第百八十二話:後天性適合者
財団。
突然、黒崎先輩の口から聞き慣れない単語が出てきた。
記憶を手繰って『財団』というキーワードを探してみるが、アニメの中にもそれらしき組織はなかったぞ。
「『財団』は政帝のスポンサーでもある可能性が高く、少なくとも伊賀崎ヒトハの転院には関わっているだろう」
と、先輩が説明をしてくれているけれど……少なくとも俺は知らないな。
けれど政帝とも関わっていると言うことは、少なくとも善側の組織ではないだろうな。
「カーバンクル、聞き覚えあるか?」
「それっぽい組織なんて知らないっプイ」
ソラと藍、そしてブイドラも同様の反応だ。
「それで、その『財団』ってのはなんですか?」
「簡単に言えば絵に描いたようなフィクサー。裏世界を牛耳っている連中だ。政帝やウイルスカードに出資をしていても不思議ではない言えば、まともな連中じゃない事はわかるだろう?」
それは当然。
ただそうなると、さっき俺達にした質問は結局なんだったのかって話になるのですが。
「『財団』の出資対象は多岐に渡る。その中には化神の兵器転用に関する研究も含まれている」
化神を認知してるのかよ、しかも兵器転用って。
化神の研究なら三神博士やソラの親父さんもしていたって聞くけど……兵器転用は流石に穏やかじゃないな。
「化神。そして化神とパートナーになった人間。この二つを活用して紛争地帯で戦うサモンファイターを量産する研究があったんだ」
ごめんなさい黒崎先輩。
めちゃくちゃシリアスな雰囲気なんで心の中でだけ突っ込ませてください。
紛争地帯で戦うサモンファイターってなんだよ。
戦争もサモンファイトで決着つけるのは流石に正気を疑うぞ。
「だが化神とパートナーになれる人間は限られている。それはお前たちにも十分に理解できているはずだ」
それは勿論。俺だけじゃなくてソラと藍も頷いている。
だけどここまで話を聞かされると、なんとなく予想はできる。
とても嫌な予想だけど。
「化神適性を持つ人間には二種類存在する……先天性適合者と、後天性適合者だ」
先天性と後天性。
つまり後付けで化神への適性を与える手段が存在するという事か。
「つまり先輩の言う『財団』って奴らには、意図的に化神適合者を生み出す技術があるって事ですか?」
「残念ながらな」
そう言ってコーラを飲み干す先輩。
だけど考えてみれば、ウイルスカードの製造に加担するような連中ならありえなくも無いか。
「あのぉ、後天性だとなにか問題があるんですか?」
恐る恐る質問をするソラ。
確かにわざわざ分けるとなると、何かがあるようにも思える。
だけど黒崎先輩の答えは、首を横に振ることだった。
「問題は無い。後先関係なく、重要なのは適合者が否かの問題でだけだからな」
ただし……と黒崎先輩は続ける。
「後天性という事は、誰かの手によって後付けで適合処置を受けたという事になる。もしもお前達の家族が『財団』について何か知っているなら、オレはそれを知りたい」
後付けの適合処置。
俺の頭に浮かび上がったのは、やはり隠神島で見かけたレポート。
あのレポートには藍が被験者として名前を記されていた。
それが化神適合の処置であれば……色々と説明がついてしまう。
「う〜ん、アタシの家って普通だからな〜。でもお母さんに聞いてみます」
「私もお母さんに聞いてみます。とは言ってもお父さんと違って普通の人なんですけど」
「俺は……間違いなく何も出てこないと思います」
異世界転移はしていても一般家庭なんですよ。
しかもアニメで描かれていない箇所までは把握なんて不可能なんです。
絶対に聞いても何も出てこないよ。そう考えると俺ってなんで今日呼ばれたんだろう?
