第百六十四話:ある視点から見た物語
聖徳寺学園は『モンスター・サモナー』専門の名門校。
故に生徒は全国から集まり、必然的に強者が鎬を削り合う場となる。
だがここは世界の上澄みと呼ばれる一つ。いくら入学できたとしても、いくら入学前に強者の名を欲しいがままにしていたとしても。
ここで送る学園生活で知る事実はただ一つ、上には上がいるという事だ。
ある男子生徒の例を見てみよう。
彼はサモンの強豪とも呼ばれる名門私立中学を卒業した、名実共に実力者であった。
実家は裕福であり教育熱心。
幼い頃から専属のコーチから指導を受けて、カードゲーム至上主義の時代において確かなエリートコースを歩んでいた。
周囲の誰もが彼の栄光を疑わなかった……しかし聖徳寺学園への入学後、彼は凄まじい現実を目の当たりにしてしまう。
配属されたクラスは1年A組。
高等部から入学した者の中で成績優秀な生徒が集まるクラスの中に、異質な存在が数人いた。
彼らの出身中学は決してサモンの強豪校などではない。
一応昨年のJMSカップを優勝していたチームのメンバーだったが、直接戦った事のない者には異様な存在にしか見えなかった。
なんて事はない、ただ少し実力のある一般人が来ただけだ。
そんな軽い思いが消し炭にされたのは、5月の合宿であった。
高難易度の第一の試練。彼が苦戦して再挑戦をしている中、難なくクリアしていたのは……あの一般人の集団であった。
こんなところで遅れをとっている訳にはいかない。
そう意気込んで第二の試練に挑んだ彼は、さらに精神を抉られる。
必死にポイントを稼ごうとするが、負けて全てを奪われて。
再びポイントを稼いでも目標には届いておらず、屈辱感に苛みながら野宿を選ぶ。
だがここでも彼らは……天川ツルギとその仲間達は余裕であった。
苦しい試練にも関わらず、彼らは楽しげに料理をして談笑をしている。
何かがひび割れるような気がした。
それでも必死に勝ち進んでポイントを貯めて、ついに彼は集合場所へと戻ってきた。
だがそこに待っていたのは、既にポイントを過剰に稼いだ後であり、試練終了の時間を穏やかに待っていた天川ツルギ達であった。
なにも苦しみなど無かった。
あの男達の様子には、なに一つ苦しみなどなかった。
だが第三の試練が、彼にとって希望の光を見せてくれた。
勝敗による順位の入れ替え。
これなら天川ツルギ達を倒し、自分が一位通過で試練を終わらせる事も可能だと……そう考えて挑んだ。
しかし結果はもはや明記に値せず。
「〈カーバンクル・ドラゴン〉の【無限槍】発動! 終わりだァ!」
圧倒的な実力を前にして敗北。
そのまま天川ツルギというクラスメイトは、一位で試練を終えてしまった。
完全なる敗北を知って戸惑う彼だったが、直後に追い討ちをかけるような光景を目にしてしまう。
「戦うべき相手の下につく気は全くない」
聖徳寺学園の頂点。
六帝評議会序列第一位の政誠司からの誘いを、天川ツルギは呆気なく蹴ってしまったのだ。
政帝からの誘い。ましてや評議会補佐に入れば今後の学園生活も安泰なのは火を見るよりも明らか。
普通の生徒ならば喉から手が出るほど欲しい役職であり、当然彼も欲する側であった。
それの誘いを目の前で破り捨てて、天川ツルギという男は蹴ったのだ。
紙が破れる音と共に、彼は自分の中にあるプライドが傷つくような気がした。
欲しくても手に入らないソレを、目の前で捨てられた事で産まれたドス黒い感情。
そんな傷を負う瞬間は、合宿が終わった後にも発生した。
例えば休み時間にあった何気ない会話だ。
「そういえば合宿の時にソラちゃんが言ってたんだけどさー」
クラスメイトの女子であり、ツルギと交友の深い武井藍だった。
たまたま近くの席で駄弁っていた彼女の発言には、想像を絶する内容が含まれていたのである。
「ツルギくんって初めて召喚器使ったの中二の時ってホント?」
「あぁそれ本当。だから初ファイトが全校生徒の前でチュートリアルモードだぞ」
「なにそれ、面白い」
軽く笑う藍に対して「今となっては笑い話だよな」と呑気に返しているツルギ。
だがその会話が聞こえた彼は、内心穏やかではいられなかった。
今の時代に召喚器を触らずに小学校を卒業する方が難しい。
何より召喚器が無ければサモンを学ぶ事も難しい。
つまり天川ツルギという男の話が本当であれば、彼はサモンを初めて2〜3年で今の地位に上り詰めたことになる。
(なんで)
頭に浮かぶ言葉はそれだけ。
幼少期から必死に学び努力をしてきた彼だったが、それを容易く追い抜いていったのは、得体の知れない初心者。
長い時間をかけて身につけた実力は、天川ツルギという存在を前にしては意味を失ってしまった。
両親の期待に応えようと全てを捨ててきた日々は、たった一人の存在で揺らいでしまう。
何故、彼は自分より上にいるんだ。
何故、彼の周りには人が集まっているんだ。
何故、彼は自分にないものを持っているんだ。
何故……自分は否定されているんだ。
動揺は嫉妬となり、憎悪となる。
(勝たなければ……勝たないと全て失う)
そして彼はカードを集め始める。
次は必ず勝つ。次は負けない。次は……否定し返す。
黒い感情が渦巻く中でデッキを組み、期末試験に挑む。
実技試験でのファイトは、運良く第一戦で天川ツルギと当たった。
「「サモンファイト! レディー、ゴー!」」
これで全てを元に戻す。
だがその思いは呆気なく砕けてしまった。
「〈エクスプロージョンフィナーレ〉発動! 相手に5点のダメージを与える」
「うわぁぁぁ!?」
ツルギの先攻2ターン目。それで容易く決着がついてしまった。
もちろん勝者はツルギである。
彼は必死に組んだデッキは全く歯が立たず、新たに購入したSRのカードは何も意味を成さなかった。
そんな失意の中でまともにファイトをする事などできず。
彼は満身創痍とも呼べる程には、ボロボロの試験結果を見せてしまった。
もはや自分という人間の背景を失い始めていた彼だったが……教室に戻ろうとした瞬間、その会話が聞こえてしまった。
「そういえばツルギ、今日は少しデッキを変えたのかしら?」
「あっ、流石にアイは気づいた? 実は今回の期末試験……レア以下だけで組んだデッキを使ったんだ」
レア以下限定。切り札であるSRのカードを1枚も使わないデッキで、ツルギは戦っていたのだ。
ツルギ曰く「同じクラスの奴としかファイトしないなら、身内メタって簡単に想像できるだろ? だったらいっそ思い切って変なデッキを組んで、身内メタを全部潰してやろうって作戦。特にSRとか目立つから真っ先に対策されそうだったし」とのこと。
全ては期末試験のためにツルギが考えた戦略の一つであった。
しかしそんな詳細が彼の耳に入る事はなく。
最後の一本で繋がっていた心は途切れ、彼のメンタルは音を立てて崩れてしまった。
心は折れ、視界から未来は失われてしまう。
そして……夏休みに入って数日後。
聖徳寺学園には彼のものを含む、いくつかの退学届が提出されたのであった。
彼のその後の物語は……ただ闇に堕ちるだけ。
悪意が差し伸ばした手を見れば、躊躇う事なく掴む始末であった。




