亡しているという真実に辿り着いたなどと、誰も想像できなかった。




