第百五十四話:玉座の過程
暴走寸前の音無先輩を牙丸先輩に押し付けて、俺達は赤土町の中を歩いていた。
何も言わない黒崎先輩の背を見ながら、とりあえず着いていく。
(軽い気持ちで来たけど……全く喋らないな)
アニメでの掘り下げが少ないキャラだったし、話を聞くのはワクワクしていたけど……ここまで発言ゼロだ。
こっちを振り向くこともないし、何が目的なのかも分からない。
玉座を狙うならとか、学園に居続けるなら知っておいた方が良いとか言っていたけど。
「こっちだ」
そう言ってビルに入っていく先輩。
この世界では珍しくもないカードショップが集まったビルだ。
黒崎先輩の後に続いてエレベーターに乗り、最上階まで移動する。
(フリーファイトコーナー……?)
ビル内のテナント情報は全く見ていなかったが、どうやらココは最上階が丸々フリーファイトコーナーらしい。
前の世界と違って召喚器を使う前提だから、テーブルも何もないだだっ広い空間に、ジュースの自販機があるだけとなっている。
夏休みシーズンの割に人は全くいないけど……もしかして黒崎先輩とファイトする流れか?
「何故こんな場所に、だと思っただろう?」
「えぇ、まぁ」
「このビルは下の階にもフリーファイトのコーナーがあってな。最上階のここを利用する人間は滅多にいないんだ」
ご丁寧に解説をしてくれる黒崎先輩。
だけど俺の予想とは裏腹に、ファイトを始めようとする様子はない。
先輩は何も言わず、フリーファイトコーナーの隅にある大きなガラス窓の近くまで移動していった。
「ここなら良いだろう」
そう言って窓の外に視線を向ける黒崎先輩。
俺も続いて見てみると、ちょうど聖徳寺学園の校舎が見えた。
「聖徳寺学園は弱肉強食を極めた場所だ。強きが生き残り弱きが消えていく」
「一学期に牙丸先輩からも聞きましたよ」
「だろうな。そして学年が上がる毎にそれは数字として顕著に現れる」
窓の外を見ながらそう言う黒崎先輩。
まぁ聖徳寺学園の生存率に関しては、この世界では有名な話だからな。
学年が上がる毎に生徒数は減っていき、卒業時には半数以下なんてザラだと聞く。
(しかも牙丸先輩が言うには、六帝になる人間は大抵どこかで誰かを折っているとか)
カードゲーム至上主義世界だからこそ発生する厳しい現実。
しかもこの話の恐ろしいところは、消えていく生徒の九割以上が自主退学だという事だ。
意外にも処分としての退学は滅多に発生しないらしい。
(この先は俺も無関係ではない話なんだろうけど……なんで今それを?)
俺がそう思った矢先であった。
「26人」
黒崎先輩が突然、謎の人数を告げてきた。
「天川、これが何の人数か分かるか?」
「……今年退学していった人数ですか?」
「違う。二学期からの1年A組の人数だ」
できればもっと他人事な数字であって欲しかった。
だけど黒崎先輩の口から出てきた事実は、俺の想像を超える重さを持っていた。
流石に少し動揺してしまう。
「元が40人だと考えれば、凄まじい減り方だと思うだろう?」
「そう、ですね」
「だがな天川、これでも例年よりは生き残った方ではあるんだ。オレの年のA組は二学期で20人しか生き残らなかった」
先輩、その比較は適切なのか判断に困ります。
そもそも40人クラスが1年の二学期で半数まで減るって尋常じゃないからな。
S組の待遇もだけど、ウチの学校よく教育委員会に怒られないな。
「天川、お前は合宿の時点で相当派手にやったそうだな」
「そうですね。だから消えたクラスメイトの中には、間違いなく俺が折った奴もいると思います」
「それだけ認識できていれば上出来だ。六帝評議会に入るか否かに関わらず、この学園に籍を置く限り勝敗は付き纏ってくる。であれば必然的に誰かの心をへし折るなんて日常茶飯事でしかない」
それはその通りだと思う。
カードゲーム至上主義という世界は、言い換えれば勝敗によって決まる物事が多過ぎる世界。
勝利で得られるモノが多い反面、敗北の数が増えれば失うモノも多くなってしまう。
そうなれば人の心なんて容易にへし折れてしまうだろう。
「二学期が始まれば今言った数字を嫌でも目にする。そして学年が上がれば更に減っていく。時にはそれで苦しむ者も現れるだろう」
「それを乗り越え、一人でも守護できるように頑張るのが六帝評議会である。という事ですか?」
「理想論だがな。何事にも限界はあり……暗部だってある」
何か意味深な事を言っている黒崎先輩。
暗部って政帝とかの事ですよね? それ以外じゃないですよね!?
突然の新設定登場とか言わないでくださいね。心臓に悪いんで。
「暗部なんて関わるメリットがない……そう言いたいところだったが、天川は嫌でもこちらに近づいてしまう運命なのだろうな」
「急に運命とか言わないでください。黒いところなんて、最低限にして欲しいんですから」
「ゼロは望まない。いや、ありえないと考えるか」
少し興味深そうに俺を見てくる黒崎先輩。
というかいきなり運命なんてロマンチックなフレーズを使ってきたな。
アニメの段階でも時々厨二病的なフレーズを使っていたし、使うカードの名前もそんな感じだったけど。
本当、いきなりぶっ込んでくるんだな。
「キュップ〜イ。よく寝たっプイ」
突然デッキから出てくるや、眠そうな声と共にカーバンクルが俺の頭に乗ってくる。
いきなり登場するな、今結構マジメな話してるから。
「キュ〜……キュプッ!?」
目を擦る動作をしたと思ったら、俺の頭上でカーバンクルが急に驚きの声を出し始めた。
おい待て相棒、その反応は俺の胃に効くんだ。
「やはりここまで来ると目覚めるんだな」
俺の頭上に視線を向けながら、そう言う黒崎先輩。
あっ、これもう胃袋ご臨終のお知らせだ。
「先輩、見えてます?」
「天川の頭に乗っている化神なら、しっかり見えているぞ」
「マジか……」
てかカーバンクル、黒崎先輩にパートナー化神がいるなら教えてくれよ。
絶対どこかですれ違ってただろ。
「ツルギ。急に化神の気配が出てきたっプイ」
「いや急なのはカーバンクルが寝てたからじゃ」
「違うっプイ! 今急に出てきたっプイ!」
慌て気味にそう叫ぶカーバンクル。
これは流石に警戒した方がいい流れか?