「何かあればで良い。オレはオレの仕事をするだけだからな」
「一応言っておきますけど、死ぬのだけは止めてくださいね」
色々動いてくれるのはありがたいけど、黒崎先輩はアニメだと途中から急にいなくなったから怖いんだよ。
これで「実は悪い財団に近づきすぎて始末されてました」なんて展開になったら後味が悪すぎる。
マジで命は大事にしてくださいね。あと表舞台にちゃんと出てきてください。『空気帝』の異名を払拭してくれ。
「命か……善処はするが保証はできない」
「善処じゃなくて確約でお願いします」
「天川、お前は他人にそれを言えるような性格じゃないだろう?」
痛いところ突かれるなぁ。さては牙丸先輩から何か聞いたな。
でもウチの同盟(仮名)のメンバーってほぼそういう人物しかいないだろ。
……これ以上はやめておこう。ブーメランが天を埋め尽くす事になる。
「にしても、悪い組織が化神を利用なんてしたら。それこそ人間を襲わせるとかやってきそうだな」
実際、事故のような形とはいえギョウブの件もあった。
ウイルスの材料にするように、もっと意図的に悪用しようとする人間が現れても不思議ではない。
「なぁーカーバンクル。最初から人間に害をなす化神って存在するのか?」
ふと思った疑問を、頭上の相棒に聞いてみる。
よく思い返してみれば、カーバンクルを筆頭に俺が出会ってきた化神は皆、人間と友好的な存在ばかりだった。
ギョウブは人間に対して攻撃的だったけど、あれはウイルスによる影響だったし。
純然たる敵意を持つ化神って見たことがないんだよな。
「キュップ〜、存在しないなんて事はないっプイ。化神の性格なんて人間と同じで千差万別。中にはウイルスみたいな要因とは関係なく、人間に害をなそうとする化神が存在しても不思議じゃあないっプイ」
良くも悪くも人間と同じってわけか。いや、知的生命体そのものが抱える因果の類ってだけかもしれない。
だけど、もしも最初から人間に害をなす気でいる化神に出会ったら……俺はちゃんと戦えるのだろうか。
なにより、カーバンクル達が戦えるのかが心配だ。
「キュップイ……これはもしも。本当にもしもという前提の話っプイ」
「カーバンクル?」
「ボク達化神や、化神と友になろうとした人の子達の想い。そして交わされた誓約を踏み躙ってまで、愛し子に害をなす気でいる愚か者がいたとあれば……データダストの一片も残さず消し去る。それが道理かや」
カーバンクル……お前そんな喋り方できたんだな。
あと難しい言い回ししてたけど、要するにそんな化神がいたら責任を持って殺すという事ね。理解しました。
「ねぇねぇツルギくん。カーバンクル何て言ってたの?」
「オイラも全く分からなかったブイ」
「悪い化神が人間に悪い事をしたら責任を持って始末します。だってさ」
藍とブイドラにはカーバンクルの言い回しが理解できなかったらしい。
俺がわかりやすく翻訳すると、ようやく理解したのか二人揃って少し引いていた。
でもそれがいい。それくらい平和思想のままで突き抜けられるなら、それが一番良いんだ。
「じゃあ、オレ達は仕事に戻らせてもらう。何かあれば連絡をしてくれ」
そう言って黒崎先輩は、俺達の分の伝票も持って席を立つ。
だけどテーブルから離れようとした瞬間、先輩は振り返って藍の方を見た。
「……武井。母親とは仲良くやれているか?」
「へ? アタシお母さんとは仲良いですけど」
「そうか。それなら良かった」
本当に微かであったが、藍の返答を聞いた先輩は安心したような様子で、優し気な笑みを浮かべていた。
あの島に行ったのかは分からないけど、恐らく先輩は藍の事を知ったのかもしれない。
となれば俺も一つだけ聞いておかなくてはいけない。
「先輩。最後に一つだけ……先輩は後か先か、どっちなんですか?」
「……オレは、後天性だ」
それだけ言い残して、先輩は会計へと向かってしまった。
俺はその背中を見て、一つの可能性に辿り着く。
今日この場に集められたメンバーは、確証はないのかもしれないけれど……
(後天性の適合者の可能性がある者)
それが黒崎先輩の意図だったのかもしれない。
そして黒崎先輩は俺達が本当に敵では無いという確証が欲しかったのかもしれない。
もしもそれが正解だったら……俺達はいつ、どのタイミングで適合者になったのだろうか。
解決すべき問題は色々残っている。できる箇所から片付けていこう。
自分の事は……その後だ。