「認識できていなかったのも無理はない。オレの相棒は隠れる事に関しては長けているからな」
そう言って黒崎先輩は、自身の召喚器から1枚のカードを取り出した。
「出ていいぞ、シーカー」
先輩が手に取ったカードから、1体の化神が姿を現す。
大きな懐中時計に、水晶でできた右目が付いている文字盤。そして歯車で出来た両手が浮かんでいる。
この特徴的な見た目、黒崎先輩の使うデッキの必須カードを俺は知っていた。
「〈【運命の使徒】我は汝を時明かす者〉……」
「オ初にオ眼にかかります。長い名前ですので、ワタシを呼ぶ時はシーカーで構いません」
「あっ、ご丁寧にどうも」
コイツこんな喋り方だったんだ。
なんか化神と出会う度にこの感想を抱いている気がする。
「キュプイ。敵意のない化神で安心したっプイ」
「申し訳ありません。本来でしたら早くにゴ挨拶をしたかったのですが……ワタシ達にも色々と事情がありまして」
「まさかボクにも気配を感じ取れない化神がいたなんて……あっ、ボクはカーバンクルっプイ」
「存じてオります。こちらから出向かなくても、凄まじい気配を放ってオりましたから」
そんなに凄まじい気配放ってたのかよ相棒。
というか逆に他の化神にはバレバレってどういう事だ。
「なんかウチの学園、パートナー化神がいる生徒多すぎないか」
「天川と九頭竜、あと武井はオレも把握している……他にもいるのか?」
「同じクラスの宮田愛梨がこの前パートナーと出会いました。あと目覚める前のやつを含めるなら――」
「ソラと財前が化神のカードを持ってるっプイ」
セリフを取られてしまった。
一応まだ目覚めてはいないけど、ソラのエオストーレは隠神島で片鱗っぽいものが出てたし。
財前は確かアーサーが化神らしいけど……何もわからん。
「1年A組の赤翼と財前か……世界というものは案外狭いものだな」
「広かったり狭かったり、忙しない世界ですよ」
「……天川、政帝に気をつけろ。ヤツは恐らく化神が見えている」
少し心臓が跳ね上がったが、同時に思う事は「やっぱりか」という感想。
心当たり自体は以前にもあった。
速水の兄が特別講師として来た日の事、あの時政帝は俺の頭上にいたカーバンクルを見ているようだった。
ウイルスカードの材料の件も考えれば、あれは気のせいじゃなかったという事か。
「化神は見えている。だがヤツにパートナーと呼べる存在がいる様子はない」
「異質、だからこそ不気味って事ですか」
「ヤツが何を企んでいるのかは分からない。だがあれ程危険な男が化神を認識しているとすれば、よからぬ事をするのは時間の問題だろう」
「……そのよからぬ事、もうやっていると思いますよ」
化神を知っているなら伏せておく必要もない。
俺は隠神島で見つけたウイルスカードを製造していた施設について、黒崎先輩に話した。
表情こそ変化しないが、ひと通りの話を聞いた先輩の目には明らかに怒りが宿っているように見えた。
「化神を材料にして、一連の事件を引き起こしたウイルスを作っていたか」
「あの施設は既に破棄されていましたけど、今も稼働中の施設はどこかにあると思います。でなきゃウイルスカードをばら撒く事もできませんから」
「だろうな。それも含めて少し調べてみる事にしよう」
どこまでもクールにそう告げてくる黒崎先輩。
ちなみにそのパートナーである化神のシーカーはというと。
「この歯車どうやって浮いてるっプイ?」
「ワタシは最初からそういう存在でしたので、あまり気にした事はありませんねぇ」
「……キュップイ」
「あぁカーバンクル殿、ボディと腕の隙間に手を入れるのはオ止めください!?」
なにやってんだ相棒。
というかこうやって並ぶと、カーバンクルとシーカーってあまり大きさ変わらないんだな。
「シーカー、行くぞ」
「はい。それではカーバンクル殿、本日はこの辺りで失礼いたします」
丁寧に挨拶をするや、シーカーはさっさと黒崎先輩の召喚器に戻っていく。
その直後にカーバンクルが「また気配が消えたっプイ」と驚いていたので、どうやら相当気配を消すのが上手いらしい。
「そうだ、天川」
去ろうとした黒崎先輩は急に立ち止まり、俺の方へと振り向いてくる。
「しばらくは身の回りに気をつけろ。特にクラスメイトにはな」
それだけ言い残すと、先輩はエレベーターに乗ってこの場を後にした。
身の回りに気をつけろ、か。
「普段から色々あるし、なんか今更って気もするな〜」
しかも「クラスメイトには」ときた……まぁ、そういう事なんだろうな。
できれば何も起きずに済んで欲しい。
そんな事を考えながら、俺も家に帰るのだった。




